イルカ、50周年 スペシャル インタビュー!「後戻りすることは決して悪いことじゃなくて …」50周年記念 オリジナルアルバム「うた の こども」が 2022年8月24日 発売! 新曲 6曲に、CD化されていなかった曲など、全12曲 収録! ほっとできて、元気をもらえるアルバム! -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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イルカ、50周年 スペシャル インタビュー!「後戻りすることは決して悪いことじゃなくて …」50周年記念 オリジナルアルバム「うた の こども」が 2022年8月24日 発売! 新曲 6曲に、CD化されていなかった曲など、全12曲 収録! ほっとできて、元気をもらえるアルバム!

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IRUKA

イルカ

Album『 うた の こども 』


★ 1971年 に フォークグループ「シュリークス」でデビューして 2021年で 50周年!
★ 50周年企画を締めくくる 第4弾 オリジナル・アルバム「うた の こども」!
★ 新曲 6曲に、CD化されていなかった曲など、全12曲 収録!
★ ほっとできて、元気をもらえるアルバム! 昔も今も変わらない、やさしい歌たち!


★ 50年を振り返る スペシャルインタビュー!
★「シュリークス」や『なごり雪』のエピソードに、ボカロにも挑戦!
★「絶対イヤだ!って言ってたんですよ …」




アルバム リリース 情報


イルカ 「うた の こども」(50周年 記念 オリジナル・アルバム)
アルバム CD / Digital
2022年8月24日 発売
CRCP-20591
¥3,300
PANAM / NIPPON CROWN

<収録曲>
01 時の枝折(しお)り
02 親愛なるAIに捧ぐ
03 うた の こども
04 わんわん日記 ~ひなたぼっこ
05 君へのかぞえうた
06 あたしだって Love song!
07 実りある大地
08 オレンジ色の両手鍋
09 輪の中で
10 聖家族
11 原石
12 人生フルコース (2022/1/23 Live)


アルバムの歌詞を見る


イルカ 各配信サイト

イルカ 日本クラウン


イルカ オフィシャルサイト

イルカ コンサート情報




イルカ 50周年 スペシャル インタビュー!



 47年も前の曲にも関わらず、今や、世代を超えて知られる日本のスタンダードとなった『なごり雪』。南こうせつが率いた3人組フォークグループ「かぐや姫」の伊勢正三が作詞作曲し、イルカが歌う前年に「かぐや姫」のアルバム曲としてリリースされた曲だが、これほどまでの大ヒット曲となったのは、イルカのボーカルがあったからだ。イルカは、その後も、伊勢正三による作品『雨の物語』『海岸通』などを歌い、ヒットさせている。
 
 イルカの場合、あまりそこだけにフォーカスされることは少ないが、イルカの歌のうまさは超一流で、伊勢正三を含め、皆が認めているところだ。その耳に残る声の良さはもちろん、言葉が伝わる、風景が見える歌を歌う。
 
 その歌のうまさに加え、もちろん、ソングライターとしても超一流だ。『いつか冷たい雨が』『まあるいいのち』『あしたの君へ』『サラダの国から来た娘』『Follow Me』(いずれも 作詞・作曲:イルカ)……など、歌詞のメッセージはもちろん、その言葉が伝わってくるメロディもいい。
 
 衝撃的だった『いつか冷たい雨が』などに代表されるメッセージは、命の儚さ、人間の弱さや限界をしっかり見つめているからこそ生まれる強さを持っている。
 
 イルカの歌は、どれも、美しく、優しい。独特の感性を美意識を感じさせる。
 
 1975年に『なごり雪』が大ヒットしシンガーとしての地位を確立したため、『なごり雪』(作詞・作曲:伊勢正三)がイルカのデビュー曲だと思っている人も少なくないが、『なごり雪』は ソロ 3枚目のシングルで、1974年のソロ・デビュー曲は『あの頃のぼくは』(作詞・作曲:伊勢正三)だ。
 
 そして、そのソロデビュー前、イルカは、後に 夫となった 故 神部和夫 率いる フォークグループ「シュリークス」に参加しており、1971年のシングル『君の生まれた朝』が、イルカのプロ・デビューの曲だ。
 
 イルカの才能を感じていた 神部和夫 は、「シュリークス」解散後、自身の音楽活動をあっさりと辞め、イルカのプロデューサーとなり、その見事な手腕で、イルカを大スターに育てた。
 
 そんなイルカも、昨年、2021年に デビュー50周年を迎え、今年は 51年目となる。50周年を迎えても、その歌声も、オーバーオール姿も、ほとんど印象が変わらないから、「1歳〜24歳までの孫が 4人いる」という話を聞くと、不思議な気分にもなる。
 
 今回、「50周年企画」として、2020年から、今年、2022年までに 4枚のアルバムがリリースされている。
 
 息子でありシンガーソングライターの神部冬馬とともに「シュリークス」を復活させた プレ50周年アルバム『原石時代』(2020年6月24日 発売)。ラブソングのみをセレクトした 2枚組 セレクト・ベスト・アルバム『あたしだって Love song !』(2021年5月12日 発売)。イルカのクリスマスアルバム 2枚を 最新リマスタリングした『冬の贈り物 〜イルカ アーカイブ Vol.7』(2021年11月10日 発売)。
 
 そして、これら 3作品のリリースを重ね、50周年を締め括るオリジナル・フルアルバム『うた の こども』が、2022年 8月24日 にリリースされた。
 
 神部冬馬との親子共作の新曲などはもちろん、これまで CD化 されていなかった『実りある大地』(北海道療育園50周年記念歌)や『輪の中で』(山梨県南部町立富沢小学校校歌)などを含め、ぬくもりがあり、やさしい気持ちになれる歌、全12曲を収録。メッセージもいっぱい詰まっている。
 
 言葉が聴こえてくる、やさしく語るような歌が、昔と変わらないアコースティックな疲れないサウンドに乗せられていて、やわらかく、アナログレコードで聴いているような心地よさがある。
 
 その人柄がそのまま出ているような、やさしくて、ホッとできるアルバムで、何度も聴きたくなって、ずっと聴いていられるいいアルバムだ。


<もくじ>

1 デビュー50年をふりかえって 〜「100% 歌ってないと思うんですよね …」〜
2 50周年を締め括るオリジナルアルバム『うた の こども』 〜「今の気持ちっていうものがストンと出せた …」〜
3 メッセージが詰まったアルバム 〜「後戻りすることは決して悪いことじゃなくて …」〜
4 息子である神部冬馬との共作 〜「やっぱり家族内のことなんでね …」〜


5 夫であり、イルカを育てた名プロデューサーでもある神部和夫 〜「夫の執念だと思いますね …」〜
6 最初は歌いたくなかった『なごり雪』 〜「絶対イヤだ!って言ってたんですよ …」〜
7 音楽のルーツ 〜「私の中に刻まれてると思うんですね …」〜
8 これから、ボカロにも挑戦! 〜「なんか尻込みしたくないのよ …」〜


1 デビュー50年をふりかえって 〜「100% 歌ってないと思うんですよね …」〜
 
ーー 1969年にデビューしたフォーク・グループ「シュリークス」のリーダーで、後に夫でかつイルカのプロデューサーにもなる 故 神部和夫(1972年に結婚、2007年に他界)に誘われ、イルカは「女子美術大学」在学中の 1971年 に「シュリークス」に加入。1971年4月25日に発売されたシングル『君の生まれた朝』(東芝)で、プロとしてデビューした。ちなみに、当時、「シュリークス」には、神部和夫のほかに、山田嗣人(後に山田パンダとして「かぐや姫」に参加)や 所太郎(もと「ザ・リガニーズ」)らがいた。その後、「シュリークス」は解散し、イルカは、神部和夫のプロデュースのもと、1974年にシンングル『あの頃のぼくは』でクラウンレコードよりソロデビューした。
 
ーー 1971年の「シュリークス」でのデビューから、イルカは、2021年で 歌手活動 50周年 となり、今年、2022年は、51年目に入っている。50年の活動を振り返って、今、どういう思いなのだろうか?
 
