いろいろわかる… 純烈 ロングインタビュー! ご存知「スーパー銭湯アイドル」12枚目となる最新シングルは、期待を裏切らない純烈らしい曲! 誰も歌手になろうと思っていなかったのに、NHK紅白歌合戦に3年連続出場中!「オバちゃんに背中押されてしまって……」 MUSIC GUIDE 版「純烈物語」! -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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いろいろわかる… 純烈 ロングインタビュー! ご存知「スーパー銭湯アイドル」12枚目となる最新シングルは、期待を裏切らない純烈らしい曲! 誰も歌手になろうと思っていなかったのに、NHK紅白歌合戦に3年連続出場中!「オバちゃんに背中押されてしまって……」 MUSIC GUIDE 版「純烈物語」!

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JYUNRETSU

純 烈

12th Single「君がそばにいるから」」


★ NHK 紅白歌合戦に3年連続出場中!
★ デビュー10周年!「スーパー銭湯アイドル」通算12枚目のシングル!


★ オリコンの J-POPも含めた デイリーシングル総合ランキング(2/2付)で 初登場3位!


★「君がそばにいるから」は 純烈らしいムード歌謡調で、耳に残るキャッチーな曲!
★「夏色グラフィティー」は メジャー調でアップテンポの甘酸っぱい青春ソング!
★「僕に残された時間はどのくらいあるだろう」は リーダー酒井一圭による作詞!
★ やさしいボーカルで言葉が心に染みるバラード!


昨年末には、NHK紅白歌合戦に3年連続出場、2年連続となる日本レコード大賞優秀作品賞にノミネートされた「スーパー銭湯アイドル」こと純烈。

2021年2月3日に、新曲「君がそばにいるから」が、ジャケット写真とカップリングが異なる2タイプが同時に発売となり、オリコンの J-POPも含めた デイリーシングル総合ランキング(2月2日付)で 初登場3位を記録!

通算12枚目となる最新曲「君がそばにいるから」(作詞/作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄)は、紅白初出場を決めた『プロポーズ』から4作連続で、幸 耕平(みゆき こうへい)が作詞作曲した曲。編曲は「プロポーズ」を手掛けた萩田光雄。ラテンテイストの純烈らしいムード歌謡調で、出だしからキャッチーで耳に残る。一度、聴けば覚えてしまうような曲。

Aタイプのカップリング「夏色グラフィティー」(作詞:岡田冨美子、作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄)は、メジャー調で、さわやかなアップテンポの曲。昔を思い出させるような甘酸っぱい青春ソング。

Bタイプのカップリング「僕に残された時間はどのくらいあるだろう」(作詞:酒井一圭、作曲:幸耕平、編曲:坂本昌之)は、リーダー酒井一圭による作詞で、やさしいボーカルで言葉が伝わるメジャー調のミディアムバラード。人生を振り返るような歌詞が、ある程度の年齢以上の人には、確実に心に染みる曲だ。純烈ファンにはお馴染みの「言葉足らずのメロディ」に続く名バラード。

後列 左:後上翔太、右:白川裕二郎
前列 左:酒井一圭、右:小田井涼平

また、純烈が、今秋公開予定の映画「スーパー戦闘 純烈ジャー」でスクリーンデビューを飾ることが、先日、2月1日に発表された。監督は、スーパー戦隊シリーズや仮面ライダーシリーズ、「美少女戦士セーラームーン」「男たちの大和/YAMATO」などでも特撮監督を務めた特撮研究所の佛田洋。

主題歌は、リーダー酒井一圭が作詞した純烈の新曲「NEW(入浴)YORK」(作詞:酒井一圭、作曲:影山ヒロノブ)に決定している。

ストーリーは、スーパー銭湯のアイドルとして歌謡界で活躍する純烈が、温泉施設の平和を守るスーパーヒーローに変身「純烈ジャー」に変身し、人知れず温泉の平和を乱す悪と戦うというもの。

映画「スーパー戦闘 純烈ジャー」は、東映ビデオが製作・配給、2021年秋に公開予定。

映画 『スーパー戦闘 純烈ジャー』 2021年 秋公開
(c) 2021 東映ビデオ

2021年 秋 全国ロードショー 映画「スーパー戦闘 純烈ジャー」


現在、新曲発売を記念して、 東京と大阪で「パネル展」が開催されている。「NHK紅白歌合戦」初出場以前から、現在に至るまでのオフショットやライブフォトなどから選りすぐりの写真を使用したパネル展。東京と大阪でパネルの絵柄 が異なり、大阪では、第61回「輝く!日本レコード大賞」出演時着用衣裳(メンバー全員の着用衣装を展示) も展示される。
また、各会場にて、純烈の「君がそばにいるから」Aタイプ、Bタイプを同時購入すると、展示のパネルが抽選でプレゼントされる企画に応募ができる。

また、2021年3月4日(木)~3月21日(日)には、御園座(愛知県名古屋市)での、里見浩太朗と純烈による「御園座三月特別公演」が行われる。チケット発売中(詳細は下記)。


映画『スーパー戦闘 純烈ジャー』特報


純烈 「君がそばにいるから」歌詞を見る!


純烈、新曲MVで森脇健児と共演(MV 君がそばにいるから/純烈 森脇健児)
2021/2/3 JIJI PRESS / 時事通信芸能動画

DVD / Blu-ray「純烈のスーパー銭湯で逢いましょう♪」(2020年09月30日発売)告知動画


シングル リリース 情報


純烈 「君がそばにいるから」 A タイプ
シングル CD
2021年2月3日発売
CRCN-8382
¥1,227 + 税
日本クラウン

<収録曲>
1、君がそばにいるから 作詞・作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄
2、夏色グラフィティー 作詞:岡田冨美子、作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄
3、君がそばにいるから〔オリジナルカラオケ〕
4、夏色グラフィティー〔オリジナルカラオケ〕


純烈 「君がそばにいるから」 B タイプ
シングル CD
2021年2月3日発売
CRCN-8383
¥1,227 + 税
日本クラウン

<収録曲>
1、君がそばにいるから 作詞・作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄
2、僕に残された時間はどのくらいあるだろう 作詞:酒井一圭、作曲:幸耕平、編曲:坂本昌之
3、君がそばにいるから〔オリジナルカラオケ〕
4、僕に残された時間はどのくらいあるだろう〔オリジナルカラオケ〕


純烈 「君がそばにいるから」歌詞を見る!

純烈 「夏色グラフィティー」歌詞を見る!

純烈 「僕に残された時間はどのくらいあるだろう」歌詞を見る!


純烈 日本クラウン

純烈 オフィシャルサイト

純烈 公式 YouTube「重量お〜ば〜純烈号!」


純烈 歌詞一覧

MUSIC GUIDE「注目歌手カタログ」純烈

日刊 SPA! <純烈物語>



パネル展 概要

東京会場
純烈「君がそばにいるから」発売記念パネル展

2021年2月2日(火)〜 2021年2月14日(日)
CDショップ 五番街(豊島区西池袋1-1-25 東武百貨店 池袋店 7F TEL:03-3985-6824)

大阪会場
純烈、2/3 発売「君がそばにいるから」Aタイプ、Bタイプ発売記念
“タワレコ マルビル 純烈まつり 2021”

2021年2月2日 (火) 〜 2021年2月28日 (日)
タワーレコード 梅田 大阪 マルビル店(北区梅田1-9-20 大阪マルビル B1F TEL:06-6343-4551)

パネル展 詳細 日本クラウン



純烈 出演「御園座三月特別公演」

御園座 三月 特別公演
出演: 里見浩太朗、純烈、野村将希、小川菜摘、古畑奈和 ほか
会場: 御園座(愛知県名古屋市)
期間: 2021年3月4日(木)~3月21日(日)昼の部 11:00 / 夜の部 16:00 全13公演(貸切公演除く)
料金: A席 14,000円 / B席 8,000円 / C席 4,000円 

<公演内容>
・一部 水戸黄門漫遊記より『水戸黄門〜春に咲く花』
・二部 歌謡ステージ『里見浩太朗 VS 純烈 大いに唄う!』

御園座三月特別公演

御園座三月特別公演 チケットぴあ




純烈 ロング・インタビュー

後列 左:後上翔太、右:白川裕二郎
前列 左:酒井一圭、右:小田井涼平

 純烈は、不思議なグループだ。現在のメンバーの誰一人として、歌手を目指していたわけではない。誰も、歌手になりたいと思っていなかったのに、「NHK 紅白歌合戦」には 3年連続出場中。そんな人が、これまでいただろうか?

 それに、純烈がボーカルグループであることに間違いはないが、「歌手なのか?」と問われると、ちょっと違う気もする。実際、メンバーのうち3人は、もともと俳優だし、4人とも今でも自分を歌手だとは思っていない。「エンターテインメント・グループ」とか、「パフォーマンス・グループ」の方が実態に近いし、だから「スーパー銭湯アイドル」という肩書もいいのかもしれない。

 あえて言うなら、もはや「純烈」というカテゴリーのような気もする。「SMAP」とか「嵐」なんかにも近い存在のような気もするし……、とにかく、これまでにはなかった不思議な魅力を持ったグループだと思う。

 「夢は紅白!親孝行!」をキャッチフレーズに、2010年に『涙の銀座線』でユニバーサルミュージックからメジャーデビューしたが、最初は全く売れなかった。その後、契約が切れ、2013年からは、日本クラウンに移籍してリリースするが、やはり売れない……。

 ところが、ある幸運な出会いがきっかけで始まったスーパー銭湯での活動が、2015年ころからワイドショーなどで取り上げられたことが転機となり、徐々に脚光を浴びるようになり、「スーパー銭湯アイドル」として一気に認知度が上がった。2016年の通算7枚目のシングル『幸福あそび』、翌2017年の『愛でしばりたい』がヒットし、2018年には『プロポーズ』で「NHK 紅白歌合戦」に初出場。2019年は『純烈のハッピーバースデー』で、そして、昨年は『愛をください 〜Don’t you cry〜』で 3年連続出場中。今や、テレビやラジオ、CM でも引っ張りだこだ。

 しかし、純烈は、幸運や、単なる珍しさで売れているわけではない。

 おごらず、謙虚、素直で飾らず、フレンドリーでサービス精神が旺盛で、お客さんに対しては「そんなことまでやるのか!」というくらい徹底的にやる。そうは見えないかもしれないが、常に全力で必死。メンバー全員、楽しませることが大好きで、そこに、エンタテインメントの真髄がある。単純に、歌がうまければ、歌手になれるというわけでもないし、伝わるわけではない。

 そして、何よりも、純烈の生みの親でもあり、リーダーであり、自身もパフォーマーでありながらプロデューサーでもあるというプレーイング・マネージャー、酒井一圭の頭脳によるところが大きい。グループを俯瞰し、まるで経営者のような考え方で、常に先を考えて、どんどん新しいアイディアで攻め続けようとする。鋭い嗅覚を持ち、当たり前ではない見方が出来る。

 実際、酒井は、純烈を結成する前にも、自身、役者をやりながらも、プロデューサーとして、キャスティングやトークライブの企画、DVD のプロデュースなどもやっていた。
 インタビューでも、とにかく、よく喋ってくれる。それは、取りも直さず、それだけ多くのことを考えていて、それだけ、言いたいことがあるということだ。

 「夢を叶えるための5つの法則」というのがあり、「Think, Image, Believe, Do, Continue」だそうだ。「よく考え、具体的にイメージし、それを信じて、実行する、そして、続けること」その 5つを実行することで、夢がかなうという。
 酒井は、純烈の結成時から、自然と、それをそのまま実践していたように思う。プレイヤーでありながらも、プロデューサーとしての立場を常に優先させる。自分がプレイヤーでいる時、そんな素振りは一切見せないが、酒井は、とんでもなく頭の切れる、極めて優秀なプロデューサーだ。

 だから、酒井の話を聞いていると、純烈が売れたのは、幸運や偶然ではなく、必然だったように思える。スーパー銭湯で歌えば、誰でも売れるというわけではない。

 しかし、世の中的に見れば、これほどまで売れているのに、酒井にとっては、むしろ不安の方が大きいように感じる。もちろん、今はコロナの問題が最も大きいが、それだけではない。何事も見た目とは違うものだ。

 望んで始めたことではなかったが、スーパー銭湯が純烈のベースであって、どんなに売れたとしても、それをやめるつもりはないと、メンバー全員が口を揃えてそう言う。
 何より、武道館コンサートとか、東京ドームとか、横浜アリーナとか、そういうことを言わないのがいい。身近なふれあい、お客との一体感が、すなわち純烈のアイデンティティだからだ。

 リードボーカルでグループの顔でもある、もと朝日山部屋所属の力士で、戦隊ヒーロー『忍風戦隊ハリケンジャー』でカブトライジャー役を演じた白川裕二郎。同じく、もうひとりのグループの顔とも言える、もと『仮面ライダー龍騎』で仮面ライダーゾルダ役で俳優デビューした小田井涼平。難関校の東京理科大学を中退してまで純烈に加入することを選んだ「純烈のラッキーチャーム」とも言える存在、芸能活動未経験で最年少の後上翔太。そして、『逆転あばれはっちゃく』で子役デビューし、戦隊ヒーロー『百獣戦隊ガオレンジャー』でガオブラック役も演じた、リーダーの酒井一圭。この4人が現在のメンバーで、キャラクター的にも実にバランスがいい。

 ゆくゆくは、ホームグラウンドとして、「スーパー銭湯・純烈」なんてのが出来たらいいなと思う。


<もくじ>

1 最新シングルは、純烈らしい歌 〜「ファンの皆さん向けた歌というか…」〜 
2 あまりにも歌っていない中でのレコーディング 〜「数がやっぱり足りてないんですよね…」〜 
3 コーラス、ハーモニーのレコーディング 〜「僕ら、すぐ音楽できたり、楽譜とか読めないから…」〜
4 リーダー作詞の名バラードが誕生 〜「ずっと目の当たりにしてやってきたっていうのもあった…」〜


5 誰も歌手になるとは思っていなかった 〜「いやいや… 紅白出たけどちゃうねん…」〜
6 白川裕二郎の加入とデビュー前のメンバー 〜「白川を口説くためのワードだったんですよ…」〜
7 パリコレのような小田井涼平と、ラッキーチャーム的な後上翔太の加入 〜「僕、最初は断ってます…」〜
8 メジャーデビュー、移籍、前川清… 〜「グループ名は『純情烈将伝』ね…」〜


9 スーパー銭湯アイドルとして快進撃! 〜「やらないと自分たちの担保がない…」〜
10 純烈は、打ち上げがない 〜「純烈では飲まない…」〜
11 解散まで考えたコロナ禍 〜「こいつらと心中したろっと思って…」〜
12 夢を実現した純烈、今後は… 〜「今年は今年で、また突っ込んで行くぞ!って感じ…」〜


白川

1 最新シングルは、純烈らしい歌 〜「ファンの皆さん向けた歌というか…」〜 

 通算12枚目となる最新曲『君がそばにいるから』(作詞/作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄)は、紅白初出場を決めた『プロポーズ』から4作連続で、幸 耕平(みゆき こうへい)が作詞作曲した曲。ラテンテイストの純烈らしいムード歌謡調で、出だしからキャッチーで耳に残る。一度、聴けば覚えてしまうような曲だ。

白川;「まず、幸 耕平 先生の声入りの音源をいただいたんですけど、キャッチーでストレートな歌詞になってましたし……、最初にサビがくるじゃないですか……。で、やっぱり、その〜、今こういった時期で、ファンの皆さんと会えなかったりしてて、”♪君がそばにいるから〜” っていうところで共感してもらえるんじゃないのかなって思いましたね。それで、一回聴いたら、もう、スッとそのサビの部分は入ってきてしまう、覚えてしまうようなそんな曲ですから、オバちゃんにも好きになってもらえるようなそんな曲と言うか……。だから、先ほど、純烈らしいと仰ってくれましたけども、まさしくその通りで、ファンの皆さん向けた歌というか、すごく温かみのあるような、そんな曲なのかなという風に思いましたね。」

後上:「あの……、純烈らしさのうちのひとつでもあるのが、やっぱ、お客さんと一緒に同じ空間を共有するとか、お客さんとの一体感みたいなところがあると思うんですけど、ライブでこの曲やったら、間違いなく、それが勝手に生まれていくような曲だなっていう風に感じましたね。サビから始まってて、Aメロがあって、Bメロがあって、階段上がってまたサビみたいなところで、お客さんの感情的な動線みたいなものもあって……。多分、この曲を歌ってる僕らとお客さんとが、みんな同じ線を歩けるのかなっていうことは、やっぱ、聴いた時にすぐ思いましたね。多分、今後、そこに、たとえば振り付けであったり、衣装が乗っていくと思うんで、ま、こういう1年ではあるけれど、やっぱりライブでやりたいなってことを、聴いててすごく思いました。」

酒井:「もう本当に……こういうコロナ禍の中で、『君がそばにいるから』って言葉をね、純烈がメロディに乗せて歌うことで、お客さんが喜んでくれるんじゃないかって……。ホントに、ストレートに、幸さんが言葉を乗せてくれてっていう……。そういうのは、僕らじゃちょっと照れくさくて言えないようなコトをね、幸さんが、ビシッとハメて伝えてくれたなって。普段、言えないようなコトを、ちゃんと言わしてくれるって言うか……、そういう曲がまた上がってきたなっていう感じがしました。」

小田井:「そうですね、あの……、カップリングの『夏色グラフィティー』が、もう夏っていうのがタイトルにボンと付いていて、で、『君がそばにいるから』も、僕はもう最初に聴いた時から、何となく夏のイメージの曲だなとずっと思っていたので、ホントに今までの曲よりも、さらにポップなサマーチューンだなって正直思いましたね。」

小田井:「それと……、これ、ホントに錦野旦さんの受け売りでしかないんですけども、ご時世を反映してか、最初、曲のタイトル見た時に思ったのは、”君” っていう漢字を分解すると “コロナ” になるんですよ。そしたら、タイトルが “コロナがそばにいるから” になるんですよ。ちょっと “コワっ” と思って……。それがずっと頭に残ってたから、そのタイトル見た時にそういう風に読んでしまって、”うっわ、スゲー曲書くな〜” って思ったんですけど……(笑)。でも、まさに、そういうコトですもんね……。だから、時代というか、世相というか、なんか、そういう意味にも取れるんかなと思って……。もちろん、幸 先生は、全くそんなこと思ってやってないですけど、僕が勝手に捉えただけなんで、そういう風に取れるんやなと思って……。」

後上

2 あまりにも歌っていない中でのレコーディング 〜「数がやっぱり足りてないんですよね…」〜 

 今回、AタイプとBタイプという、カップリング違いの2形態での発売。Aタイプのカップリング『夏色グラフィティー』(作詞:岡田冨美子、作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄)は、メジャー調で、さわやかなアップテンポの曲。昔を思い出させるような甘酸っぱい青春ソング。
 Bタイプのカップリング『僕に残された時間はどのくらいあるだろう』(作詞:酒井一圭、作曲:幸耕平、編曲:坂本昌之)は、リーダー酒井一圭による作詞のバラード曲。
 タイトル曲の『君がそばにいるから』を含め3曲とも、幸 耕平 が作曲を担当していて、レコーディングにも必ず立ち会う。

酒井:「もちろん! その前のリハーサル、幸さんの所に行って、そこでギターでずっと特訓してもらって……。だから、僕らで言うと、それこそ『新・BS日本のうた』だったり、『うたコン』でカバーを歌う時でも、白川は、先生のところにチェックしに行きます。」

白川:「はい、そうしないと不安で……。」

酒井:「それはもう、由紀乃さん(市川由紀乃)とか、お弟子さん達は、みんなそうです。」

白川:「僕達、お仕事をすごく忙しくさせていただいている時とかは、やっぱ夜とかになっちゃうんすよ。で、夜になっちゃうと、先生の所は閉まってしまうんですけども、なんとかお願いして、夜でも行って教えていただいたりとか……。」

後上:「先生はスゴイですよ。作詞・作曲だけじゃないですよ、”作詞・作曲・トレーニング” みたいな……。アドバイスもそうだし、レコーディングの時も、ずーっとそばで教えてくださる。」

白川:「色んな音楽を先生は知っていらっしゃるので、”こういう風な歌い方の方がいいんじゃないか” みたいに言ってくださるんです。細かく言われるし、僕は、まだ全然、そんなあの……先生が言うようなことは出来ないから、先生がずーっと付きっきりで教えていただいてっていう感じですね。」

 『君がそばにいるから』は、白川のリードボーカルがメインだが、Aタイプのカップリング曲『夏色グラフィティー』などは、歌い分けが細かくあるが、レコーディングの時は、4人 全員がブースに入って歌録りをしているのだろうか?

酒井:「あ、いえいえ、1本ずつです。全員で一度に “せーのっ” の時代もあったんですけど、今は、もう全然 ひとりずつです。まず、白川が、柱できっちりセンターラインを取って、で、そのあとは自由に、ひとりずつブースに入って歌う……、そういう感じです。」

 毎回、歌録りは、時間がかかると言う。

白川:「かかりますね〜、はい。僕が最初にブースに入って歌わしていただくんですけれども、そうするとやっぱ、歌いまわしとあったりとか、リズムであったりとか、それを先生は持っていらっしゃるんですけど、僕はそれ持ってないので……。”せっかく教えたのに、それが出来てねーじゃん” って言うコトなんですよね。で、先生がブースに入ってきてくださって、ギターを持って教えてくれたりとか、その場でね。あと、リズムは、背中をこうやって叩いてくれるんですよ。」

酒井:「そうそう、それは俺らも……。”トランザム” のパーカッションの人が、背中を叩いてくれるっていう……(笑)。」

 幸 耕平 は、作曲家として活動する前には、「トランザム」というバンドでパーカッションを担当していたことがある。1978年に「コカ・コーラ」のテレビ CM ソングだった『はだしで地球を駆けるのさ』(幸 耕平 の脱退後)で知られるバンドだ。

白川:「でも、ホントに魔法のように出なかった音とかが、そのリズムによって、すごく出やすくなったりとかするんです。出にくい母音とかあるじゃないですか……、歌いづらい曲とか……。だから、”こうやって歌うんだよ” みたいなコトを言ってくれるんですけど、僕は、言われてもあんまわかってないんですよ……。だけど、そうやって先生がやってくれると出来る……、体で教えてくれるっていうか……。」

酒井:「実は、今回、わりとサラッと難産で……。あの〜、コロナだったでしょ。で、あまりにも歌ってないから、数がやっぱり足りてないんですよね。ステージ数とか番組数とかそういう……。だから、1日目のレコーディングでやったやつは全部チャラです。そこで取ったモノは全部使われてないです。白川も喉の調子が悪くて、実は、その前が番組のアフレコやってで、”ワ〜ッ!” って叫ぶシーンとかで、もう喉がガラガラで……(笑)。で、先生も、”おい! あいつ声ガラガラだな〜” とか言って(笑)、”今日はダメじゃない?” って言ってたんですけど、でも、”やるだけやりましょうよ、どっちにしても温まるから” って言って、なし前提でやったっていう1日があったんですよ。でも、それで、逆に、2日目にピタッとハマったんで、あーイケるなってなったんですけど。」

 昨年、2020年は、3月以降、新型コロナウィルスの影響で、ほとんどの公演がキャンセルされた。プロスポーツ選手が1日練習を休んだだけで、スタジオミュージシャンが1日弾かなかっただけで、その感覚が変わってしまうと話すのと同じように、長く歌わなかった影響は、決して小さくなかった。

酒井:「だからね、それくらいやってないと、やっぱね……。コロナで100日くらいみんな自粛したじゃないですか。で、歌番組が再開して、BSフジの「昭和歌謡パレード」の収録に呼んでいただいて『愛でしばりたい』かなんか歌った時に、1曲歌うだけで、もう汗ビッショビショ、ゼーゼー、ハーハーで……。」

酒井:「でね、ひとりひとりが、リモートとかで番組に出させてもらって、ひとりで頑張るっていうか、番組で結果残すみたいなコトは、コロナで出来る様になったんですけど、久しぶりに 4人で集まった時に、”あれ、純烈の酒井一圭って、どういう設定だっけ? どういう感じだっけ?” みたいな……、純烈すら忘れちゃうんですよ。で、小田井さんとか、後上とか、裕二郎とか見た時に、”あ、オレ出過ぎかな、でもこのくらいにいたな……、後上この辺かな?” みたいな感じで横のバランスで見るじゃないですか。だけど、世の中の人から見ると、相当、後退した部分でのやり取りだから、純烈としての圧力が無いわけ。で、その辺を、ボイトレのコーチ陣とかが思い出させてくれて、”もっと全体に前に来ないとお話にならない” って……。」

酒井:「で、ギリギリ間に合ったのが紅白なんですよね……。だから、ぶっちゃけ、あの紙吹雪やってくれて良かったよね……。あれ、ホントに素舞台でやったら、バレてたと思う……。それくらい、やっぱこう1回エンジン切ると、立ち上げるってタイヘンなんですよね。どうにもならないっていうか。入院してた様なもんですよね。」