イルカ: そうですね……、本当にね、イルカっていうのは、夫(神部和夫)の力があって、夫のプロデュースでイルカというもののレールを敷いてくれて、そこがなかったら、本当、私は 100% 歌ってないと思うんですよね。
 
イルカ: そこからスタートしたんですけども、幸か不幸かね、夫がパーキンソン病でね、病に倒れて、自分がもうそういう現場に行くことも、いろんなこともできなくなるっていうことが 20年間あったわけですよね、夫が亡くなるまでね。
 
イルカ: その間に、やっぱり私は「私ひとりで、セルフプロデュースで、何かをやっていかなくちゃいけないんだ」っていう覚悟もできたし(笑)、それから「やっていきたいんだ」っていう気持ちも強くなり……。で、それで、また逆にね、「夫に喜んでもらうものを作ろう」、そして、支えてくださってるファンの皆さんのためにもね……。
 
イルカ: だから、こっちの内輪のことは、別に皆さんには見えなくても、今までと変わらず、クオリティをちゃんと高めて「私もやっていけるんだ」っていう責任感を持ってやっていかなきゃいけないということがね……。ですから、半々ずつあるんですよね……。
 
イルカ: 気がついたらね、半分はそういう形で「ひとりでなんとか頑張らなきゃ」っていうふうにやってきた部分ですけど、でも、それができてきたのは、やっぱりスタッフ、それからミュージシャンっていう素晴らしい仲間たちに支えてもらって……、っていうことがひとつと、やはり、それには、コンサート来てくださる皆さんがいなければ、とてもできなかったと思うので。
 
イルカ: ですから、その間、言ってみれば、夫が元気な時は、夫が全部お膳立てをしたり、プロデュースして、プロモーションもね、全部してっていうことで、何から何まで決めてた人が全くいなくなった中で、半分やれてきたっていうのは、これ奇跡としか思えないなと思いますね……(笑)。人との繋がりの中でね(笑)。
 
ーー イルカは、ソロデビュー前の 1972年に、神部和夫 と結婚した。その後、神部和夫は、イルカのプロデューサーとして、イルカを見事、大スターに育て上げたが、1986年ころからパーキンソン病を患い、闘病生活の末、2007年、59歳の若さで亡くなった。イルカをソロデビューさせたのも、『なごり雪』を歌わせたのも、全て 神部和夫 が決めたことだった。そういう敏腕プロデューサーであり、夫でもあったという公私にわたるパートナーであっただけに、その存在は大きかった。
 
イルカ: まあ、そういう意味ではね、クラウンさん(レコード会社)にいたっていうことも、私はラッキーだと思うんですよ。やっぱり、ソロになってからずっとクラウンさんですからね。やっぱり、なかなかこの厳しい時代、専属が外れたりとかね、そういうことはもう当たり前の世の中だったんですけれども、そういうこともなく、ずっと今までね、ずっとこうやってリリースを続けてくださるっていうことはね……。
 
イルカ: それと、内容に関しては一切うるさいこと言わず(笑)、「イルカさんがやりたいものをどうぞ好きなように一緒に作っていきましょう」っていうね、その姿勢をずっと貫いてくださってるってことがね、なんて幸せかなと思いますね……、うん。
 
イルカ: もちろん「私 ひとりで 自主制作で やりなさい」っていうことになってたとしても、続けてきたとは思いますけれども、でも、やっぱりこういうね、ひとつのカンパニー(レコード会社)と一緒にやれるっていうのはね、やっぱりね、私ひとりではできないことがたくさんあって、あれだけたくさんの皆さんにね、支えていただいたんだっていうのが、全部が……、その……夫の力が、たくさんの皆さんに代わってですね、支えてもらったっていう思い、それしかあり得ないですね。
 
ーー 今回、50周年企画として、2020年〜2022年 の 2年にわたり、4作の「50周年企画アルバム」をりリースしている。
 
イルカ: そうですね……、今まではね、「ああ、そうか、もう30周年なのか」とか、「40周年なのか」ってなったんですけど、50周年に関しては、逆にスタッフが、もう45周年ぐらいの頃から「50周年はどうする?」って話をしてたんです。それで、「コンサートはどうする」「アルバムはどうする」っていう計画を、もう全部きちっと作ってくれてた。それはね、私、ありがたいことだなと思って。最初、「え〜っ、まだそんな 5年も先のこと〜」って言ってたんですよ。
 
イルカ: だけど、50周年ということはね、すごいことだから、やっぱりきちっとしたね形でコンサート、そしてアルバム、シングルとかいろんな形でね、その 5年の中で、それをきちっと計画的に作っていきたいと……。そして、それは、50周年の後に、それが素晴らしく続いていくためのものだからっていう意味ではね、非常にもうそういう緻密なね、いろんな……、コンサートやってくれてるスタッフも、それからいわゆるこのレコードっていうか CD を作ってくれるスタッフも一緒になって、合同でミーティングやって、みんな動いてくれたんですね、「50周年プロジェクト」みたいな形でね。
 
ーー まず、2020年に、プレ50周年アルバムとして、イルカの原点である「シュリークス」を息子でありシンガーソングライターの 神部冬馬 とともに復活させたアルバム『原石時代』をリリースした。アルバム『原石時代』には、当時の「シュリークス」のオリジナル音源に加え、イルカ と 神部冬馬 による 再レコーディング曲、さらには、イルカ と 神部冬馬 が 初めて共作した新曲『原石』も収録された。
 
ーー 2021年には、ラブソングのみをセレクトした 2枚組 コンセプトベスト・アルバム『あたしだって Love song !』(2021年5月12日 発売)と、イルカのクリスマスアルバム 2枚を 最新リマスタリングした『冬の贈り物 〜イルカ アーカイブ Vol.7』がリリース。いずれも、新曲も収録された。
 
ーー そして、3作品のリリースを重ね、50周年を締め括る 新作 オリジナル・フルアルバム『うた の こども』が、2022年 8月24日 にリリースされた。
 
イルカ: そうですね。だからもう「プレ50周年からやりましょう」っていうことになってたし、もうコンサートまで「プレ50周年」の『原石時代ツアー』、それからその後『50周年ツアー』ということで、内容もリハーサルも全部やってたんですよ……、全部、消えましたけどね(笑)……コロナでね(笑)。『原石時代ツアー』は、1本だけできたかな……、そんな感じです。
 
イルカ: だから、勿体なかったんですけど……。まあ、でもね、人生そういうこともあるので……、で、そういうこともあったので、それで『原石』っていう曲を息子と 2人で初めて作ったっていうこともあったかなと思って……。それで、「今回も、ぜひ 2人の合作でハーモニーを聴きたい」ってそういう声も上がったっていうことは、やっぱり無駄にはなってないっていう思いがあってですね、まあ、コンサートもできたらもっともっとすごく盛り上がったとは思いますけど……、まあ、でも、これからそれをね、やっていけばいいなと思います。

2 50周年を締め括るオリジナルアルバム『うた の こども』 〜「今の気持ちっていうものがストンと出せた …」〜
 
ーー 50周年を締め括るオリジナル・フルアルバム『うた の こども』には、神部冬馬との親子共作による新曲 2曲を含む 6曲の新曲に、これまで CD化 されていなかった『実りある大地』(北海道療育園50周年記念歌)や『輪の中で』(山梨県南部町立富沢小学校校歌)などを含め、ぬくもりがあり、やさしい気持ちになれる歌、全12曲が収録されている。それにしても、イルカの歌声の印象が、昔と全く変わらない。若々しく、変わらずやさしい。
 
イルカ: そうですか〜? あんまりわからないです……(笑)。
 
ーー 変わらないアコースティックで疲れないサウンドに仕上がっていて、やわらかく、ホッとするような感じがする。まるで、アナログレコードで聴いているような心地よさがある。
 
イルカ: 結構ね、今回、アレンジャーが、かなり多いんです。大体、今までのは、多くても 3人くらいだったんですけど、まあ、新曲もあり、それから未発表の曲もありとかいうことで……。皆さんお忙しい方も多いんですけど……、で、贅沢なことに「この曲はどうしてもこの人にやってもらいたい」とかっていうことで決めてたら、こういう形になったんですけど(笑)。でも、さすがに、ずっと私の曲を一緒にやってきてくれてきた人たちなので、その辺のギクシャクしたバラバラ感は、全然、私は感じなかった。それが、とってもありがたいなと感じましたね。
 
ーー 今回のアルバムでは、アレンジャー(編曲)として、鈴木茂、河合徹三、倉田信雄、ウォン・ウィンツァン、中西俊博、勝又隆一 と 6人が関わっているが、アルバムとしてバラバラな感じは全くしない。『時の枝折り』『親愛なるAIに捧ぐ』の鈴木茂、『わんわん日記 ~ひなたぼっこ』『君へのかぞえうた』『オレンジ色の両手鍋』『原石』の河合徹三、『実りある大地』の中西俊博と、それぞれ楽曲の良さを見事に引き出している。たとえば、アルバムタイトルにもなっている 子守唄のような『うた の こども』などは、ウォン・ウィンツァンのピアノと編曲が不可欠な気がする。実に、やさしい、いいピアノだ。
 
イルカ: そうですね〜。(ウォン・ウィンツァンが)ホント大好きで、いつも家にいる時も、ウォンさんのピアノのアルバム聴いてるんですよ。CD、全部、持ってますから。だから、ウォンさんの日程が空いてるかどうか調べてもらって、ウォンさんも「ぜひぜひ」って言ってくださったんでね、ちょっと久しぶりにね、ウォンさんに参加していただいて。
 
ーー アレンジャーでもあり、エレキギターも弾いている 鈴木茂 や、アコースティックギターで参加している 吉川忠英 らは、なにしろ、1975年に発売された イルカのシングル『なごり雪』でも演奏しているレジェンドだ。
 
イルカ: そうですね〜。まっ、(鈴木)茂さんはね、どっちかと言うと、私の楽曲の中では、多分、一番か二番ぐらいアレンジ多いんですよ。だから「こんな感じ……」って言うと、すぐそれを音にしてくれるんですよ。それと、ボーカルを優先してくれるアレンジをしてくれるんでね、ありがたいですね。それでも、18年ぶりですけどね。
 
ーー 以前、40周年でインタビューした時に、「イルカの大きな柱になっているのは、『メッセージ』と『単なるミュージック』」と話していた。つまり、メッセージはもちろん大切だけど、「シンプルに音楽として楽しめるものでなければならない」ということだ。
 
ーー また、楽曲制作にあたり、『真・善・美』を大切にしているとも言っていた。「真実があって善意があって、そこに美という作風というか創造がなければ、音楽としてのアートがない」と言う。「だから、人殺しも戦争でも、『見ないでくださいね』とは絶対に言わない。それを、ちゃんとわかったうえで、『私たちは、もっともっと美しいものを求めていきたいよね…』って思うんです」と話していた。
 
ーー 今回、50周年という節目の大事なアルバムを作るにあたって、どういうことを考えていたのだろう?
 