白川:「そうそう。なかなか動かなくなっちゃう。」

小田井

3 コーラス、ハーモニーのレコーディング 〜「僕ら、すぐ音楽できたり、楽譜とか読めないから…」〜

 純烈の場合、4人が歌うボーカルグループでもある以上、コーラスやハモることも求められる。知らない人が 4人で歌っている純烈を見れば、それが当然のことのように思うだろう。でも、4人とも、もともと歌手ではない。

酒井:「そう、だから、コーラスも1本ずつ録ってます。全員で同時にやると、あの……、僕らハモれるグループじゃないんで、こう色々テクノロジーを駆使してやんないとだめだし、完パケを聴いて勉強するくらいの……。」

小田井:「あの……、ガイドが入ったコーラス用のデモをいただきます。自分のパート決まったら、それを聴いて覚えて、練習してレコーディング行く感じです。」

酒井:「コーラスはタイヘン! も〜タイヘンです……。『新・BS日本のうた』とかが一番大変で、”知らん……” ていう歌が多い(笑)。だから、初めて聴いて、”下ね”、”真ん中ね”、”上行くわー”、とかパート分けしてやるんですけど、その……いちばん恐ろしいのが、無理くり純烈が後ろで踊るからハモるっていうパターンの時……(笑)。そん時は、もう丸々入れなアカンから、しかも踊りながらとかで、”死ぬ〜” っていうか……(笑)。まあ、でも、それをちょっと乗り越えつつあるっていうか。あの……、紅白 3回 出てるし、”もうそこまで激しく要求しないよ” って雰囲気になってきた……ちょっとね(笑)。あと、コロナとかでね、そういう番組も減ったからあれですけど……、昔、紅白 1回目 出る直前、あの頃が1番キツかった〜。でも、あれで鍛えられたんですけどね……。根性って言うか、そういう感じで乗り越えてきたっていうか。」

 たしかに、いろいろな歌番組で、毎週のように、知らない歌を何曲もハーモニーまで覚えなければいけないわけだから、それはタイヘンだ。しかも、ただ覚えて歌えれば良いのではなく、その歌で、視聴者を楽しませることが出来なければいけない。

酒井:「そう、だから、ボイトレの先生のトコ行って、”頼むからもう全部やってくれっ” つって、もう全部のハモリのデータ(音源)を作ってもらって……。僕ら、すぐ音楽できたり、楽譜とか読めないから、だから、夜中に集まってボイトレのトコ行って練習して、で、自分達のトコでも練習して……、みたいな。もう、毎回、それ。”3曲、よしっ、やるしかねぇ!” って……。」

小田井:「コーラスの時、”わー” “うー” “ふー” “おー” とか、アレがこんがらがる時があって、”あれ? わー やったっけ? あー やったっけ? ふー やったっけ……?” みたいなことが、よくありますけどね(笑)。」

酒井:「だから、純烈 6人時代は、”わからなくなったら、口だけ開けろっ!分からんのに声は出すなよ、絶対に!” って言ってました(笑)。」

 しかも、メロディや歌詞、ハモリのフレーズだけでなく、振り付けや動きが加わる。

酒井:「そうです、そうです。だから公園とかで練習したりとか。あとはもうピリピリ空気で、”みんな自分らでやってこい! で、集まった時に出来るようにしてこいよ” と……。で、やったけど出来なかったってヤツに関しては、先生に泣き入れたりして、その辺の微調整っていうか……。ま、このくらいのクオリティですねっていうことは伝えておいて、それをちょっと上回るくらいのサジ加減でなおしてもらうっていう、ずーっとそんなキャッチボールしてたような気がするんだけど……。でも、そういうことが、お客さんにもちゃんと伝わってるっていうか……。僕ら、”オッサンが何やってんねん、そんな大汗かいて、アホちゃうか” っていうグループなので、逆に、怠けず、なんかそういう風にどんどん要求してもらうっていうことが、結果的には、僕らにとっては、すごくプラスやと思うので……、でも、まぁ必死です……(笑)。」

 音楽番組に限らず、芸能の世界は厳しいものだ。制作者側が求めるものに応えることができなければ、次はない。だから、常に期待される以上のものを見せようとする。だから必死だ。

酒井:「じゃないと、たとえば『新・BS日本のうた』でアウトだと『うたコン』がないじゃないですか。で、『のど自慢』がなくて『思い出のメロディ』がなくて、結果、『紅白』がないを意味するので……。だから、最初に『BS日本のうた』に呼ばれた段階で、もう常に引退覚悟っていう、それくらいの気持ちです……、いや、ホントに、ホントに。」

酒井

4 リーダー作詞の名バラードが誕生 〜「ずっと目の当たりにしてやってきたっていうのもあった…」〜

 Bタイプのカップリング『僕に残された時間はどのくらいあるだろう』(作詞:酒井一圭、作曲:幸耕平、編曲:坂本昌之)は、リーダー酒井一圭による作詞で、やさしいボーカルで言葉が伝わるメジャー調のミディアムバラード。人生を振り返るような歌詞が、ある程度の年齢以上の人には、確実に心に染みる曲だ。
 すぎもとまさとの『銀座のトンビ』にも似たテーマで、『僕に残された時間はどのくらいあるだろう』というタイトルどおり、死を意識した内容の歌詞になっているが、決して暗い歌ではない。

酒井:「あのね……、幸先生とね、ずっとやりたかったの。でも、これまで、なかなかそういうチャンスが無かったんですけど、今回、そういう風に出来るよってなった時に、”酒井、先に詞を書け” って言われたんです。今まで何曲か歌詞を書いてますけど、全部、曲先なのね。かと言って、この曲には付けないって突き返したコトもないんだけど、なんかその……曲先の方が、曲からのインスピレーションで、世界観っていうか、歌詞を書く方がやっぱラクなんですよね。塗り絵と一緒で、外枠書いてくれてる方が、色塗るだけっていうような……。だから、詞から先に書くっていうのは、やっぱなかなかだよね〜って思ってて……、別に主義主張はないし、言いたいコトもない……。だったんだけど、先生に “それは、お前、まだまだ詞書くとは言えね〜んだよ” みたいな感じで、そうやってハッパかけられたりして……。」

 ある程度の年齢を過ぎると、人は死を意識するようになり、『僕に残された時間はどのくらいあるだろう』と考える。

酒井:「そう、そーなの。コロナで、自分 45歳 で、で、純烈やめようか、続けようかとか、そういうことを 3月ごろに色々考えていた中で、”やっぱ進めていこう” って、腹くくって進めるっていう考えになった時に、”あと何年、純烈で旅が出来るかな……?” とか、お客さんのオバちゃん達が、10年、20年経ったら亡くなっていっちゃうし……、”じゃぁ新しい人を開拓しておかないと純烈が持たないな” とか思ったんですよ……。」

酒井:「それと、”この 4人のメンバーで、何年くらい頑張れんのかな?” とか、あとはお金の勘定とか……、子供達のとかも考えて、”おい、いくらくらい必要なんだよ” みたいなコトを色々考えるじゃないですか……。 親って、こういう思いでやってたんだろーな、みたいなことを想像した時に、自分のオヤジが 70歳で亡くなったんで、”じゃあ、あと 25年、どういう時間の使い方しようかな” っていう計画表をノートに書いてたんですよ。そん時に、まぁ単純に、”僕に残された時間はどのくらいあるんだろう” っていうことを考えたんですよね。」

酒井:「それで、たまたま、1番はすぐ出来たんです。純烈のライブに、死別したマダムが来てくれたり、お父さんが来てくれたり……、夫婦で来てたけど、どっちかいなくなっちゃったり……、みたいなのを、まぁ僕らはずっと目の当たりにして、やってきたっていうのもあったので。」

 1番は、パートナーへの感謝のような気持ちが歌われている。

酒井:「で、2番はね、テレビの『NHKスペシャル』でね、お医者さんが認知症になったっていうドキュメンタリーを見たんすよ。そん時、”忘れていくんだな” ってことを意識して……、で、認知症の話を書いた歌詞ってあんまりないじゃないですか。だから、そういう、今までの自分たちの目の前のお客さん達とか、あと自分も、これから長生きすればするほど、そういうことに直面していくだろうなっていう部分でなんとなく書いたものが歌詞になったんです。それを幸さんに投げて、幸さんがこのメロディを付けてきたっていう……。」

 たしかに、2番には、「歳を取れば􏱑れ行く 思い出も 自分􏰫自身も… 少しずつ また少しずつ 􏰏僕が壊れて行く…」という、まさに認知症を思わせる強烈な歌詞がある。

酒井:「そう、そーなの。だから、幸さんからは、”お前、俺に書いたのか!” って言われて……(笑)。でも、たしかにその通りで、俺も、親父が生きてたら多分書いてないんですよ。親父がいなくなってくれたっていうか、変な言い方ですけど、親父が亡くなったせいで、俺ん中である程度そのリミッターが外れてね、恥ずかしいコトも言ったり、今しか出来ないコトをやったり……。なんかその、思いっきりがよくなっちゃったってのがある中で、今、ホントの親父はいなくなっちゃたけど、何人か、幸さんも血は繋がってないけど、自分の中では “お父さん” っていう見方をしてるひとりなんです。でね、幸さん、具合が悪かったのね、体調がね。で、そん時に、”幸さんと組むなら、幸さんがズキンってくる方がいいだろう” って思って、そういうのを書いたっていうのはある。」

酒井:「だから、幸さんが、”お前、コレ、俺に書いたんじゃないだろ〜な?” みたいな感じのコトを言った時に、”良かった、良かった” と思って……。それを分かってくれて、そっからこのメロディが出てきたんだったら、もう完璧だなって思ったんですよ。そりゃ、もう、絶対にお客さんに伝わるよなと思ってて、実際に歌ったら、やっぱり伝わったので、これはもう幸さんのお陰って言うか……、色んなインスピレーションってとか、そういうのありましたけど……。」

 純烈のファンの中では有名な『言葉足らずのメロディ』(作詞:純烈、作曲:大谷明裕、編曲:矢野立美)という、両親への感謝の気持ちを歌った感動的なバラードがある。『僕に残された時間はどのくらいあるだろう』は、そのシリーズのような曲だ。

酒井:「そうそう、その系統。あれも、お父さんが亡くなった時に書いたの。あれはもう、完全に自分が父に書いたいた歌で……、だけど、まぁ2番にちょこっとだけ入れさせてもらって、あとは、”お前、お母さんって呼んでる? 親のコトなんて呼んでる?” とかっていうのを聞きながら……。1番の “痩せた母の手が” っていうのは、友井のお母さんに会ったことがあって、細いお母さんなんですよ〜。そういうお母さんが一生懸命作ってる手料理の話しとか、なんかそういう何となくキッカケはメンバーからもらったりしながら、まぁ綴ったっていう感じの詞なんですけど……。」

 クレジットでは、「作詞:純烈」となっているが、実際は、そのほとんどを酒井が書いている。でも、そういう経緯や、「夢は紅白!親孝行!」のキャッチフレーズもあって、クレジットは自分の個人名ではなく「純烈」としたのだろう。酒井らしい。
 その『言葉足らずのメロディ』は、「NHKのど自慢」などでもずっと歌われ続けている名バラード『ありがとう…感謝』を作曲した大谷明裕によるもので、耳に残るメロディが美しい。

酒井:「あれは、もう明裕さんの曲が先にあったの。で、エンディングで歌えるような “いい曲シリーズでお願いします” っつたら、もうあのメロディがドーンと来たのね。それで、明裕さんが、矢野立美さんに編曲をお願いしてるんですけど、いつもなら、矢野さんに投げた時に、”オッケ〜” ってすぐやるのに、この時には電話がかかって来て、”おい! この歌詞、誰が書いた?” って話になったらしんですよ。で、そのレコーディングの時に、”お前、絶対に詞を書き続けなくちゃダメだよ” って言われて、そっから、”あ〜 じゃあ頑張んなきゃいけないな” って思ったっていうか……。でも、僕、ステージで普段は “ばばぁ〜” とか言ってるんで、歌ってチャラにしようみたいな下心があって……(笑)、いい曲で誤魔化す……(笑)。”リーダーは毒舌なんだけど、いい人なんだな〜” って思わせようとしてるトコロはある……(笑)、毒舌が言いたいがために(笑)。」

 『言葉足らずのメロディ』も『僕に残された時間はどのくらいあるだろう』も、職業作詞家には書けないような歌詞だ。素直でストレートで、言葉を綺麗に変換しすぎてない。だから伝わるのだと思う。