イルカ: だいたいね……、アルバム作る時、いつもね「こういうふうに作ろう」と思って作らないんですよ。「これとこれは入れたいな」っていう核になる曲が自分の頭の中にはあるんですけど、それで、「じゃあ、これのバランスで考えたら、どういうものがあったらいいだろうか?」とか、それによってまた新しいのを作る時もあるし、「待てよ……、ああいうのがあったな……」と思って引っ張り出してくるものもあったりね。いろいろ考えるんですけど、「こういう感じでこういうふうに作りましょう」って、あんまりイメージで作っていかないんですよ。
 
イルカ: それで、核となるものが何曲かできたところで、「これに足りないものはこうかな?」とか、「もっとこういうのがあったらバランスがいいな」とか、「これで、すごく全体のイメージが埋まってくるな」とか、何ていうか……、自分がやりたい方向に行くと、じわじわ じわじわ 綺麗にピースが埋まっていくっていうんですかね……、そういう感じがするんですね。
 
ーー 新曲の 6曲、『時の枝折り』『親愛なるAIに捧ぐ』『うた の こども』『わんわん日記 ~ひなたぼっこ』『君へのかぞえうた』『オレンジ色の両手鍋』は、今回のアルバムのために書き下ろした。
 
イルカ: はい、もう本当に、つい最近書き下ろした感じですね。
 
ーー これらの新曲が先にあって、アルバムを構成していった。
 
イルカ: そうですね。だから、とくに、その(アルバム)『原石時代』もそうですし、(アルバムの)『あたしだって Love song!』っていうのもそうですけど、やっぱり、あの「ベストもの」であっても、毎回、「新曲入れましょうよ」って言われるんですよ(笑)。それで、そのクリスマス・アルバム(『冬の贈り物 〜イルカ アーカイブ Vol.7』)でも「新曲入れましょうよ」って言われるので、その都度、その都度、そのアルバムにあった一番レアな新曲を書くことになったんですね。それが良かったかなと思うんですよ。
 
イルカ:そういう意味では、非常に……、なんていうのかな、自分の中では新陳代謝がすごく良くなってる感じなので、わりとずっと曲を作ってないで「じゃあ、何を書きましょう」とかそういうことではなくね、なんか、コンスタントにレコーディングできてきたっていう……。なので、その繋がりで行ってるので、ですから、新曲で書いたものも、とくに、この 2〜3年の中のね、今まで体験したことのないような、パンデミックって言われているそういう中の、何か不思議な自分の気持ちの持ち方とかね……、うん。
 
イルカ: だから「もうちょっと基本に戻りましょう」と思ったりとか、何かいろんな思いが……、その……、本当に、今の気持ちっていうものがストンと出せたっていうのは、そういう作業を ずっと ここのところ続けてきてるからだなと思いました。

3 メッセージが詰まったアルバム 〜「後戻りすることは決して悪いことじゃなくて …」〜
 
ーー 最新アルバム『うた の こども』は、結果的に、いろんなメッセージが詰まったアルバムになった。山梨県 南部町立 富沢小学校 校歌 として書かれ、今回、初めて イルカの歌で CD 化された『輪の中で』などはもちろん、『あたしだって Love song!』も中高年が元気をもらえて気持ちが明るくなるような曲だし、たとえば、「全ての事に 無駄なんか無いさ」「全ての出来事に その時が有る」と歌われる『時の枝折り(しおり)』は、そっと寄り添うような応援歌だ。
 
イルカ: ああ〜、そうですか……。まあ、そういうふうに思っていただければね、嬉しいですけど。まあ、自分に対してもそう言ってんですけどね(笑)。
 
イルカ: やっぱりね、ニュースなんかを見てても、(コロナで)みんな苦しんでるんですよ……、同じに。それは何かっていうと、あとにも先にも行けなくて何もできない、ただ止まってろって言われてるだけでしょ。でも、それじゃ「人間は生きていけないし」っていう現実があってね。焦っちゃいけないって思ってても、なんかそういうジレンマの中で……、それ世界中の人がみんなそうですよね。
 
イルカ: で、それでも、「その病気にならなかったらラッキーだと思わなきゃって」いうふうに思っても、なかなかね(笑)、そうも思えなかったりして。もうね、なんか先が見えなくて真っ暗な思いになっちゃう人もいたりすることがあるんですけど……。
 
イルカ: もちろん、私の中にも、もうコンサート何十本というのが全部なしで「え〜っ!」みたいなね(笑)、感じもあって、そういう暗い部分もありましたけれども、でも、そういう中でね、とにかく、もうこんなにずっと家にいるなんていう時間を持ったことないんですから。
 
イルカ: でも、そういう中において、「そしたら、今日、すごい時間あるから、すごい凝った料理しよう」とか……(笑)。で、私、在宅で両親の介護もしてたので、だから、そうすると、母なんかすごく喜ぶわけですよね。だから「悪いことだけではないな」ということとか思ったり、「本来は、これが人間の暮らしじゃないかな」ってね、思ってみたりね。
 
イルカ: それにね、「今まで忙しすぎたんだから」って思ったりすると、だとしたら、人生がね、本だとしたらね、あんまり難しい本だった時は、ちょっと1回閉じて、しおりを入れてね、1回 思い返してみて「どうなの?」って……。わかんなかったら「もう1回 前に戻って読み返したっていいじゃない」って思うでしょ。人生だってそうだと思うんですよ。
 
イルカ: だから、そこで止まっちゃうっていうことは、もう行き詰まって何もできないんじゃなくて、「止まりなさい」っていうことかなと思って見ると、今まで見えなかったこととかね、感じなかったことが感じられたりして……。後戻りすることは決して悪いことじゃなくて、戻ってみたら「ああ、なるほどね」と思ってサーッて前が開けることもいっぱいあると思うので。
 
イルカ: だから、とくに若い人たちがね、学校にも行かれなかったりとか、そういうことで焦る子もいっぱいだと思うけど、人生にはそういうこともあるけれども、そのことが全部ダメなんじゃなくてね、その中からも、何か得るものがあるから、何とかね、みんなね、そこからいろんな形でね、「こういうこともあるんだな」「こんなことも経験だな」って、「全てを体験してね、それを身につけていこうよ」って言う感じしか言えなくてね。
 
イルカ: とくに、それで、やっぱり自殺っていうようなこともね、すごく問題にもなってましたし、「その人自身が」っていうことより、やっぱり、世の中がそういうふうになっていってしまうとね、どんどんネガティブな気持ちになっていってしまう普通だと思うんですよ。
 
イルカ: だから、時にはね、しおりをはさんでね、ちょっと閉じて、目も閉じて、「逆戻りしたら、またそっから行けばいいじゃない」って言うことですね。
 
イルカ: なんかね……、ニュースなんか見てても、「そういうこと言ってあげたいな」って思うんですよ。「全然、君なんか、悪いこと何もないんだから、もう素晴らしいんだから! これから先素晴らしいこといっぱいあるよ!」って言ってあげたいようなことがいっぱいあったんですよね。だから、「もったいない!」って思ってね。
 
イルカ:で、まあ、「幸せ」っていうことに関してもね、「じゃあ、自分は何が幸せなんだろう?」って思った時にね、なんか「自分はこれで幸せだ」って言っちゃいけないような風潮もあるでしょ。そうじゃなくて、幸せなときは「幸せだ」って思い切り思った方がいいと思うんですよ。と言っても、そんなに幸せなんか長く続かないんだから……、ふふふ(笑)。
 
イルカ:そのくらいね、人生は過酷なんだから、だから「今いいな、気持ちいいな〜」とか「幸せだな〜」ってことを思い切りね、みんな言ったらいいじゃないと思うんですよ。何か「言ったらいけないんじゃないか」とか、「みんなに悪いんじゃないか」とかって思わずに、幸せだって思ったっていいんじゃないって。そういうこともね、言ってあげたいなって思うんですよね。
 
ーー そういうメッセージが込められた『時の枝折り』は、とくに歌声も力強い。アルバム全体で、歌声の印象は昔と変わらないが、曲調によっては、歌い方が全然違って聴こえる。たとえば、3曲目の『うた の こども』は、語尾を響かせてビブラートをかけるなどして、きれいに歌っている印象がある。
 
イルカ: ああ〜、そうですか……(笑)。まあね、それはね、もうイントロが鳴ったら、そういうふうになっちゃうんですよ(笑)、憑依しちゃうんでしょうね(笑)。意識的には変えてないですね。なんか、その音の中にね、自分が サ〜ッ って入ってっちゃうんですよね。やっぱり、音の振動で変わってっちゃうんですよね、多分ね。
 