酒井:「作詞家の先生みたいに、ああいう上手いコト言えないんですよね……。だから、ホントはハマってない音でも、もぉ行っちゃおうって感じで書いてますけど。」

 バランスのいい 3曲が揃った今回のシングルも売れそうだ。

後上

5 誰も歌手になるとは思っていなかった 〜「いやいや… 紅白出たけどちゃうねん…」〜

 純烈のリードボーカルでグループの顔でもある、もと朝日山部屋所属の力士で、戦隊ヒーロー『忍風戦隊ハリケンジャー』役を演じた白川裕二郎。同じく、もうひとりのグループの顔とも言える、もと『仮面ライダー龍騎』役だった小田井涼平(当時の芸名は涼平)。難関校の東京理科大学を中退してまで純烈に加入することを選んだ「純烈のラッキーチャーム」的な存在、芸能活動未経験で最年少の後上翔太。そして、『逆転あばれはっちゃく』で子役デビューし、戦隊ヒーロー『百獣戦隊ガオレンジャー』でもあった、リーダーの酒井一圭。
 つまり、現在のメンバー4人のうち、3人は戦隊ヒーローものを経験した俳優で、ひとりはもと大学生。誰一人として歌手になろうと思っていなかった。なのに、紅白まで、それも一度ではなく3回連続出場している。

酒井:「たしかに、歌手になろうとは、誰も最初は思っていない(笑)。」

後上:「職業欄に書けないですもんね(笑)。」

酒井:「いまだに、ためらってます。」

後上:「僕は、職業欄は “純烈” って書いてます。」

酒井:「僕は、自由業にマル付けてます。」

白川:「僕も自由業……。」

後上:「マル付けでいいんだったらそれでいいんですけど、”何なんですか?” って突っ込まれたら……、他に無いですよね。」

白川:「歌手って書けない。後ろめたさが、すごいあるんですよね……。」

後上:「歌手じゃないもん。」

酒井:「だから、”歌手じゃないです” って言うと、真面目なファンの人は、”紅白まで出たんですから歌手です!” って言ってくれるんだけど、”いやいや… 紅白出たけどちゃうねん、そういう枠があって……” って。いや、ホントに、三山君とか、福田さんとか見ると、”歌手やな〜” って思いますね……。だから、たしかに不思議ですね。」

 もちろん、プロとして歌っているわけだから、間違いなく歌手ではあるのだけど、でも、メンバーに、自分たちが歌手であるという意識は、あまりない。白川が言うように、どこか後ろめたさを感じてしまうのだろう。それに、「オレたちは、もともと歌手じゃないから……」といったようなことを逆手にとっていたりもする。
 しかし、歌は、ただ単純にうまければ伝わるわけではない。うまい人が歌手になれるわけでもない。誰も「うまい人」の CDを買っているわけではなく、「好きな人」の CDを買っている。もちろん、歌がうまいに越したことはないが、大事なのは、歌の上手いヘタではなく、「好きになってもらえる歌かどうか」ということだ。純烈の歌は、伝わる歌だから売れている。

 純烈は、俳優をやりながら、プロデューサーとして裏方の仕事もしていた酒井が、2007年に映画の撮影中に大怪我をし入院したことがきっかけで生まれた。入院中、夢の中に、内山田洋とクールファイブが何度も出てきたことで、ムード歌謡のコーラスグループを結成することを考え始めた。まるで、神のお告げのような話だ。そこから、酒井による、純烈のプロデュースが始まった。

酒井:「これはですね……、僕、2007年に骨折しtがんですけど、で、そん時はね、芸能界が好き過ぎて、表方だけじゃなくて、裏方もやってたんですよ。キャスティングとかね、タレントの DVD 作ったりとかね。で、そういうのをやってたころ、仲間とメシ食った時に、”ジャニーズとか色んな男性グループあるけど、たとえば、何とかレンジャーとか、何とかライダーとか全部を組合わせて 5〜6チーム作って、また再編集して売ろうよ。ムード歌謡とかさ、昭和の源流で……” っていうような話しをしてたらしいんです。」

酒井:「って言うのも、仮面ライダーとか、スーパー戦隊とかの仲間の人達も、1年でその番組が終わったら、毎年、ひとりか二人は売れますけど、残りの人達って、その後、だいたい舞台に行っちゃう……。今だったら 2.5次元 やったりとか、はたまた引退したりとか……。なんて言うのかな……、みんなが売れるわけじゃないっていう時代で……、まぁ今もそうですけど。まあ、そういう話をしたみたいなんですけど、でも、俺も言ったコトを忘れてるわけ。」

酒井:「そしたら、そこにいた人が、あるプロダクションに、それを喋っちゃったんですよ。で、そのプロダクションがレコード会社に喋ってて、突然、企画書が出てきたんですよ。見たら、『カズ酒井と東京ダンディ(仮)』って書かれてて……(笑)。で、俺は、プロデューサーになるつもりだったんだけど、ちょうど、そのころ、古田が監督兼キャッチャーやっててプレーイングマネージャーだったんで、”お願いします……酒井さん!” って言われて……。で、”つきましては、ドラフトみたいに誰かメンバー候補を考えてもらっていいですか?” ってなったんです。」

酒井:「そのプロダクションは、青山テルマちゃん と SoulJa 君で、ちょうど、その時、大成功してたの。着うたギネスとかで、お金があったんですよ。だから、ヒップホップとか、どっちかっていうと Jポップ でやってたプロダクションだったんだけど、白川より 1コ下の若い経営者たちが、なんかピンとくるっていうので、”やりましょう!” ってなってったんです。」

酒井:「そんな感じで話が進んで、それで、メンバー候補をみんなでリストアップしながら、みんなそれぞれプロダクションもバラバラだったし、どういう状況かっていうのをみんな見極めたうえで、”この人とやりたいよな” っていう人たちを、まぁ30名か40名くらいまで考えて、で、こういう候補ですっていう風に出して、どんどん企画が進んでいくっていう流れだったんです。」

酒井:「ほんで、よく言われているみたいに、”デビューはもう決まっている”、”紅白も、もう来年、再来年くらい” って言って、僕が、白川とか、ひとりひとりを口説いていったんです。」

6 白川裕二郎の加入とデビュー前のメンバー 〜「白川を口説くためのワードだったんですよ…」〜

 『忍風戦隊ハリケンジャー』カブトライジャー役で俳優デビューした白川裕二郎は、酒井が2001年に演じた『百獣戦隊ガオレンジャー』の翌年の2002年で、直属の後輩だったため、純烈の話が生まれた2007年よりずっと前から知っていた。

酒井:「そう、知ってた、知ってた。僕がやってた『百獣戦隊ガオレンジャー』が 2001年 で、白川が 2002年の直属の後輩の『忍風戦隊ハリケンジャー』。」

 しかし、それぞれの戦隊ヒーローが一緒になることはないように思うが……?

酒井:「あのね……、あるんですよ。これがですね、スーパー戦隊って、たとえば、ガオレンジャーが終わると、新しい翌年の後輩と、『ガオレンジャー対ハリケンジャー』っていう作品を作るんですよ。だから、白川は知ってたの。」

 その後、白川の『忍風戦隊ハリケンジャー』が終わってからも、白川と酒井が同じ現場で出会うこともあり、ある時、カラオケで白川の歌声を聴いたことがあり、それで、純烈のメンバーに誘った。

酒井:「だからね、ずっと言ってきた純烈のキャッチフレーズ『夢は紅白・親孝行』の、”紅白” は自分のためですけど、”親孝行” の方は、白川を口説くためのワードだったんですよ。だから、白川がいなかったら、親孝行は言ってないですね。俺、親孝行したいとは思ってるけど、あんなキャッチフレーズにするまでではないですよね……。恥ずかしいって言うかね。だけど、白川が、お父さんを早くに亡くしてて、お母さんが大好きで、なんとか喜ばせたいっていう想いを知っていたので、白川を泣きで落とすためのワードが、結果、今の純烈のキャッチフレーズになってるんです。」

白川:「すぐ OK しました。」

酒井:「したんです〜。意外とすぐ OK。で、”お前、ムード歌謡ってわかる?” って言ったら、”えー あんまわかんないんだけど……” って言うから、”クールファイブとか前川清とか、そういうの YouTube で見たらわかるわ〜” って言ったら、”わかった” って言って、そのあと、すぐ OK でしたね。」

白川:「そうそう、YouTube が先生だったからね……、あの時は。」

 白川には、「親孝行」という言葉とともに、「このまま役者を続けるよりも、高いステージに上がれるから、そういう道を進んで、それから自分の夢をつかむのもアリじゃないか?」と言ったことも、決め手のひとつとなったようだ。まさに、酒井のプロデューサーとしての本領発揮の場面だった。

 純烈は、2010年にシングル『涙の銀座線』で、ユニバーサルミュージックからメジャーデビューした。その時は、今のメンバー4人に加え、「BLue-B」というビジュアル系のロックバンドでボーカルを担当していた林田達也と、「関西ジャニーズJr.」にいて、2001年に『仮面ライダーアギト』にも出演した友井雄亮がいて、6人編成だった。この6人が、デビュー時のオリジナルメンバーではあるが、デビュー前は、また違ったメンバーだった。

小田井:「白川君と酒井君の2人は、最初から、ずっとそのまま 純烈 ですけど、ぼくら 2人(小田井、後上)と、辞めた2人(林田、友井)は、最初の純烈のメンバーじゃないんですよ。最初は違うメンバーで純烈だったんですよ。だから、僕ら、そこには入ってないんですよ。それが、色んなコトがあって、ダメになったから、今のメンバーになってて……。だから、もしかしたら、今とはまったく違うメンバーで純烈やってた可能性もあるんですよ。」

酒井:「ある、ある……。」

小田井:「でも、デビュー曲の『涙の銀座線』の源流になる曲はもうそん時すでにあったので、それを、僕らがいない時に、この 2人(酒井、白川)は、そのオリジナルメンバーとボイトレしてるんですよ。僕らも、それは話ししか知らないっす……、その活動見たことないので。だから、元々は、僕ら(小田井、後上)のいない 純烈が そこにあったんですよ。」

酒井:「そやなー。」

小田井:「最初、全部で何人おったの?」

白川:「5人…… 6人、5人? デヒでしょ……」

酒井:「だから、いま言ってんのは、デヒとか……、でも、デヒはボイトレには来てないよ。」

白川:「えっ、そだったけ?」

酒井:「うん、竜ちゃんも来てない。」

白川:「あ、竜ちゃん来てないね。」

酒井:「だから、プロレスラーでホストやった美月凛音と……」

白川:「あと、金田くんでしょ。」

酒井:「そう、金田 直。そんなモンちゃうかな……。」

小田井:「あ〜そ〜?」

酒井:「ボイトレ来てないで、直接、会って口説いたっていうのは、えーと……、その『救急戦隊ゴーゴーファイブ』のレッドやった子(西岡竜一朗)とか、『未来戦隊タイムレンジャー』のイエローやった子(和泉宗兵)とかいるんですけど、俺の頭の中では、どっちかって言うと、後上の方はあとやけど、小田井さんは、もうオリジナル純烈っていうイメージ。」

小田井:「あ〜 頭の中でな……。まだ、声掛けられてへんけどってことやな。」

酒井:「え〜っと……、声かけた時も、金田の方があとやったりするよ。小田井さんの方が先。」

小田井:「あ〜そう。じゃぁ、もう完全にニアミスで俺が会ってないだけ?」

酒井:「そう そう そう。俺の順番で言うと、白川と竜ちゃんがいて……」

小田井:「それは聞いた。」

酒井:「うん。その二人は歌重視っていう感じ。」

 デビュー前の純烈には、ほかにも戦隊ヒーロー出身者やユニークなメンバーがいた。デヒは、『未来戦隊タイムレンジャー』のタイムイエロー役を演じた 和泉 宗兵(旧芸名は小泉朋英)。竜ちゃんは、『救急戦隊ゴーゴーファイブ』でゴーレッド役を務めた西岡 竜一朗。美月凛音(みずき りおん)は、ホストクラブでナンバーワンホストにもなったプロレスラー。金田 直(かねだ なお)は、1998年に「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを獲得した俳優。

酒井:「それから、プロダクションとレコード会社の意向で、背高い人集めてくれってなって、この竜ちゃんは、今もう、ハーレーのバイク屋さんで大成功してる人で、”俺 バイク屋さんなる” つって竜ちゃんと別れる前に、もう小田井さんとか、美月凛音、金田がいたかな……。そん時、俺のイメージの中に、雄亮(友井雄亮)はいたんやけど、やっぱり、ジャニーズやからって、なかなか声掛けられへんっていうので、まだ誰にも告げてなかった……、コイツ(白川)も、雄亮(友井雄亮)と仲良かったけど。」

小田井:「まぁそやな。だって、俺、酒井くんが友井くんに電話した時、横におったから、それは覚えてんねん。」

酒井:「だから、友井は最後の切り札っていう感じね。で、その前に、白馬の王子様と黒いホストが来て……」

小田井:「そやな。ここは、もう完全に俺の入った時のあとやったから覚えてる。」

酒井:「で、デビューした時のメンバーの6人で言うとね、順番的にはね、結果、1番最後に友井が入るんですけど……、ま、そういう感じかな。」

小田井:「だから、意外と全員残ってたら、純烈は大所帯だったかも……」

後上:「”なんとか TRIBE” みたいに……」

酒井:「全員残られたら困る……、やっぱ取り分減るからな。」

7 パリコレのような小田井涼平と、ラッキーチャーム的な後上翔太の加入 〜「僕、最初は断ってます…」〜

 小田井が話すように、デビュー前の純烈には、酒井、白川のほかに何人かのメンバーがいたが、酒井は、小田井がどうしても欲しかった。会ったこともなく、テレビで見ているだけの頃から小田井に注目していた。

酒井:「2001年に、僕が『百獣戦隊ガオレンジャー』やってて、小田井さんは、2002年の『仮面ライダー龍騎』。ほんで、自分がガオレンジャー終わって、裏方とかやりながら表もやってる時に、涼平さんは、仮面ライダーでバーンと人気出てて……。で、東映でね、佐藤江梨子ちゃんが主人公で『プレイガール』(2003年)をリメイクするってなった時に、佐藤江梨子ちゃんの幼馴染っていうか、恋人っていうかなんかそういうので自分が選ばれたんですよ。で、プロデューサーに、”友達役は誰がいい?” って聞かれたんです。そん時、俺、会ったコトもないんだけど、小田井さんに注目してたから、”小田井さんとやってみたいんだよね” って言ったんですよ。」

酒井:「それで、小田井さんを呼んで、一緒にメシ食うってことになって、そん時、初めて会ったんです。そしたら、気さくな、関西のバリバリのお兄ちゃんだったんですよ。”あっ、な〜んだ、いい人じゃん” って思って……。だってね、写真で見たらめっちゃクールやから、どんな人かなと思ったら “一緒やん” みたいな。で、その『プレイガール』で、一回ご一緒させてもらって、それ以降は、ずっと離れてたんですけど、小田井さんの活躍をずっと見てて、で、純烈をやるにあたって、やっぱりユーモアも欲しいし、小田井さんて、実はすげー喋れるし、竹野内豊みたいな感じでカッコイイお芝居ができるし……、とにかくカッコイイ人なんで、純烈やるにあたってステージだし、オバちゃん相手やから、絶対あの人いくし……、って思って。」

酒井:「それに、小田井さんがいてくれると、品質が上がるじゃないですか。やっぱ、後上みたいな、ギャル男みたいな……、歌舞伎町のなんかホストみたいな……、もう 生ゴミみたいな……」

後上:「そんなに重ねなくってもいいんですよ、そこは! 同じ地球人だからね……。」

酒井:「だから、パリコレクションみたいな人がいてくれると中和するので、小田井さんにオファーしてみたら、小田井さんも、最初は “どうしようかな〜”” って感じだったけど、最終的には、純烈に傾いてきてくれたっていう感じで……。」

 もともといたメンバーがやめたから、その補充としてではなく、最初から、ずっと欲しいと思っていたのだ。

酒井:「そうそう。絶対に小田井さんが欲しかった。メンツ的にね、”これやべーな” っていう感じはあったんで……。なんか華が欲しいっていうか、”このメンツじゃ足りない” って思ってたんで、絶対に小田井さんが必要だったんです。」

酒井:「でね、白川は、280円のドリンクバーで口説いたんですけど、小田井さんを口説いた時には、銀座アスターっていうね……(笑)。で、白川は、俺が直で……やけど、小田井さんは、『プレイガール』から 5年以上経ってて、あまりにも久しぶりやから、なんか怪しいネットワークビジネスの誘いとか思われたくないから、共通で知ってるレコード会社に話をしたオジさんを一旦かまして、で、コンタクトを取ったっていう……。」

小田井:「僕、最初は断ってます。断ってるって言うか、謎のコトが多すぎて……、語りつくせないくらいのいっぱい事件が起こって……。」

 小田井は、『仮面ライダー龍騎』の仮面ライダーゾルダ役で俳優デビューしていて、ある意味、エリートとも言える。そんなエリート俳優に、「ムード歌謡のグループで紅白を目指そう」と言っても、全くピンとこないだろう。なぜ、小田井は、加入を決めたのだろうか?

小田井:「そうですね……。あの……、今はもう無くなった新宿コマ劇場のところに、ロッテリアかなんかがあったんですけど、ミュージックビデオか何か撮るって話で、白川くんと酒井君と僕とスタッフさんと集まったコトがあったんですよ。まぁ、その時、僕はまだ 正式に OK してなかったんですけど……。で、そん時に、コマ劇に北島三郎さんの公演のポスター、あの龍に乗ってるやつが貼ってあって、そのポスター見た時に、純烈っていわゆるムード歌謡だから、ジャンルで言うと演歌歌謡になるので、同じジャンルじゃないですか。こういう人達って、こういうお芝居をやって歌を歌うみたいなコンサートが出来る人達なんだって思った時に、”あ、だったら、自分も需要あるかな” と思ったんですね。単純に、それが決めてだったんですよ……。で、その時に、なんか色々話しして、まぁ、いついつに PV 撮るとかなんかそういう具体的な話しをそこでしたんですけど……。それで、あとから、正式にOKを出して決めた感じですね。」

 結局、この時点でも、小田井はよくわからなかったと思うが、プロデューサー・酒井の熱意と一生懸命さが伝わったのだろう。最終的に、人は、大抵、理屈ではなく感情で物事を決めているものだ。
 一方、戦隊ヒーローでもなく、芸能経験も一切なく、全くの素人で、単なる大学生だった 後上翔太 は、難関校の東京理科大をやめて、純烈に加入するという思い切った決断している。

酒井:「あのね……、プロダクションの社長の方は、”白川をリードボーカルにしたいんだけど、釣り好きで、ずっと日焼けしてて、年がら年中、色が黒いのよ……。これは、やめろって言っても無理だから、それを中和させるためにも白馬の王子様を一人呼んで” ってことになったんです。それで、プロダクションの専務の方に、”俺は芸歴長いけど、これは新しいチャレンジになるから、芸歴0年で、やっぱ運のいい人を紹介してほしい” って言ったんです。そしたら、専務の方から、”僕の後輩でギャル男なんだけど、車に轢かれたけど死ななかった奴がいて、そいつはヤレっつたらなんでもやる。真っ裸で歌舞伎町を走れって言っても、ちゃんと突っ走りますよ” って言うんで、”じゃぁ、そいつ連れてきてくれ” って言って、で、それがコイツ(後上)だった。」

後上:「工学部の経営工学科ってトコに行ってたんですけど、えっと…… 4年目だったんですよ、誘われた時が。でも、3年生で、持ってる単位数は 2年生くらいで……。だから、もうあと 2年か3年くらい行かないと卒業がキツイぞっていう状況だったんです。そん時、さっき話で出てた事務所の専務から誘われたんですよ。そのころは、僕、ギャル男みたいな感じで、渋谷とかで “うぇ〜” とか言って遊んでたんですけど、ギャル男の大先輩が、その専務だったんで、その上下関係なんかもありつつ……。」

後上:「でもね……、なんかさっきからリーダーのが言ってることを聞いてて思いだしたのが、リーダーが誘う時って、”来てくれ、頼む!” じゃないんですよ。それは僕に対しても、他の人にも多分そうじゃなかったかと思うんですけど。で、こちらも” 是非やらせて下さい、これが夢だったんです!” っていうコトではないところから始まってることが、なんか、ずっと頑張れた理由のひとつだったんじゃないのかなって、今、すごい思って……。だって、もしも、幼い頃からの夢がコレだったとしたら、”もうデビューが決まってて、紅白も見えてる” って言われてるわけじゃないですか。でも、実際は、紅白どころか、デビューも決まってない現実を突きつけられたら、心折れそうになると思うんです……。でも、ハナからそういう熱量でもないところから始まってるから、”ま、そういうもんなのかな……” っていう、ふわっとした感じでいられたのはあるのかもしんないなと思って……。」

 酒井は後上に、純烈に加入する条件として、通っていた名門大学をやめることを求めた。そして、後上が話すように、自分で決断することを迫った。

後上:「いやー、だから……、でも、あと2〜3年、1番最短でプラス2年くらい行かないといけなかったし、理系だから大学院に行くコト考えたらあと 4年……。どー〜すればいいんだろうな〜、遊びすぎたな〜みたいな感覚の中で、もらった話しではあったんで……。でも、実は、ムード歌謡って言われたことが、”あっ、じゃぁ!” って思った理由のひとつなんですよ。知ってる音楽だとムリムリってなるんですけど、ムード歌謡って全く縁がないし、どんな曲なのかも一切知らなかったから良かったんですよ。だって、当時、流行ってて、カラオケで歌うとかなったら、やっぱ、EXILE さんとか、ああゆう感じだったんで、もし、アレをやりますよって言われたら、”いや、ムリムリムリ” みたいな……、”そんな出来る訳わけがないっすよ” ってなるんすけど、でも、ムード歌謡ってわかんなかったから……。」

後上:「分かんないから、当時は、まだスマホじゃないから、漫喫に行ってパソコンで調べたんすよ……、ウィキペディアでムード歌謡を。そしたら、”ムード歌謡歌手一覧” の一番下に、2人いらっしゃったのが、ムーディー勝山さんと、鼠先輩さんだったんですよ。”♪ちゃら ちゃっ ちゃっ ちゃらっちゃー” と “♪ぽっぽぽ ぽっぽぽ〜” 、ああコレなんだなと思って……。これをやらせるから、こんな素人に声が掛かっのかもな……、みたいな感じのトコロで、”じゃぁやってみよう” って思った理由のひとつかもしんないですね。だから、もし、ムード歌謡じゃくて、カッコいいホントに “4つ打ち”とか、バリバリのヒップホップとか、ロックとかだったら、”いや、そんなの、やったコトもないのに出来る訳ないですよ” って思ったっすね。」

酒井:「でもね……、最初、後上が入る時は、このお二方(小田井、白川)が難色を示すというね……。この二人って俳優さんやってるじゃないですか、ファンいるじゃないですか。ファンからしたら、100%小田井さんを見たい、100%白川を見たいわけで、グループなんて組んだら、ましてや 6人組なんていったら、それが 6分の1 になるでしょ。60分をみんなで均等で割ったら10分づつしか見られへんの。”えー加減にせーよ、酒井。何に誘ってくれんねん!” みたいになって。だから、最初はホンマに、コアファンしか付いてこなかったんですよ……。もう、だから、純烈に入ったことで、ほとんどファン捨ててるようなもんですよ、白川と小田井さんからしたら。」

酒井:「にもかかわらず、わけわからんヤツ(後上)が入ってきて、給料も一緒って……。”酒井君、マジであんなん大丈夫? 絶対、やらかすやん” って言うので、後上には、”お兄さんたちがそう思う気持ち分かるでしょ?” と……。”はい、分かります” って言うから、”じゃぁ靴磨きとか、荷物持ったりとか、とにかく頑張るっていうのを見せて信頼を勝ち取れば、お兄さんたちもいい人やから、わかってくれるわ” って言って……。それで、後上も、まぁホンマにコツコツ頑張ったから、もう今は、二人は、まぁ……時々しか文句言えへんけども(笑)。」

白川:「時々とかも、言ってないでしょ、ホントに……。亀裂を生むようなコト言わないでくださいよ〜。」

 人が集まれば、問題も起きるのが常だ。酒井は、そういう調整能力にも長けている。

酒井:「いやいや、調整能力っていうか、ただ俺が必死なだけで……。足折って、子供ももいっぱいいて、とにかくみんなに辞められたら、もう会社が潰れるのと一緒ですからね。まぁ……、みんな、それに付き合ってくれたっていうかね……。だから、基本的には優しい人に付け込んだよねっていうトコですよ……、ホントに。」

 こうして、白川とともに、純烈のもう一人の顔となるパリコレのような小田井涼平と、純烈のラッキーチャーム的な存在、後上翔太が加入した。

8 メジャーデビュー、移籍、前川清… 〜「グループ名は『純情烈将伝』ね…」〜

 メンバー集めとともに、レコード会社を探すが、なかなか決まらない。酒井のアイディが企画書になってからデビューするまでは時間がかかった。

酒井:「それで、船出したんですけど、なかなかやっぱレコード会社が決まらずで、2年半くらい経って……。で、結局、もう力技ですよね。レコード会社も決まっていないうちに、『涙の銀座線』のPVを撮ったんです。当時は、まだドローンが無かったんで、今の築地市場のところでヘリコプター飛ばして……。それを、ユニバーサルに無理くり見せて、ようやくデビューが決まったっていう感じですね。あの……、要は、SoulJa君とテルマちゃんの売り上げで決めてもらったってことで、もう、ホント、SoulJa君とテルマちゃんのおかげですね……、そうそうそう。」