ーー 伊勢正三が、「イルカさんは歌がうまいから、レコーディングでは、もう何回も歌わないんだよね。もうフォーク界の美空ひばりさんだよね」と言っていた。
 
イルカ: そうですか……、だいたい、3〜4テイクぐらい録りますかね。最初はその、ヘッドフォーンとか、音の調整でやってみて、1回 録って、「聴いてみようか」って聴いてみて、もう1回歌って「どうかな?」、「じゃあ、もう1テイク」って感じで、だいたい 4テイクぐらいかな。
 
ーー 歌録りのレコーディングで 3〜4回 しか歌わないというのは、かなり少ない方だ。
 
イルカ: なんかね、やっぱり集中して歌ったらね……。なんて言うか、ステージで歌ってる人間なので、本来、歌は一発なんですよね。うん。一発で聴かせられないんだったらステージやっちゃ駄目だと思ってるから。
 
イルカ: もちろん、レコーディングの時は、まだ歌い慣れてないからね。だから、それなんで、私は、(カラオケの)リズム体(リズム隊)を録る時に一緒に歌うんですよ、必ず。それでこなすんですけど、それでもまだ歌い慣れてないから、あとから聴くと「全然こなれてないな〜」っていうように気になる時もありますよ。それに、歌い方もね、コンサートで歌ってるうちに変わってきますけどね、それはそれでいいと思っるんですけど。
 
ーー レコーディングで何度も歌えば、歌がどんどん整って綺麗にはなっていくが、逆に声の魅力がなくなっていったりもする。
 
イルカ: あの、なんかね……、レコーディングで歌ってる時に「これだ!」っていう感じになってるものがあるんですよ。なんかね、フワッとやっぱりね、気持ちがそこに乗ったっていう感じね。だから、それ以上に歌ってもね、なんか無駄っていうかね(笑)。
 
イルカ: それは、やっぱりディレクターとの阿吽の呼吸でね。「どうかな?」と思って、「今いいっすね!」って言われて、「聴いてみようか」ってなれば聴いてみる(笑)。
 
イルカ: で、やっぱり、自分がね、客観的に聴くとね、「あっ、ちょっと違うかな〜」「ちょっとなんとなく自分でちょっとイメージ違うかなと」と思うこともあって、そうするとね、もう1回やらせてもらって「どっちがいい〜?」とかね、聴き比べるときありますけどね。微妙にね、声質も変わっちゃうんですよ。
 
ーー 今のレコーディングでは、何度か歌ったテイクの良いところだけを繋いで 1本の歌にしたり、たとえば、「1番の Aメロだけ」といったように、ブロックごとに歌ったものを細かくツギハギで繋いで 1本の歌にすることもあるが、イルカの場合、そういうふうに繋いだりすることは、ほとんどない。
 
イルカ: まあ、たまにはね、「ここ、ちょっとだけいいですか?」とかっていうのありますけども、それはもう任せますね。だいたいね、(歌の一部を)差し替えたら、すぐわかる、私。そのテイクの歌、全部覚えてるから。「あれって替えた?」って言うと、「ああ……ちょっとね」って(笑)なりますけど、「それだったら、ここ全部歌い直すから」とか言ってね。やっぱり、繋がりでね、呼吸が変わっちゃうとね、聴いてて「違うな」っていうのがね、ありますね。ハモとかは、何回か入れたりしますけどね。
 
ーー レコーディングは、楽しいと言う。
 
イルカ: だ〜い好きです。楽しいですね、レコーディングは。ず〜っとやってたい……ふふふ(笑)。いくらやっても飽きないですよ。

4 息子である神部冬馬との共作 〜「やっぱり家族内のことなんでね …」〜
 
ーー 今回のアルバム『うた の こども』には、息子であり、シンガーソングライターでもある 神部冬馬(かんべ とうま)とイルカの親子共作の曲も収録されている。新曲として、『わんわん日記 ~ひなたぼっこ』 (作詞:神部冬馬、作曲:イルカ)と 『君へのかぞえうた』(作詞:神部冬馬、作曲:イルカ)、そして、プレ50周年として、イルカの原点である「シュリークス」を復活させたアルバム『原石時代』(2020年)に収録された『原石』(作詞:イルカ、作曲:神部冬馬)の 3曲だ。
 
ーー とくに、今回、新曲として収録された『君へのかぞえうた』は、アップテンポのさわやかな曲で、サビの「手をつないでね お家へ帰ろうね」が耳に残る、親子のあたたかさが表現されたいい歌だ。
 
イルカ: ありがとうございます。なんかね、久保さん(ディレクター)の方からね、ちょっと 60年代 70年代のフォークっぽい感じのイメージでね、2人でハモって欲しいと……。『原石』でハモった時に、すごく良かったんで、そういう「シュリークスでハモってたような感じで 2人でハモるっていうのを何とかちょっと再現してくれないか?」ってことだったんで、だから、もう、メロは、とにかくハモるハモるっていうイメージで……、もうシンプルに……、それで、もう本当にすぐできました、この曲は。私、曲作る時は、本当に時間かけないんですけどね(笑)。なんか、ふぁ〜っとなった時に来たものが、もうそれが一番いいと思っているのでね。
 
ーー 『原石』では、作詞をイルカを担当し、作曲を神部冬馬が。今回の新曲 2曲『わんわん日記 ~ひなたぼっこ』『君へのかぞえうた』では、反対に、作詞を神部冬馬が担当し、イルカが作曲している。
 
イルカ: それはね、(『原石』の時)「どっちがいい?」って(神部冬馬に)言ったら、「僕は曲の方がいいな」って言うから、「じゃあ、私、詞書くね」って、それだけです。で、今回は、久保さん(ディレクター)の方から、「じゃあ、逆にしてみたらどうですか?」って言われて、「じゃあ、そうしようか」って、そんな感じです(笑)。そんなこと、(神部冬馬とは)一切相談しないです。
 
ーー 「プレ50周年」の 2021年に 発売されたアルバム『原石時代』は、「50周年ということで、イルカの原点は シュリークス だから、それをやりましょう」とスタッフから言われたことがきっかけだった。そこで、当時の「シュリークス」の音源に加え、「シュリークスを再現しよう」ということで、亡き夫 神部和夫 の代わりとして、息子の 神部冬馬 とともに再レコーディングした曲も収録されている。
 
イルカ: 抵抗はなかったですね。逆に、私は、そういう発想が全然なかったんですよ、本当に……。ただ「イルカ50周年」ってことだから、その中に「シュリークス」の曲が入ったりだとか、そのくらいは思ってたんですけど、プレ50周年で「アルバム 1枚 シュリークス」っていうのは、コンサートのスタッフからも出ていましたし、レコーディングのスタッフからも、両方からそう言ってもらえて、「あっ、そうか〜!」って感じで、私が逆に気が付かなかったくらいで……。夫に「ごめんね」みたいな(笑)感じだったんですけど。でも、やっぱり家族内のことなんでね、自分から言わないで、向こうから言ってもらえたってことは、非常にありがたいって思いましたね。
 
ーー イルカと神部冬馬とは、それまで、ステージでの共演はあったが、レコーディングは、この時が初めてだった。
 
イルカ: そうですね、コーラスでは入ってもらったりはしてましたけど。ごく自然に受け入れられたんです。って言うのはね、意外と(神部)冬馬とウチの夫(神部和夫)との声質が似てるのでね。
 
ーー 神部冬馬の歌声は、やさしく素直で、嫌味がない。たしかに、アルバム『原石時代』に収録されている 当時の 神部和夫 の歌声と似ているところもあるが、神部和夫の方が、もっと甘い感じだ。
 
イルカ: そうですね、息子(神部冬馬)から言わせれば「(神部和夫は)歌い方がいやらしい」って……、ははは(笑)。でも、夫もすごく声が高かったんで、私がいつも下のパートだったんです。で、(神部)冬馬も声が高いんで、だから、私が下を歌うんで、ちょうど同じ構成になるんですよね。
 
ーー イルカは、90代の父と、息子の 神部冬馬 夫婦、4人の孫という 4世代同居だ。神部冬馬とは、家で、曲作りの打ち合わせとか相談をするのだろうか?
 