 レコード会社が決まるまでの間は、ボイストレーニングに通っていた。

酒井:「うん。その間、ずーっと、三軒茶屋のオバちゃんのところでボイトレやってて……。で、なんか、怪しいオバちゃんだったんですけど、なんか僕とウマが合ってたんすよ。でも、”♪カエルのうたが〜” とか、もう幼稚園児みたいなのを、ず〜っとやってたんです……。そうしたら、もう白川とか、”マジかよ!” みたいな感じで、”いい加減にしてくれよ!” とか言い出して……。」

白川:「なりますよね!」

酒井:「で、その人が、デビュー曲の『涙の銀座線』も作曲した琴姫さんだったんです。で、琴姫さんが、”デビューおめでとうございます、頑張ってね” って時に、”実は、私のダンナなんですけど、水木れいじなんです……” って言うから、調べてみたら、天童よしみさんや氷川きよしさんの作詞を手がけてる巨匠だったんですよ。”琴姫さん、それを早く言ってよ〜” って……(笑)。でも、琴姫さんは、”水木の名前を出すと、芸能界のしがらみだらけで、純烈さんの自由度が奪われるかもしれないから……” って言ってくれて、そこまで気遣ってくれるんだったらっていうので、2枚目からは、逆にどっぷりいこうつって、作詞を水木れいじさんにお願いに行って、2枚目のシングル『キサス・キサス東京』の時には詞を書いてもらたんです。」

 こうして、酒井一圭、白川裕二郎、小田井涼平、後上翔太、友井雄亮、林田達也の 6人で、2010年『涙の銀座線』で「純烈」としてデビューした。

酒井:「グループ名はね、俺、『純情』を使いたいって言ったんです。そしたら、プロダクションの社長たちは戦国武将が好きな人たちで、『烈将伝』て書いてある本がプロサクションにあったんですよ。それを見て、”じゃぁ 僕ら『烈将伝』っての使いたいです” って言ったら、”じゃあ、グループ名は『純情烈将伝』ね” ってなったんですけど、デビューの時に長いってコトで、結局、『純』と『烈』が残って『純烈』になったんです。」

 2010年に、ユニバーサルミュージックから、シングル『涙の銀座線』(作詞:鹿島潤、作曲:琴姫、編曲:渡部大介)でメジャーデビューし、翌2011年には、セカンドシングル『キサス・キサス東京』(作詞:水木れいじ、作曲:杉本眞人、編曲:矢野立美)がリリースされた。
 しかし、全く売れないまま、2012年にユニバーサルミュージックとの契約は切れてしまった。そこで、再び、レコード会社を探すことになり、運良く、現在の所属レコード会社である日本クラウンに移籍することができた。

酒井:「契約が切れてから、半年くらいじゃないですかね……。クラウンも、水木れいじさんも協力してくれて、プロダクションがうまく決めてくれたんですよね……。」

 わずか半年で次のレコード会社が決まったということも幸運だ。現在のレコード会社、日本クラウンに来て、すぐに売れたわけではなかったが、少しずつ風向きが変わってきた。2013年1月に、移籍第1弾、通算3枚目となるシングル『恋は青いバラ』(作詞:水木れいじ、作曲:中川博之、編曲:伊戸のりお)をリリースした。

酒井:「クラウンに来て、作曲家の中川博之さんと出会い、『恋は青いバラ』になるんですけど、その瞬間、レコード店とかが、純烈のCDを仕入れてくれるようになって、置いてくれるようになったんですよね。”作曲が中川先生だったら” っていうところに僕ら乗せてもらった感じで……。」

 翌2014年には、『恋は青いバラ』と同じ、水木れいじと中川博之のコンビによる通算3枚目となるシングル『スターライト札幌』(作詞:水木れいじ、作曲:中川博之、編曲:前田俊明)がリリース。
 このころは、まだナイトクラブでの営業が中心だったが、リーダー酒井が、純烈結成を思いつくきっかけとなった夢に出てきた前川清の目に留まった。大阪の新歌舞伎座で座長公演をしていた前川清が、「ムード歌謡を引き継いでいるヤツらがいる」と舞台で紹介してくれた。
 そして、翌2015年には、『星降る夜のサンバ』(作詞:水木れいじ、作曲:大谷明裕、編曲:矢野立美)、『今夜はドラマチック』(作詞:渡辺なつみ、作曲:大谷明裕、編曲:矢野立美)と 2枚のシングルをリリース。

酒井:「4枚目の『スターライト札幌』のあとに、中川さん(作曲家:中川博之)が亡くなって、3部作行けないところに、今度、明裕さん(作曲家:大谷明裕)が来てくれて『星降る夜のサンバ』『今夜はドラマチック』って出したんです。で、今度は、明裕さんで3部作やろうと思ったら、中川さんが “純烈のために残してた” っていう遺作が出てきて、それが『幸福あそび』なんです。」

9 スーパー銭湯アイドルとして快進撃! 〜「やらないと自分たちの担保がない…」〜

 この頃、純烈の運命を大きく変える出会いがあった。ナイトクラブの営業で歌っていた純烈を、たまたま客として来ていたテリー伊藤の目にとまったのだ。テリー伊藤は、「面白い奴らがいる!」と自身が出演するテレビやラジオに純烈を呼んでくれた。それを、たまたま見ていたスーパー銭湯や健康センターのイベントをブッキングする会社から、「スーパー銭湯でライブをやってみないか?」と声がかかった。
 『湯乃泉』の3店舗『相模 健康センター』『東名厚木 健康センター』『草加 健康センター』の大広間で、定期的にライブを重ねるうちに徐々に人気となり、「スーパー銭湯アイドル」として、ワイドショーや情報番組でも盛んに取り上げられた。

 そこから、純烈の快進撃が始まった。

 『NHK歌謡コンサート』や『新・BS日本のうた』などといった音楽番組にも初出演し、2016年にリリースされた通算7枚目のシングル『幸福あそび』(作詞:高畠じゅん子、作曲:中川博之、編曲:前田俊明)は、オリコン演歌歌謡曲ウィークリーチャートで初の1位を獲得。秋には浅草公会堂での単独ライブを行い、同日、ファーストアルバム『純烈ベスト』をリリース。年間のステージ数も200ステージを超えたが、この年いっぱいで、林田達也が体調不良の両親をサポートするためグループを卒業(介護離職)し、純烈は5人になった。

酒井:「明裕さん(作曲家:大谷明裕)の3部作が途切れちゃって、次は、徳さん(作曲家:徳久広司)のとこに行って『愛でしばりたい』を作ってもらったんです。

 続く、通算8枚目となる2017年のシングル『愛でしばりたい』(作詞:喜多條忠、作曲:徳久広司、編曲:伊戸のりお)は、オリコン演歌歌謡曲ウィークリーチャートだけでなく、オリコンデイリーの J-POP なども含めた CD シングル 総合チャートでも 1位を獲得するヒットとなった。

酒井:「そっから、”いよいよ 紅白に出られるか、出られないか?” っていう時に、クラウンの部長さんが 幸さん(作曲家:幸耕平)を紹介してくれたんですよ。それで、幸さんも “いけそうなだな…… やってみるか〜” って言ってくれて(笑)。それで、出来上がったのが『プロポーズ』なんです。」

 2018年2月発売の通算9枚目となるシングル『プロポーズ』(作詞:幸耕平、作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄)から、幸 耕平が 作詞・作曲を担当することになった。
 編曲も、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』や『赤いハイヒール』、梓みちよ『メランコリー』、『プレイバックPart2』『横須賀ストーリー』『イミテイション・ゴールド』『さよならの向う側』など山口百恵の多くの曲や、布施明『シクラメンのかほり』、中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』や『少女A』、中島みゆき『ひとり上手』、髙橋真梨子『あなたの空を翔びたい』、桑江知子『私のハートはストップモーション』、郷ひろみ『マイレディー』……などなど、ヒット曲を数多く担当している巨匠の萩田光雄が担当した。

 『プロポーズ』も、オリコン演歌・歌謡曲ウィークリーチャートで、3作品連続で初登場1位を獲得し、「第60回 日本レコード大賞 日本作曲家協会選奨」を受賞。9月には、中野サンプラザ単独公演を開催し、そしてついに、12月31日には、『第69回 NHK 紅白歌合戦』に『プロポーズ』で初出場。

 紅白初出場を、日本クラウンの宣伝担当者の新宮氏から伝えられた時、メンバーは泣いた。メジャーデビューから8年、結成から約10年、半信半疑で続けてきたメンバーもいたかもしれない。活動当初からのキャッチフレーズのひとつで目標でもあった「紅白出場」が叶った瞬間だった。メンバーを口説いて集め、全く売れないころもメンバーを鼓舞し続けてきた酒井の喜びは、それはもうひとしおだっただろう。
 そして、紅白を終えたその足で、ホームグラウンドとも言える 草加、厚木、相模原の『湯乃泉』3ヶ所の健康センターを回り、深夜の凱旋ライブを行った。

 そして、この頃から、紅白初出場を果たしたあと、リードボーカルの白川の歌が明らかに変わった。オリジナル曲を歌う時もそうだが、とくに、カバー曲を音楽番組などで歌う時に、それを顕著に感じた。余計なチカラが抜けた感じで安定感が増すとともに、声の響きがやわらかくなり、もともと持っている歌声の魅力がより発揮されてきた感じがした。

白川:「あ〜、そうですかね……? 何かが取れたのかな……。」

 紅白初出場から年が明けてすぐ、2019年1月に友井雄亮が脱退し、純烈は現在の4人になった。良い別れ方ではなかったため、その影響が心配されたが、それをものともせず、逆に、エネルギーに変えたかのような活動し、この年、2019年も『純烈のハッピーバースデー』(作詞:幸耕平、作曲:幸耕平、編曲:幸耕平、相川等、加藤JOE)で、『第70
回 NHK 紅白歌合戦』に連続出場を果たす。前年同様、紅白が終わったその足で『お台場大江戸温泉物語』に向かい、深夜の凱旋ライブを行った。
 そして、昨年、2020年は『愛をください 〜Don’t you cry〜』(作詞:幸耕平、作曲:幸耕平、編曲:萩田光雄)と、いずれも 幸耕平の楽曲で『NHK 紅白歌合戦』に 3年連続出場中だ。

 そもそも、最初に純烈を結成した時に、酒井は、どういうグループをイメージしていたのだろうか?

酒井:「えっとですね……、こういう歌謡曲を歌うイメージは無かったです。もっとムード歌謡を継承するイメージ。で、こういう明るくポップな感じの方向よりは、クールファイブとか、ロスプリとか、そういう風に行きたかったですけど……。でも、まだデビュー前のころに、6人でボイトレとかしてた時に思ったのは、なんかドリフ的で、なんかクレイジーキャッツ的で、なんか SMAP 的でとか、なんかユーモアがあって真面目過ぎないっていうところから持って行きたいってことですね。」

酒井:「あと思うのが、まぁ、みんなユーモアがあって、楽しいコトが好きだったっていう人達を、そもそも集めちゃってたっていうか……。だから、最初は、振り付けも合わせる、歌も合わせる、色んなコトを合わせてキレイに見せるっていう方向で、結成して最初の1〜2年くらいはやってたのかな……。デビューの『涙の銀座線』の時も、最初はキレイにやってみようっていうことだったんですけど……、でも、”やっぱり個性だね” っていうところから、『キサス・キサス東京』のジャケットみたいに色んな服着てみたり、そんで、1回クビ切られて、クラウンに拾ってもらったときには、もう嫌われようが、何しようが、自分たちの思ってるコトをやらなくちゃ悔いが残るっていうので、みんなにも “言いたいコト言っていいよ” とか、”やりたいようにやろうよ” っていう……、そういう感じになっていったったんですよね……。」

酒井:「最初の俺のイメージは、もっと音楽したかった。音楽だけしたかった。本当のムード歌謡のグループになってみたかったんだよね。それで、その振り幅として、逆にある時に、ドカーンとひっくり返すっていうイメージだったですけど……、まあ……、全てはスーパー銭湯のせいだね(笑)。」