イルカ: 全くしてないです。「詞はいつ来るの?」って LINE で送って、それだけです(笑)。「近々」って返事が来たから「はい、お待ちしてます」って、それだけです(笑)……。で、マネージャーを通して「早く詞をちょうだいよ」って……。で、私が曲を作ったら、マネージャーに「コレ聴かせといてね」って(笑)……、そういう感じです。だから、あんまり、直接にそういう仕事の話はしないです。
 
イルカ: なんか、あんまりそういうのしたくないんです。なんて言うか……、もともと、あんまり共作することはないんですけど、他の人ともだいたいそういう感じなんで、それと同じってことです。なにも家族だからって「ねぇ、ねぇ〜」って言うこともないかなって。まあ、要するに「作家同士のやりとり」と全くおんなじってことですね(笑)。
 
イルカ: で、(神部)冬馬の場合、山梨で仕事をしてることも多いんでね。で、ウチにいる時はね、もう家族でわんやわんやしてるので、「今日、なに食べるの〜?」とか、そんな話しかしないですよ……、ホントに……ふふふ(笑)。

5 夫であり、イルカを育てた名プロデューサーでもある 神部和夫 〜「夫の執念だと思いますね …」〜
 
ーー 「シュリークス復活!with 冬馬」というキャッチコピーが付けられた、「プレ50周年」の アルバム『原石時代』には、全18曲中 10曲、1970年代 当時の「シュリークス」のオリジナル音源がそのまま収録されている。そのほかに、イルカがひとりで再レコーディングした曲がした曲と、イルカと神部冬馬で再レコーディングした曲が 5曲、そして、イルカと神部冬馬による 新曲『原石』が収録されている。
 
イルカ: そうですね、やっぱりね、夫(神部和夫)の歌声も入れてあげることができたのは、夫に対しての感謝の気持ちとね、リスペクトがね、そこで表すことができたので、ひとつ何か、大きないい区切りになったなと思いますね……、とっても、なんていうか……、それは……ホントに。
 
ーー アルバムでは、当時の「シュリークス」の音源と、イルカと神部冬馬で再レコーディングした曲が、全く違和感なく、自然に共存しているから不思議だ。考えてみれば、親子 3人で作り上げたアルバムということだ。そして、「シュリークス」の音源で、神部和夫 がソロで歌っている『きみまつと』など、今、聴いてもいい。
 
イルカ: そうですよね……。でも、「ほとんど私が歌ってないでしょ」っていうね……(笑)、「ウ〜」とか「ア〜」とかしか言ってないでしょって……(笑)。
 
イルカ: だからね、実際、私が「ソロになる」ってなった時に、「神部(和夫)さんがソロになるならわかるけど……」ってみんなに言われました(笑)。で、「私がソロ」って言ったら、みんなが「えーっ!」って(笑)。
 
ーー 神部和夫 という人は、すごい人だと思う。自分で「シュリークス」として音楽活動をしていたのに、イルカに出会ったことで、自身の音楽活動をやめて、裏方としてプロデュース業に専念した。そして、見事にイルカを大スターにした。
 
イルカ: でもね、夫(神部和夫)はね、もう高校生の頃からプロデューサーになりたいって決めてた。夫はね、クレイジーキャッツとか大好きでね。それでね、映画を見に行くと、みんなが笑ってる顔見て、「おじさんもおばさんもみんな幸せそうな顔して笑ってる、なんてすごいんだろう」と思って、いわゆるエンターテイメントの原点ですよね。こういう仕事を自分は将来したいんだっていうことを心に決めて、もう高校生の頃決めてたって言ってましたから。
 
イルカ: で、将来、大学出たら、大手のプロダクションに入って、見習いをして、そのうち自分が「この子だ!」っていうのを捕まえて、自分がプロデュースして売り出して、自分は将来、大きなプロデューサーになるっていう、それは、ず〜っと描いてた夢だったんですよ。
 
ーー ところが、イルカが、女子美術大学 1年生の時に、早稲田のフォークソングクラブの幹事長だった神部和夫が、女子美のフォークソング同好会にコーチとしてやってきて、早々に出会ってしまった。
 
イルカ: そう、出会っちゃった……(笑)。それで、もう自分(神部和夫)はね、私は全然知りませんでしたけどね、「もうこの子にもかけようって決めた」っていうふうに言ってましたけど。よく私なんかにかけたなって(笑)。いや、でもホントそう思います。
 
ーー 神部和夫は、「一緒にバンドで歌わないか?」とイルカを「シュリークス」に誘った。その時、すでに、「イルカをソロデビューさせて、自分はプロデューサーになる」と決めていた。さらに、「自分がプロデューサーになって、将来、ずっと一緒に生きていくんだから、やっぱりそれには結婚するのが一番いい」と考え、イルカのソロデビュー前、1972年に イルカと結婚した。そして、その後、神部和夫 が描いたとおり、イルカは、誰もが知るアーティストとなった。その手腕は、見事としか言いようがない。
 
イルカ: うん……、そうですね。まあ、夫の執念だと思いますね。それで(後年)燃え尽きたっていう感じですよね、そう思います。うん、あの複雑な病気(パーキンソン病)になったっていうのもね……。だからね、なんかすごく大変だったんだろうなって……。まあ、私だけじゃないですからね、アイドルを売り出したり、いろんなことも始めて、もうすごいいっぱい色んなことやってましたから。そういう意味ではね、オフコースの会社なんかもお手伝いしてましたし、それから秋元康さんとも手を組んでずっと仕事してました。ですから、そちらの方が、もう どんどん どんどん 忙しくなっちゃって。
 
イルカ: だから、プロデューサーとしては、彼はすごく満足してたと思います。いい仕事ができたけども、もうあまりにも忙しくて、多分、心身のバランスが取れなくなったんでしょうね。ほとんど寝ないで仕事してましたからね。でも、自分は好きだから「幸せだ、幸せだ」って言ってましたけど、ほとんどウチに帰ってくるのは朝方の 4時半ぐらいでしたから。それで、もう 1〜2時間 寝たら、ぱっと出て行きましたからね。でも、好きな仕事だから喜んでましたけどね。
 
ーー 「シュリークス」解散後、1974年に発売された イルカのソロデビュー曲『あの頃のぼくは』は、伊勢正三が 作詞・作曲を担当した。それも、神部和夫が決めた。
 
イルカ: はい、そうです。私はね、もちろん、詞も曲も書いてて、いっぱい曲作ってたんですけど、私が書く曲っていうのは、わりとちょっと、当時、あんまりいろんな人に受け入れてもらえるような曲ではないと彼は判断したんですよね。
 
イルカ: 私は、どっちかっていうと、いろんな生き物だとかね、その『いつか冷たい雨が』みたいな曲を書いたりしてて、「これは、もちろんイルカの世界なんだけど、いきなりこれで、みんなに受け入れてもらえる曲ではない」と……。やっぱり、まず、イルカというものをね、みんなに受け入れてもらうための、入り口になるノーマルなね、いい曲が必要だっていうことで、多分、夫も、それからプロデュースしてくれたりしてるスタッフが何人かいたんですけど、そのみんなで話し合って、もう少しノーマルな歌をイルカに歌わせてみようってなったんです。
 
イルカ:それでね、ちょうど私のデビュー・アルバムで、「かぐや姫」の 3人がね「イルカにプレゼント」ってことで、それぞれ 1人ずつ 私に歌をプレゼントしてくれたんですよ。で、その時、歌った時に、「イルカって、こういう普通の歌を歌うといいじゃないか!」ってみんなが言ってくれたらしくて(笑)……。とくに、正やん(伊勢正三)が作るああいうラブソングね、ああいう名曲いっぱいあるから、「そういうラブソングをイルカに歌わせてみたら、意外といいんじゃないか?」って、その時、初めて、みんなが言ってくれたらしいんですよ。それまでは、私が作る曲は、なんかあんまり理解できなかったみたいで……ははは(笑)。
 
ーー イルカは、「シュリークス」時代から、自分でもいい曲をたくさん書いていたが、神部和夫は、それを知ってもらうためには、「まずは、イルカという存在を知ってもらうための戦略として、ポピュラリティのある曲を歌わせよう」と考えたのだ。だから、その後も、『なごり雪』をはじめ、『雨の物語』『海岸通』など、伊勢正三が書き下ろしたシングルを歌い、ヒットさせている。
 
ーー そして、イルカ と 神部和夫は、シングルとアルバムで役割分担をするようになった。つまり、「アルバムに関しては、イルカが自由に作っていい。そのかわり、シングルに関しては絶対に自分が思ったようにやりたい、イルカの路線を僕が作る」と 神部和夫 は言っていたようだ。
 
イルカ: そうですね、だからその意味ではね、イルカの世界は、そのまんま、ちゃんと、きちっと自分で守らせてくれたと……。ただ、まず、イルカを知っていただくためには、そういうことが必要だろうと……。でも、イルカの中に、普通のシンガーとしてね、もっと未知の世界があるっていうことを、夫は私にもわからないことを、発見してくれたんですね。
 
イルカ: だから、そういう意味ではね、その後もね、(作詞家)荒木とよひさ さんと 三木たかし さんの三部作とかも歌わせてもらったこともあるんですけど、やっぱり「そういう歌もちゃんと歌えるんだね」って、みんなに言われてね(笑)、「意外と歌がちゃんと歌えるんだね」って言われてね……ははは(笑)。
 
ーー イルカの場合、あまりそこだけにフォーカスされることは少ないが、イルカの歌のうまさは超一流で、伊勢正三を含め、皆が認めているところだ。その耳に残る声の良さはもちろん、言葉が伝わる、風景が見える歌を歌う。『なごり雪』も、イルカが歌ったからこそ、今でも歌い継がれる、世代を超えた国民的スタンダード曲となったのだ。
 
イルカ: そうですかね……。

6 最初は歌いたくなかった『なごり雪』 〜「絶対イヤだ!って言ってたんですよ …」〜
 
ーー イルカにとっては、この『なごり雪』のヒットがあったことで、その後の活躍につながった。神部和夫 の思惑通り、その後、「シュリークス」時代に作った名曲『いつか冷たい雨が』を収録した 1979年の同名アルバム『いつか冷たい雨が』は、オリコンチャートで 1位を獲得するまでになった。最初は、「なかなか理解されない」と思っていた「イルカの世界」が伝わった瞬間だった。
 