 どんなに売れても、どんなに有名になっても、純烈の活動の基本は、スーパー銭湯でのライブだ。しかし、去年、2020年は、新型コロナの影響で、ほんとんど出来ていない。

白川:「去年やってないもんね。」

酒井:「そうなのよ〜。」

後上:「1月いっぱいくらいまでやっですね。で、丸1年くらいだと思います、ちょうど。

白川:「あと、2月に大江戸だけだよね、やったの。そうだよね……、厚木とかやってないもんね。」

酒井:「そう そう そう、やらないと自分たちの担保がないっていうか……。でも、大江戸温泉さんは、今、自粛期間に入ってて……、えーっと、厚木と草加と相模で言うと、相模が、お店をもう今年の1月10日で閉じたんですよ……。で、えーっと、東名厚木と草加は残ってるんですけど、でも、お風呂は開けてるけど、大広間はもう今出来ないみたいなそういう状況で……。だから、また出来る様になるのを僕らも待っている……。」

 紅白には 3年連続出場中で、テレビやラジオ、CM などでも引っ張りだこになっている純烈が、スーパー銭湯の大広間でライブをやったら、コロナは別として、タイヘンなことになるのではないかと心配になる。

酒井:「いや、もう大変なんですけど……、でも、やっぱり、それが面白いんですよね。それにね、やっぱり、僕らテレビ出てるけど、劇場で漫才やってるっていう芸人さん達と一緒で、僕らにとっての劇場がスーパー銭湯なので、そこでやっとかないと、それこそテレビの音楽番組とかで戦えないですよ。俺らは、スーパー銭湯で鍛えてもらって、テレビに行くみたいな……。そういう意識っていうのはすごくありますよね。とにかく、鍛えられるのよね……。だから、あそこが僕らにとってはジムです……、はい、もう虎の穴みたいな所で……、はい。」

 純烈にとってのスーパー銭湯は、活動のベースであり、自分たちをチューニングできる場所であり、安心できる実家のようでもあるのだろう。「やらないと自分たちの担保がない」と言った、酒井の言葉が印象的だ。

10 純烈は、打ち上げがない 〜「純烈では飲まない…」〜

 純烈は、マネージャーも人気者だ。純烈のメンバーは、みんな背が高いが、実は、マネージャーの山本浩光氏が、最も背が高く194cm もある。2017年のシングル『愛でしばりたい』のミュージックビデオの最後に、隣人のおかまちゃん役で登場していたり、純烈のステージにも登場する、ファンにもよく知られる名物マネージャーだ。この人、高校時代は山口県の宇部商業の野球部で、3年の夏には、4番ファーストで甲子園にも出場している。
 実は、日本クラウンの純烈を担当する新宮崇志氏も、高校時代は茨城県の常総学院野球部で主将を務め、2年の春に甲子園に行っているから、二人はウマが合うのではないだろうか……。
 いずれにしろ、純烈の活躍には、この二人の力が決して小さいものではないことは、言わずもがなだ。
 この二人を含め、純烈のメンバーやスタッフは、仕事の時以外は自由だ。

酒井:「俺ら、打ち上げない。飲みもないな。けど、メシはある。」

 これも、よくメンバーがテレビなどで話しているが、マネージャーの山本氏が食材を仕入れてきたり、地方でオススメの飲食店の情報を入手し、メンバーを誘うことはある。

酒井:「そう そう そう、もうそれだけ。だから、”うぇ〜ぃ 乾杯〜” みたいに酒飲むっていうのはない。純烈では飲まない。」

後上:「全員集合を基本とした、純烈だけの集まりっていうのはないですね。”行きたい人〜!” って言って、”今日はパスです” みたいな、なんか自由な……。」

酒井:「唯一、オフでメンバーを呼び出したのは、事務所を移籍する時で、”辞めるんやったらココ。行く? 行かない?” っていう時に緊急招集したのが、6人の時に1回だけで、プライベートは、基本バラバラ。だから、山本さんがマネージャーじゃなかったら、基本バラ飯です、僕ら。だけど、山本さんが、”いい店あるっちゃけど、行く? 行く人はロビーで15分後” みたいな感じで、みんなゾロゾロ降りてきて行くみたいな……。それに、メシ食い終わって、そのあと、じゃぁみんなパチンコ行くよっていう時に、白川はギャンブルやらないから、スーッと部屋帰るし……。」

小田井:「でも、あんまりヘビーなものの時は、白川君は来なかったりする。」

白川:「あー、そうっすね。」

酒井:「あと、ラーメンが続きまくった時に、後上がちょっと節制するとか。」

白川:「あ、そうそうそう。高カロリーな物が多いんで。」

酒井:「だから、みんなちゃんとメシ付き合えば、みんな俺みたいになれるのに(笑)。あこがれの俺みたいになれるのに(笑)。」

後上:「ならないよ〜」

小田井:「ラーメン食ったあとに、もっかいラーメン食いに行くとかあるんですよ。」

後上:「あちらの方(マネージャー山本氏)が、”いや、次いつ来れるか分からないから、後悔だけはしちゃいかんちゃ” とかいう、わけかんないロジックのもとに……。」

小田井:「山本さん、めちゃくちゃ面白いですよ。ラーメン屋行って、麺だけ抜いて汁だけ頼むんですよ。スープだけ飲みたいって……。」

11 解散まで考えたコロナ禍 〜「こいつらと心中したろっと思って…」〜

 リーダーの酒井は、昨年、2020年の春、純烈を解散することまで考えた。たしかに、新型コロナウィルスによる影響で、エンタメ業界は完全に活動を停止したと言っていいほどの打撃を被った。ネット配信やリモートなど、新しい手法も出てきたが、あの玉置浩二も「もう音楽をやめてもいいかな……」と思ったそうだ。そこには、われわれ一般人には計り知れないような苦悩がある。

酒井:「あのね……、そのコロナになった時に……、俺、ネットが好きやからね、1月の段階でコロナが世の中に出てきてるぞっていうのは、何となくキャッチしてて、そんで、こんなもんが日本に入ってきたらエグイやんとか思ってたんですよ……。そしたら、あの、クルーズ船の話しになったでしょ。もう、あの時は、”これ アウト” って言うか、それこそホンマ映画の世界ですよね。なんかわかんないけど、”えらいこっちゃやろコレ” ってなったわけよ。」

酒井:「で、自分たちも、客席に行く行かないかみたいなこととか、どうしようかなって思ってる時に、ワイドショーがコロナをわーっとやるようになって、それで、世の中の人もみんな認知する……。そうなると、やっぱり “ちょっとラウンド出来へんわ〜” とか、”今日は写真撮影なし” とかってなる……。ほんで、緊急事態宣言になった時に、”これ、もう出来へんやん、1年間” て思ったんですよ。”収支、どうすんねん” ってなるじゃないですか……。」

酒井:「まだ、持続化給付金とかそんな話の前で、そん時に、もう1回、純烈というものを、この人達を食わすために、新しい業態と言うか、新しい次の時代のビジネスを考えて、それをもう1回みんなでやろうと考えたんです。でも、いきなり “マイク置け、歌じゃない、もう全然違う時代になってしまったわ” って言っても、ついてこられへんやろと……。”また言うとんのか、酒井は。頭狂ってんちゃうか” ってなるし、もう1回メンバーを説得して、”もう1回 付いてくる?”って言われても、メンバーも精神的にキツイよなって……。それやったら、もう、一旦 別れて、俺、また新しく誰かと出会って、全く違うコトやった方が、ええストーリーってのもあるよねとかって、奥さんとかに話してたんですよ……。」

酒井:「ファンとかは、純烈は残してくれとか言うけど、”そんなコト言ったって、収入なくなってどうやってみんな生きて行くの?” ってコトやしね……。だから、どうすればええかなってのを、一応、”辞める、続ける” を、ありとあらゆるレベルで考えたわけです。計算するっていうか……。」

酒井:「で、その時に、たまたま、NHK の『クローズアップ現代』が、エンターテインメントの危機みたいなテーマで、ちょっと酒井さんインタビューいいですかって話になって、記者の人が来た時に、”どうお考えですか?” って聞くから、”今は、純烈を解散して全くやらないっていうことと、純烈を継続して何がなんでも続けるぞっていう、この2本を、今、自分の頭の中で走らせてるんです” っていう話しをしたら、それが、そのままニュースに流れて……。」

酒井:「それを見てビックリしたファンが、Twitter とかで、”絶対やめないでくれ!” っていうんです……。”こんなしんどいのに、そんな、もう生きがいやし……、そんな純烈いないなら死んだ方がマシや” みたいなオバちゃんまで出てくるから、これは、やめんとこと……。やっぱり、こいつらと心中したろっと思って、”分かった、やめない!” ってなんたんです。そういうタイミングの時に、今度は、そのニュースでビックリしたワイドショーの人達とか、情報番組が来るんですよね。”やめるって言ってたけど、ホンマですか?” ってなった時に、いや、あん時は正直思ったけど……って。」

酒井:「まあ、その……、純烈を結成するにあたっては、みんなバラバラ、色んなコトをやってた人達を集めたんやけど、それが、紅白も出れたし、たとえば、白川が大河ドラマ呼ばれたり、小田井さんが、やりたかったお芝居で朝ドラ呼ばれたり、後上はクイズ番組とか出してもらったり、僕もね競馬番組やったりって、それぞれね、そういう風にバラ売りですよ……。でも、今、グループっていうのを活動したら、それ自体が密やからね……。もともと、純烈は、バラ売りするために組んだようなものだったし……。」

酒井:「だから、山本さんには、年内はもうやらないと……、だけど、まだお客にとか取引先にも言わんといてって言ってたんです。みんなビックリして、もう悲しむだけで終わっちゃうし、応援する空気もスパーっと収まっていっちゃうから。緊急事態とはこういうことで、コロナってこういうコトやから、スケジュールは勝手に流れていきよるからって。」

酒井:「で、ワイドショーの人達とかが、”今、純烈の状況、スケジュールどうなってんですか?” って聞くから、”もう毎日毎日スケジュール流れていって、とりあえず、100日もう真っ白になりました” って言って……、スケジュール空いてるよっていう犬笛ですわ。そしたら、今まで取引あった人達からも、なかった人たちからも、山本さんのところに、”純烈さんもし空いてんやったら、リモートで出ていただけませんか?” っていうのが来だして、それが繋がっていってくれて、最初はリモートやったけど、次はスタジオになって、だんだんマシになってきたらロケやなんやっていうのになっていったんです。」

酒井:「だけど、山本さんも、やっぱ夏前くらいまでは、中止、延期っていうので対応するじゃないですか。”俺、もう、うつ病になるわ〜” って言ってて、やっぱホンマに大変でね、だから、なんとしても、解散とかじゃなく、色んな手を変え品を変えて、生き残りやるけど、最後は、絶対、紅白とレコ大……、”純烈は残すから、付き合ってくれ” みたいな気持ちでね………。だから、もう、去年、紅白が決まった瞬間なんか、もちろん、良かったけど、半分、”ウソついたな〜” ってっていう気持ちもあって……、なんか、そういうのが、やっぱり残りますよね……。」

酒井:「だから、今年は今年で、正直にいきたいけど、まぁ、やっぱり本音と建前じゃないですけど、ポジショントークもあるし、色んなコトやりながら、進めて行くっていうか……。僕の見通しとしては、去年よりヒドイからね、今年の方がね。だから、それは覚悟して……。取材でもね、”今年の目標は?” とかって聞かれるんだけど、もう答えてんのは、”目標は持たず”。持って敗れたらイヤやん、なんかヘコむやん。だから、そうじゃなく、毎回、ベストを尽くして、最終的に、また紅白とかレコ大とかそういうものが付いてくればええけど……。」

酒井:「たとえば、リモートでインターネットでサイン会とかして CD買ってもらいましたけど、相手がもっとひっ迫した状況になったら、そんなコトやってられへんやろっていうね……。エンターテインメントも楽しめる状況じゃないんやろってぐらい感染者が大爆発する可能性もゼロじゃないから……。だから、その辺は、見極めながらなんですけど、ま、やれる範囲でキッチリ頑張って行くっていう……、どんな事があっても、ちょっと望みは持ちながらっていうか……、最悪の想定をしながら進むっていうかね……、今は、そういう感覚なんですよね。」


12 夢を実現した純烈、今後は… 〜「今年は今年で、また突っ込んで行くぞ!って感じ…」〜

 世の中的な見え方で言えば、純烈は、売れていて、すごく忙しく、充実して、楽しそうに見える……。結成時からのキャッチフレーズであり目標だった「夢は紅白!親孝行!」が叶い、メンバーは、それぞれ、今の状況をどう感じているのか……、そして、今後、どうありたいのかを、最後に、それぞれに聞いてみた。