ーー しかし、このイルカの最初の大ヒット曲『なごり雪』(1975年11月5日発売)は、もともと、イルカが歌ったシングルが発売される 約 1年8ヶ月前に、「かぐや姫」のアルバム『三階建の詩』(1974年3月12日発売)に収録されていた曲で、「かぐや姫」のコンサートでも人気の曲だった。
 
ーー 1974年の10月に、『あの頃のぼくは』でソロデビューした イルカは、それを、ステージの袖で見ていた。「かぐや姫」のコンサートの前座で歌っていたからだ。
 
イルカ: そうです、そうです。
 
ーー 神部和夫は、「どうしても『なごり雪』をイルカに歌わせたい」と、当時、「かぐや姫」の所属事務所だった「ユイ音楽工房」の社長の 後藤由多加 に話した。
 
イルカ: そうだと思います……。それと、(南)こうせつ さんにも言ったと思います。こうせつさんも言ってましたからね。まあ、やっぱり「かぐや姫」のリーダーですから、最初に、こうせつ さんに相談したんじゃないですかね。
 
ーー しかし、最初、その話を聞いた時、イルカは迷った。
 
イルカ: いや、迷うどころか、「歌っちゃいけない!」って思ってました。今みたいにね、気軽にカバーをするなんていう、そういう時代じゃないんですよ。とくに、もう「かぐや姫」の絶大なる人気の『なごり雪』っていうものは、もうそこで確立されてたからね。その姿を見てるでしょ。「すごいな〜」と思ってて、「かぐや姫」イコール『なごり雪』っていうくらいになってたので、それをね、私が歌うなんてとんでもないですよ。そんなね、もう「かぐや姫」のファンの人のとこに、土足で踏み込んでいくみたいなことは、私は絶対したくないから「絶対イヤだ!」って言ってたんですよ。もう、ずっと逃げてましたよ。
 
ーー でも、歌うことになった。
 
イルカ: まあ、それはもうね……、よくテレビなんかでも話してますけどね、「やだやだ」と言いながらもね、うちの夫(神部和夫)はね、あんまり強硬に言わずに、「そうだね……、うん、うん、わかった、わかった」とか言いながらも、どんどん どんどん 先へ進めていくんですよ。で、もうアレンジも決まり、レコーディングの日も決まり、それでも私はゴネてて、ブスっとしてたんですけどね。
 
イルカ: それで、「レコーディングの日だからね、じゃあ行きましょう」って言われても、ブスっとしてて、「イヤだなあ〜」と思いながら、でも「歌わなきゃしょうがないのかな……」ってブスっとして座ってたところに、正やん(伊勢正三)がね、来たんですよ。多分、今から思うと、送りこまれてきたんじゃないかなと思いますけどね(笑)。
 
イルカ: で、「あれっ?」っと思って周り見たら誰もいなくて、正やん(伊勢正三)と二人だけになってて、正やんが「なんかさあ、こだわってるのか何か知らないけど、歌うのヤダとかあるの?」って言うから、「ヤダとかじゃなくて、歌っちゃダメでしょ」って言ったら、「いや、僕は、イルカが、僕が作った歌を歌ってくれるのを聴くのは好きだし、もし歌ってくれるなら僕はすごく嬉しいよ」って言ったんですよ。それで、「そうなの〜? 本当〜?」って聞いたら、「本当だよ」って言うから、「ふ〜ん、じゃ歌おうか」って……(笑)、もうそれだけです。そこで、気持ちがポンと変わって……、本人もそう言ってくれるんだったらって。
 
イルカ: だから、なにか 正やん(伊勢正三)が説得したとかじゃなくてね、正やん は 正やんで、すごく素直に言ってくれたってことですよね。「好きな歌として歌ってくれるんだったら僕は嬉しいよ」って言うから、「うん、いい歌だから好きだよ……、じゃあ、歌うか」って感じですよね。
 
イルカ: そんな感じだから、私、ちゃんと譜面見て勉強とかしないで、「かぐや姫」のステージの横で聴いてたその印象だけで、もうぱ〜っと歌っただけです。あの時も、2〜3回しか歌ってないんじゃないかな……。で、あの時の(レコーディング)メンバーがすごかったからね、本当に(笑)。
 
ーー 誰もが知る、あの有名なイントロの『なごり雪』(イルカのシングルバージョン)は、松任谷正隆 が 初めて他の人のアレンジをした曲で、当時のレコーディングには、今回のアルバム『うた の こども』にも参加している 鈴木茂(EG)や 吉川忠英(AG)、後藤次利(EB)、村上ポンタ秀一(Dr)と、今となってはレジェンドと呼ばれるような人たちが演奏している。
 
イルカ: ホント、そうですよね〜。ポンタさんもね、あの時がプロとして初めてのレコーディングだって言ってましたね。
 
ーー 実は、イルカの『なごり雪』には、よく知られている、このシングルバージョン(編曲:松任谷正隆)とは別に、1975年11月5日の同日に発売となったアルバム・バージョン(アルバム『夢の人』編曲:石川鷹彦)もある。
 
ーー アコースティック・ギターのレジェンドと言える 石川鷹彦 がアレンジしたアルバム・バージョンは、ドブロ・ギター(スライド・ギター)が入ったフォーク調の感じで、どちらかと言えば「かぐや姫」のバージョン(アルバム『三階建の詩』収録、編曲:瀬尾 一三)に近い。
 
ーー 松任谷正隆 がアレンジしたシングル・バージョンは、フォークではなく、完全にポップス調になっていた。雪がはらはらと降るようなイントロからおしゃれで、フォークでは使われないようなテンション・コードが使われている。
 
イルカ: あ〜、同日発売でしたっけ……? 実は、アルバムの方にもね、マンタさん(松任谷正隆)ピアノで入ってるんですよ。
 
イルカ: で、私はね、どっちかって言うと、最初にアルバムからデビューしたタイプなんですよ。当時、シングルデビューより、アルバムデビューという方がかっこいい時代でしたからね(笑)。なんか、「アルバムで勝負できるアーティスト」っていうイメージになるので、アルバムからデビューするっていうことがあったんですよ。
 
イルカ: そういうのがあって、セカンドアルバムのね、『夢の人』っていうのを作るって時に、野外でね、河口湖の外にマイクを置いて、そこでもう本当にみんなで「せ〜の」でライブ感覚で、そこもすごいメンバー集まってくれたんですけど、そこでやるっていう感じだったんで、「だったら、これにも『なごり雪』入れようよ」ってことになって、マンタさん(松任谷正隆)は、ピアノでは来てくれたけど、「僕はシングルのアレンジをやったから……」っていうことになって、「じゃあ、石川(鷹彦)アレンジしろよ」みたいな感じになって、石川(鷹彦)さんは、「じゃ、全然違うアコースティックの感じでやるか」みたいな……、ギターバージョンでね。
 
イルカ: そうですね……、石川(鷹彦)さんらしい感じで。わりと、その時は、みんなヘッドアレンジ(細かい楽器のフレーズは決めず、リズムとコードだけを指定したアレンジ)っぽくね、私がギターで「こんな曲」って歌うと、それに、みんな合わせて演奏してくれるみたいな。本当、合宿してるような感じで作ったアルバムなんですよ。
 
ーー 最初にシングル・バージョンがあって、アルバムのバージョンが後だった。
 
イルカ: そうなんですね。なんかね、そこが「アルバムだからアレンジ変えてるってのがいいよね」って、なんかみんな言ってました(笑)。それがかっこいいと思ったんじゃないですか……ふふふ……(笑)。
 
ーー 今回のアルバム『うた の こども』のブックレットにも、石川鷹彦 の写真があるが、演奏者にクレジットされていない。
 
イルカ: そう、弾いてないの……(笑)。弾いてないけど、心の中では参加してくれてるから(笑)。やっぱりね、石川(鷹彦)さんとか、カメラマンのタムジンさんもそうだけど、そういう、いろんな人があってね、50周年来れたんでね。だからね、そういう意味ではね、今でもいろいろお電話したりとかもしてるしね、そういう繋がりがある中でね、やっぱり生まれたんで、どうしてもあの「写真だけでも」ってことでね……。
 
ーー 『なごり雪』は、「2002年 ver.」として、松任谷正隆 自身が 再アレンジして、再録音されたバージョンもある。よく知られている イルカのシングルバージョンとは、全く違うアレンジになっている。アレンジには好みがあるだろうが、イルカの歌の印象は全く変わらない上に、より説得力が増して聴こえる。
 
イルカ: あの時はね……、やっぱり、松任谷(正隆)さん、イントロだけで20パターン作ったって言ってましたよ。「もう、相当プレッシャーだよ!」って……ふふふ(笑)。
 
ーー 伊勢正三が「発明」と称した、あのイルカのシングルバージョンのイントロがあまりに有名になってしまったから、松任谷正隆も苦労したようだ。それは、ヘタをすると、世の中を敵に回すようなものだ。
 
イルカ: ホント、そうですよね(笑)。で、松任谷(正隆)さんもね、もちろん、ユーミンの曲はもうすごいいっぱいプロデュースして出してるけれども、アレンジャーとして人気が出たのは『なごり雪』が本当に初めてだったんですよね、嬉しいことに、シングルヒットになって。だから、「自分にとっても大きな曲で、忘れられない曲なんだ」って言ってくれることは、ありがたいなと思いますね。
 
ーー 『なごり雪』が、名曲であることに疑いの余地はないが、45年以上経った今でも歌い継がれる、「かぐや姫」ファンのみならず、誰もが知るエバーグリーンな曲になったのは、イルカのシングルバージョンのアレンジと、見事な歌があったからだ。フォーク調ではなく、おしゃれなポップスにしたことで間口が広がり、イルカの低く落ち着いた語るような歌声が響いたのだ。

7 音楽のルーツ 〜「私の中に刻まれてると思うんですね …」〜
 
ーー イルカの代表曲のひとつで、衝撃的だった『いつか冷たい雨が』は、イルカの ソロ 6枚目の同名アルバム『いつか冷たい雨が』(1979年)で有名になったが、もともとは、「シュリークス」時代に発表された曲だった。
 
イルカ: シュリークスの 2枚目のアルバムが『イルカのうた』(1974年2月25日発売)ってアルバムなんですけど、1枚目はね、ウチの夫が歌った唱歌とかを集めた『ふるさと』ってアルバムなんですよ。で、夫は、2枚目で「もう、シュリークスは、いよいよ解散する」ってことで、「初めてイルカのオリジナルを出そう」ってなって、タイトルも『イルカのうた』ってしたんですよ。そこで、初めて、私のオリジナル曲を 7〜8曲かな、入れて、その時に、石川鷹彦さんとか、吉川忠英さんとかね、みなさん来てくれてやってくれたんですけど、その時に、『いつか冷たい雨が』を入れたんですね。
 
ーー あの『いつか冷たい雨が』が、そんな若い時に作られたとは驚きだ。その才能には驚かされる。
 
イルカ: ふふふ……、すごいことでもないんですけど、偶然、出会った犬から出来た歌ですからね……。1971年くらいですかね、たぶん。
 
ーー 『いつか冷たい雨が』をはじめ、『まあるいいのち』『サラダの国から来た娘』『あしたの君へ』など、 詞はもちろんいいが、イルカの場合、言葉を伝えるメロディもいい。ただ単に「耳に残る」というだけではなく、言葉に対して自然メロディで、話すように歌えて、歌詞の内容がよく伝わる。そういうメロディを作ることができるのは、どんな音楽的なルーツがあり、どういう音楽の影響を受けてきたからなのだろうか?
 
イルカ: ああ、ありがとうございます……、どういう影響を受けたんでしょうね……?(笑)。まあね、父がジャズマンですしね。で、父以上にね、母は音楽がすごい好きなんですよ。昔、ウチに電蓄があってね、一日中、かかってました。母親はポップスが好きだったんで、ニール・セダカとか、ポール・アンカとか、プレスリーとかね、その当時の、1950年代のポップスですね。
 
イルカ: それと、あの「FEN」っていう進駐軍放送をいつもかけてたんです。そうするとね、最先端のね、ツイスト音楽とか、いろんな聴こえるとすぐ母は踊るんですよ(笑)。
 
ーー イルカの父の 保坂俊雄は、ジャズバンドのテナーサックス奏者で、美空ひばり らとも共演している。そんな父親だけに、まず、家の中には『スターダスト』をはじめ、ジャズが溢れていたと言う。2005年には、イルカとアルバム『Any Key OK!!』(保坂俊雄&イルカ 名義)で共演しているし、イルカは、『Jazz屋の娘』という自伝的な歌も作っている。
 
イルカ: そういう環境で育ったから、もう幼い頃から、ありとあらゆる音楽に触れて育ってきたっていうのは、私にとっては、ものすごい武器ですね。映画音楽も 相当 聴きまくったし、それから、クラシックも結構聴いてたんですよ。ジャズは、もう常に流れてましたしね。で、母のそういうポップスでしょ……、そういういろんな音楽。だから、私の年代よりもっと20〜30歳上の人たちが聴くような音楽も聴いて育ってるから、何かいろんな音楽が私の中に刻まれてると思うんですね。それは幸せなことですね。
 
ーー 2021年のアルバム『あたしだってLove song!』のセルフライナーノーツには、「2020年、世界中がパンデミックに陥りました。歌う当ての無い私も部屋の中で冬眠状態。久しぶりに昔の CD を聴いて 心慰められました」と書かれていたが、何を聴いたのだろう?
 
イルカ: それはもう、もちろんビートルズですね、中高生の頃聴いてたね。そう、それで、ちょうど、ビートルズの復刻盤(『レット・イット・ビー』スペシャル・エディション)が出たりなんかしたでしょ。それでね、ビートルズですごかったのは、何よりも良かったのは、もちろん完成版しか私達は聴いてなかったんだけど、彼らのデモテープが入っててね、普通のアコギ 1本で歌ってるの。もう、それ聴いた時、スッゴイ嬉しくて。やっぱり彼らも基本はコレなんだよなって。それでも、歌もコーラスも完璧で……、うん。でも、ギター1本で、こんだけ聴かせちゃうんだから、「もう、こっからアレンジどうしたらいいの?」っていうぐらい完璧で、すごいかっこいいですよ。
 
イルカ: だから、基本はこれだなと思った……。だから、もうギター 1本でね「かっこいい!」と思わせる曲作らなきゃ駄目だとすごい思ったし、また再びね、中学生の時に「うわーっ!」て思った気持ちが ばぁーって なりましたね。
 
ーー 2018年に『The New York Times』に掲載された記事によると、「人は 14歳の時に聴いた音楽でその後の音楽好みが形成される」らしい。

8 これから、ボカロにも挑戦! 〜「なんか尻込みしたくないのよ …」〜
 
ーー 最新アルバム『うた の こども』の 2曲目には、AI(エーアイ)人工知能をテーマにした楽しい『親愛なるAIに捧ぐ』という曲が収録されているが、この曲のセルフライナーノーツに気になる言葉があった。「孫娘とコラボして、ボカロ曲を出す」と書かれている。
 
イルカ: 出すんです……、はははは……(笑)。これね、孫が言ってくれたからなんですよ。
 
イルカ: 孫は、今、24歳になったんですけど(神部冬馬の最初の奥さんとの子供)、彼女は、今、もちろん一緒に住んでるんですけど、それで、絵がもう子供の頃からすごく好きで、ずっと描き続けてるので、美大に行ってたんですけど、何を思ったか、この間、辞めちゃったんですけどね。で、「なんで?」って聞いたら、「自分の道を究めたいんで、ちょっと方向性違うから辞めた」って……、なんか「やめなくてもいいのに」と思ったんですけどね。
 
イルカ: で、その孫がね、やっぱりボカロとか好きなんですよ。それで、いつも聴きなだから、パソコン画を描いたりなんかしているんですけど、それで、私にね……、「はあさま」って言うんですけど、「はあさま、小林幸子さんもね、いろんなボカロの曲とかやってんだけど、やらないの?」って言うから、「え〜っ? 私なんかやれるような曲ある?」って……。
 
イルカ: で、私も結構、ミクちゃん(初音ミク)の曲とか好きで、よく 2人で見て「かわいい〜」とか言ってたんですよ。ミクちゃん(初音ミク)、私、好きなんですよ、すごく可愛くてね、ビジュアルも全部好きなんです。あれ系ね、ボカロのかわいいのね。
 
イルカ: それで、「なんか、そういうのやったらいいのに」って、突然、言ってきたんですよ。「え〜私、やれるかな?」って、いろんな曲を聴かせてもらったら、すごくいい曲が多くて、それも良かったんだけど、「いや、待てよ……、私が、そのボカロPの曲を歌うのもあるけど、自分としては、もうちょっと違うことやりたい、なんだろうな……?」と思ったら、「若い世代の方に私の歌を届けたい」と思ったの。
 
イルカ: で、私はね、「もしできたら、それを入り口としてやってもいいんだけど、究極はね、私の曲を、ミクちゃんに歌ってもらって、あんたの絵で若い人たちに知ってもらえたら嬉しいな」って言ったら、「はあさま、それじゃない!」って言われたんです。「それだよ、それをやるべきだよ」って言われて、「本当にやっていいかしら?」って言ったら、「やるべきだよ」って言われて、「じゃあ、やろうか」って言ってね。
 
イルカ: で、まだね、公的には発表してないんですけど、それを今一生懸命やってるので、9月ぐらいには、皆さんに見ていただきたいですね。まだね、孫も勉強中だからね、あれですけど、でもやっぱりせっかく孫がね一緒に何かやろうって言ってくれたことに対してね、なんか尻込みしたくないのよ……はははは(笑)。そういうのもあるし、それから、嬉しいじゃないですか、一緒に何かやれるってね。
 
イルカ: それと、やっぱり孫も自信を失う世代なんで、もう迷ってるし、いろんなことがあってね、悩みもいろいろあったりして、いろんなことがあったけども、そういう前向きに私に言ってきたってことは「受け止めなきゃ」と思って。それで、何か少しでも喜びに変えてくれたら……、生きる自信に繋げてくれたら嬉しいなと思ってね。
 
ーー 2022年8月28日に、3年ぶり、東京で初開催された『イルカ with Friends』には、太田裕美、ばんばひろふみ、神部冬馬 の他に、小林幸子が友情出演したのは、そういうことだったのだろうか?
 
イルカ: そういうわけじゃない。それはそれで、また別なの。小林幸子さんはね、幸子さんが50周年の時に、私、着物のデザインを頼まれたの。それがね、ひとつの出会いなの。それも偶然なんですけどね。
 
ーー イルカは、2010年から、母校である女子美術大学の芸術学部、アートプロデュース表現領域の客員教授に就任し、2012年からは、着物のデザイン・手描き・染め・プロデュースも手掛けている。2021年のアルバム『あたしだってLove song!』のジャケット写真は、着物姿だ。
 
イルカ: (小林)幸子さんには喜んでいただいたんですけどね、でも、「私、まだ新米だからデザイン料はいりません」って言ったんですよ。それでも「なんかしたい」って言うんで、『イルカ with Friends』に 1回 出ていただいたの。
 
イルカ: で、私が、ちょうどこの前、50周年のコンサートやった時に、お花をくださったんで、「どうもありがとう」って言って、「今、なかなかコンサートできなくてお互い大変だけどね」って話も何回かやりとりしてね、「でも、出来るようになったら、またね、幸子さんと一緒に歌いたいね」って言ったら、「ぜひぜひ、いつでも声かけて」ってくれたのを覚えてたので(笑)、今回、そのね言葉をね……(笑)。やっぱりもう本当に事務所も何も関係なくお互いに歌う側としてね、つらい時期をね、乗り越えようねって言った同志みたいなそんなメールのやりとりをしたので、「あの幸子さん、よかったら、また出てくれる?」って言ったら、「いいわよ」って出てくださったので、それはもうその繋がりなんですよね。
 
イルカ: 孫もね、幸子さんのことすごく好きなんで、だから、そんな話も、今回、初めてステージでさせてもらおうかなと思ったんですけどね。
 
ーー そんな孫娘との関係も興味深いが、母親として、そして、同じ音楽家としての 2つの違った視点で見ている 息子の神部冬馬のことを、イルカは、どう思っているのだろうか?
 
イルカ: あの人ね、よく頑張りますよ……、と思います。あの……、決して恵まれたポジションにいるわけじゃないですよ、はっきり言ってね。普通だったらもうやめるかなって、私、思ったんですね。
 
イルカ: 冬馬はね、ちっちゃい頃から何でもできる子でね、よく子役にならないかとか誘われたんですけど、全部お断りしてきたの。調子乗ったら駄目だからと思ってね。でもね、「僕、ああいうのやりたい、どうして僕はやっちゃダメなの?」とかね、子供の「のど自慢」とか「どうして僕は出ちゃダメなの?」とか言うような子だったんですよ。
 
イルカ: だから、物怖じしないし、やれると思ったけども……、夫は、やらせたい気持ちは半分あったと思うの。で、私のアニメの声とかやったりもしたけど、それはもう家族だから。それ以上のことは、「もう絶対に駄目!」って私はすごく禁じてたんですね。
 
イルカ: だけども、高校生ぐらいになったら、なんかすっごいエレキのバンドをガーンってやってたんですよ。だから「やっぱ、音楽が好きなんだな」って思ってはいましたけども、でも、私は、父も音楽家だし、私も音楽だしでね、私の息子だなんか言って出たってね、そんな皆さん温かい目で見てくれないし(笑)。
 
イルカ: あの……、なんかね、私は農業とかやってほしいなんか思ってたんだけど、急にやっぱりね、「僕はやっぱり音楽やりたいんです」って言うからね、本人が言うんだったら反対するつもりもないし。ただ、やっぱり、一番厳しい道に突っ込んでいくわけだから、それなりの覚悟がなきゃねって言ってね。で、夫はもう、その時、ずいぶん具合悪かったんで……、夫が元気だったら、夫はもう張り切って、息子のプロデュースしたと思うんですね。
 
イルカ: でも、それができなかったことが、私は、冬馬にとっては、良いプロデュースだったと思う。それができないから、自分で切り開いていかなきゃいけない。
 
イルカ: だから、今は、もうほとんど山梨でお仕事してますけど、私、全く知らない世界ですね。私が行くと、「あっ、冬馬くんのお母さんですか?」みたいにみんなに言われるのが嬉しい……(笑)本当に。
 
イルカ: だから、そういう中で、自分の道をやっぱり一生懸命切り開いていって、まあ、だから、今、歌だけじゃなくて、いろんなことやってますよ。なんかそのサッカーの解説みたいなこともやって、でも、いろんな好きな事でね、それで仕事ができるんだったら幸せだと思うしね……、それでよく頑張る。
 
イルカ: それで、多分、もうひとつのポイントになったのが、「27歳だか28歳までにメジャーデビューができなかったらもうやめようって自分は思ってた」って、そのギリギリのところで、フォーライフからね、お声がけいただいて、メジャーデビューっていう形になったんですけど、これもまた不思議なことでね、なんかね。
 
イルカ: だから、頑張ってればいいことがあるし、なんか彼は、お父さんの血を引いてて、プロデューサーになれるんじゃないかと思う。結構ね、若い子たちに対してもうるさいんですよ、私にもうるさいんですけど(笑)。わりと、だから、そういう観点からいろんなものを見てるし、「こういう番組で、こういうのを作ったらいいんじゃないか」とか、そういうものに、今すごく興味があって、なんかそういうことやってますね。
 
イルカ: だから、何でも好きなことやればいいしね。でも、いろんな繋がりができている中には、もう私には全然わからない人たちがいっぱいいて(笑)、そういう自分の世界を、ちゃんと構築してるってことはね、まあ、自分の息子であっても偉いなと思いますね。
 
イルカ: なんかやっぱりね、息子は、うまくいかなかった時期がずっと長かったんで、気持ちが傷心を抱えては山梨に行ってたんですよ。山梨に私のアトリエがあって、富士山にね、そこは小さい頃から私が息子を育ててた場所なんで、多分、そこに行くと、心が落ち着いたんだと思う。自然の中でね。
 
イルカ: そうやって行っているうちに、何かサッカーを応援するみたいな人たちを見てていいなと思ってて、なんか自分も応援するようになって、そしたら、なんか「歌を作ってくれないか?」ってなったり、「ライブやってくれないか?」ってなったりって、そういう繋がりから入ってて。だから、やっぱり何かいろんな中でね、そういう繋がりがね、できたっていうのはね、やっぱりご縁なんだなと思ってね。
 
イルカ: 彼にはね、アーティストもそうだけど、プロデューサーとしてね、なんかいろんなことやってほしいなって。それで、できれば、将来、イルカオフィスの社長、私が今やってますけど、継いで欲しいんですよね(笑)。それは夢ですね……へへへ(笑)。
 
ーー 活動51年目に入っている イルカは、現在 71歳。「50周年企画」として、この 3年で 4作のアルバムをリリース、ニッポン放送のレギュラーラジオ番組『イルカのミュージックハーモニー』(毎週日曜 7:00〜8:30)も 30年以上続け、コンサートもソロだけでなく、太田裕美とのコンサートシリーズ『イルカ&太田裕美 ラブリー♥コンサート』なども相当の本数をこなし、『君と歩いた青春コンサート』などのイベントでも忙しい。その衰えない原動力は何なのだろうか?
 
イルカ: なんでしょうね……。よくわかりませんけど……、やっぱり周りのスタッフがいいんですよね。そう思います。すごい、そういうスタッフに恵まれてると思いますね、私。だって、全然、何もプロモーションなんか私してないのにね、それは周りのみんなが一生懸命やってくれてるから、できてるんだよってね。だから、ありがたいなと思いますね。
 
イルカ: もうコンサートはね、本当にね、私にとっては、もう一番やっぱり嬉しい場所ですよね。
 
ーー さらに、シンガーソングライターとしての活動にとどまらず、絵本作家、エッセイストなどとしても活躍し、それらの作品を通じて、「私達は、皆この地球という大きな生き物に住む、細胞同志である」というメッセージを、世代を超えて沢山の人々へ伝えている。
 
ーー 加えて、自然保護や環境問題の活動にも積極的で、2004年には、「IUCN 国際自然保護連合」の初代親善大使に任命されている。
 
ーー そして、あと 9年ほどすると 60周年となる。この先、どういう活動をしていくのだろうか?
 
イルカ: ガーン! 60周年! いや〜、活動はね、そうですね、今「IUCN」(国際自然保護連合)の親善大使ということではね、いろんな環境活動をさせていただいてますけど、たとえ、そうじゃないとしても、もう私の人生は、やっぱりいろんな生き物とこの地球と人間との架け橋になりたいっていうことにね、もう、いよいよ、自分の人生を、そういうものに捧げていきたいなってすごく思うので、だから、いろんな活動全てが、そこに繋がってたらいいなと思いますね。
 
ーー ぜひ、父の保坂俊雄、息子の神部冬馬、そして、孫と、前代未聞の「4世代コラボ」を実現してほしい。


(取材日:2022年8月8日 / 取材・文:西山 寧)


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