白川:「先ほど、リーダーの口から、個々の仕事が多かったりってあったじゃないですか。去年の段階では、たしかにそうで、純烈としての活動、純烈がファンのみなさんと会ったりとか、ライブをやって充実してるっていうことだったら、今の段階では充実してないと思うんですよね。でも、たとえば、家族の時間が増えたりとか、そういったプライベートでは、もしかしたら充実しているって言えるのかもしれないんですけども、純烈全体からしたら、事務所もそうですけど、レコード会社もそうですけども、そういったコトを全部含めたら、充実はしてないのかなって思いますね……。」

白川:「だから、やっぱり、ライブの再開であったりとか……、あとは、まぁ当たり前のコトですけど、ファンの皆さんとの握手であったりとか、撮影会であったりとか……、やっぱり、ふれ合いってのが全く今ないですからね……。だから、そういったものが、僕の中では、少しづつでいいんでね、増えていったらいいのかなっていう風に思います。」


後上:「そうですね……、ま、変化という意味で言うと、純烈での活動が始まってから、ずっと変わらない感じがしてると言うか……。いや、へんな話……、デビュー当時って、仕事がしたくても仕事をもらえないから、仕事がないじゃないですか。で、今は仕事をもらえそうだけど、こういう状況だから、いただけた仕事もお断りしなきゃいけないとか、世間、世相がゆるさないっていう状況で、結果、出来きてないって言う点においては、まあ、一緒というか……。たとえば、デビュー当時で言ったら、初めて呼んでいただいてる現場に、また、来週、呼んでいただけるようにとか、月1回だったものが 月2回になるように…… とかいう想いで、ひと現場、ひと現場、日々やってたし……。でも、それって、今も変わらないっというか……。」

後上:「だから、そういう意味では、ずっと変わらずに、”またよろしくお願いします!” をホントに言って、それが実現するような日々の積み重ねっていう意識なので……。それが、たとえば、自分らの力不足とか、人気がない、需要がないから、そういう状況だったのか……、それとも、コロナとかいろんなことが作用して、そういう風になってるのか……、ま、理由の部分の違いは、もしかしたらありますけど、起きてる現象としては、こういう状況の中でも、やっぱり必要としていただけるように、その1日、1日を過ごそうっていうのは変わらずに思ってるんです。だから、あんまり考え込んだりとかすることは無く済んでるかなっていうか……。」

後上:「とにかく、また “日常” じゃないけど、ライブとかが再開出来たらいいなって希望は持ちつつ……、希望持つのは自由だと思うんで、目の前にある、そのいただいた事に対して全力でやってくっていうスタイルは、コロナ前と変わらずに持っているんで、今年もそのスタイルいきたいなと思いますね。やっぱり、その、健康センターとかスーパー銭湯とかいう部分は、やめないで続けて行く中で、それを見た方々が面白がってくださって、何をやったら面白いかってこととか、色々、教えてくださるんだろうなというか……。まぁ、期せずして、自分達で行ったというよりは、そういう名刺を、”スーパー銭湯アイドル” って肩書みたいなモノをいただけたんで、せっかく名刺に付いた肩書を自分ら捨てるっていうことは、する意味が分からないですしね。

後上:「あとから、枝が付いて、葉っぱが付いて、お花が付くかとかは別として……、まぁ、プラスアルファが付いていく分には、それはもう流れん中でそういうことは起きると思うけど、やっぱ、根っこ、根幹の部分を継続すってことが一番なのかな〜って思いますね。」


小田井:「そうですね……、コロナ関係なしに、活動していく中で、たとえば “やりたいコト” と “やれないコト”、それから “やらなきゃいけないコト” っていうのが常にあると思うんですけど、その狭間の中で、ず〜っと仕事して行くじゃないですか……。たとえば、ソロアーティストだと、自分の哲学というか、その中で自分を表現していくというやり方でいけるんですけど、僕らグループなので、やっぱグループ全体として物事を考えて、その中での自分の立ち位置とかバランスの中でずっとやってきたから……、だから、なんて言うのかな……、充実はしてるんだと思うんですよ、仕事に関しては。それは、コロナ禍であっても、さっきリーダーが言ったみたいに、代替えしてる仕事でバランスは取れてると思うんですけど……、でもなんか、僕は、常に苦しいですね……。」

小田井:「あの〜、それは、別にやってるコトがしんどいとかって言うんじゃなくて、たとえば、じゃぁ今だったら、バラエティー番組にゲストに呼んでもらいましたとか、そういうのがあるけど、基本、僕は “緊張しい” だし、物事を上手くまとめるために、結構、下準備していくタイプの人間だから、どの番組に出ても、自分の中で、やっぱ常にハードルが高いんですよ。だから、苦しいっちゃぁ、苦しいんですよ……。でも、期待以上のコトをやらないと次がないと思うから、頑張らなきゃいけないしっていう……、そういう自分に対してのプレッシャーが常にあるので……。めっちゃ緊張するしね。」

小田井:「やっぱり、純烈で、純粋にお客さんと触れ合ってる時の方が、その苦しさからちょっと開放されるんですよね……、うん、もう何年もやってきたコトだから。だから、去年に関して言うならば、それ以外の仕事の方が多かったから、めちゃくちゃ苦しかったですよね。ましてや、結婚したこともあって、ウチの奥さんの方が昔からバラエティーたくさん出てるから、家帰ってから僕のオンエア見ると、めちゃくちゃダメ出しする……(笑)。」

小田井:「そういうのもあって、結構キツかったなってのはあって……。でも、苦しめられるってってコトは、ありがたいコトだから、充実はしてるんだと思うんです。やっぱり、それを失うとダメだなとは思うので……。でも、そうするとまた自分に対してのハードルは上がるから……、まあ、その繰り返しなんですけど……、正直、仕事に関しては、そういう風に常に思ってますよね。」

小田井:「で、今後どうありたいかって言うコトに関して言うと、僕は、まだあんまそういうグループを見たコトがないんですけど……、なんか、自分の家族も含めてファンの人に愛してもらうようなグループと言うか……。まあ、自分が結婚して、ましてや奥さんがタレントさんでっていうことが一番大きな要因なんですけ、そのタレントだけを見るんじゃなくて、その人に紐付いてる、その人のライフスタイルみたいなモノも全部巻き込んで、そこにファンの人がいるっていうグループの在り方って、あんまり聞いたコトが無いなと思って。もし、そうなったら逆に最強ちゃうかなってちょっと思って……。」

小田井:「ウチのリーダーなんかも、たまに言うんですけど、たとえば、ジャニーズの中でも “V6” ってスゴイなと思うんですよ。あんだけ長い年月やってて、三宅くん以外はもうみんな結婚してて、皆さんそれなりに有名人の方と結婚されてるけど、でも、グループとしてちゃんと成り立ってる……、しかも、アイドルグループでっていう……。なんか、そういう形のグループの在り方っていう……。それは、今の自分の歳とか色んなことを考えた時に、やっぱり、自分ひとりで行ける年齢じゃもうなくなってきてるので、当然、家族の支えとかがないとダメだし……、だから、そこを軽視出来ないだろうなとかって思うんです。自分の親だったり、妹いるんですけど、妹もそうですけど。」

小田井:「だから……、僕、ファンの人にも、そういうところも全部ひっくるめて……、なんか家系図とかも全然理解してほしいぐらいの気持ちで……(笑)。いや、そういうグループってないじゃないですか。どっちかと言うと隠すじゃないですか。でも、”隠す必要あんのあかな?” っていうのがちょっとあるんで、なんかそういうグループになりたいと思ってて……。たとえば、ファンの人に会ったりした時に、”そう言えば、妹さん、最近どうなの〜? 大丈夫〜?” とか言われるようなグループになりたいなとは思う……、ふふふ……(笑)、まあ、そんな感じですかね。」


酒井:「いや、でもね、やっぱりコロナの存在は置いとけないのよ。やっぱり、今みんな迷ってるじゃないですか。俺らの本業って、健康センターで歌って、お客さんの目の前で歌うコトじゃないですか。だから、ステージっていう部分で言うと、全くそれが無いってことにたいしての戸惑い……、1年経験しての今の率直な感想やと思うんすね。」

酒井:「だけど、結論から言うと、今年、コロナが全部教えてくれる……。もうステージが出来ない、歌えないとなれば、それはそれで、歌えないけど一生懸命頑張ってるというところを胸張って肯定して前に進んで行かないといけないんです。”いいんだろうか” ってモヤモヤしてたってね……。時代は戻って来ないっていうことなのかどうかっていうのを、ちゃんと、今年中にも、ハッキリとコロナが教えてくれると思うんですよね。自分の中で整理整頓しなくても、世の中が教えてくれる。だから、シーソーみたいに揺れながらも、進んでいくぞっていう1年やとは思うんです。」

酒井:「で、まぁ、小田井さんがさっき言ってた、よそに出て行った時に緊張するやけど、俺の場合は全く逆。純烈がしんどくって、外がラク。だって、もう、ダウンタウンさん、坂上忍さん、ビートたけしさん、所ジョージさん ……、もう、み〜んなスゴイから、そこに行ったら、売ってくれるの明らかなんですよ。だって、もう身をゆだねるだけやもん。そこ行くだけで売ってくれるのがわかるから、みんながやってくれるから、俺、立ってればええのよ。何もやらんでもええし、何か聞かれた時に、”純烈です。スーパー銭湯です。お湯です。オバちゃんです” って言えば、もうそれだけで面白いの。だから、プレッシャーが全くない……。」

酒井:「たとえば、俺がレアルマドリードに行っても、点決めれると思う……、周りが上手過ぎるから。”酒井!真っすぐ走れ! そこに合わせるから、ワンツースリーで右足出せ!” って、それで、ワンツースリーで足出したら、メッシがパスくれて、勝手にシュート入るやんていう考え方やから……。だから、もう上手いヤツとか、すごいスタッフのトコに、突っ込んで行けるチャンスがあったら、”突っ込んで行けば行くほど、勝手に出世するやろ” っていうだけの話で、”なんかやらなアカン” とかって考えると、もうプレッシャーでしかないし、自分の中では、1 のスーパー銭湯と、100の天井のそこしかなくて、100 に突き進むっていうのは、もぅ決めてやってるから、だから、今年は今年で、また突っ込んで行くぞ!って感じ……。」

酒井:「全員が “嵐” を目標に頑張ればいいし、”SMAP” を目標に頑張ればいい。ドラマの主役でも脇役でもなんでもいいけど、とにかくず〜っとレギュラーでまわるぐらい……、誰かが “帯” やるとか……。とにかく、そういうひとりひとりの仕事もあって、ステージもあって、それで、グループでは歌を歌ったりっていう……、その、縦横無尽さの天井まで行かないと、みんなハッキリしないんやと思う。芸能界の究極のギャラまでいって、”あ、これ以上は、この世界では無理やな” っていうところまで行ったら、きっとわかるやん……、価格も全部。このご時世、これしかもらえへんねんなって……。だから、そういうところまで、もう行かなあかんぐらい、オバちゃんに背中押されてしまって、ココまで来てしまって、生き残ってしまったので、もう、やるしかないんやろうなーっていう……。うーん、だから、ま、野垂れ死ぬところまで、突き進むしかなくなってしまったという感じですかね(笑)。」


 純烈は、これまでにはなかった不思議な魅力を持ったグループだ。酒井が「今年は今年で、また突っ込んで行くぞ!」と話すように、常に攻め続け、常に進化を続けている……、オバちゃんたちに背中を押されながら。だから、ファンは飽きないし、ワクワクしながら見ている。

 『東京ナイト・クラブ』『銀座の恋の物語』『3年目の浮気』『今夜は離さない』『浪花恋しぐれ』『ふたりの大阪』『居酒屋』『いつでも夢を』『ロンリー・チャップリン』『カナダからの手紙』……、昔はたくさんあった男女デュエットの曲が、最近は少ない。ここは、ムード歌謡の原点に戻って、かつ、純烈らしい新しい形の男女デュエットなんかを聴いてみたい……。

 そして、ゆくゆくは、ホームグラウンドとしての『スーパー銭湯・純烈』なんてのが出来たらいいと思う。そこには、「純烈 Jr.」とか、「チーム純」と「チーム烈」とか、純烈の若手グループがいて、大広間で毎日、公演をやっている……。そして、月に1度くらいは、純烈が出演する……、そんな純烈のテーマパークのようなスーパー銭湯が出来たら、きっと楽しい。

(取材日:2021年1月15日 / 取材・文:西山 寧)




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純烈 シングル ディスコグラフィー


2010年 Debut Single「涙の銀座線」(30秒 Ver.)


2011年 2nd Single「キサス・キサス東京」(short ver.)

2013年 3rd Single「恋は青いバラ」

2014年 4th Single「スターライト札幌」

2015年1月 5th Single「星降る夜のサンバ」

2015年9月 6th Single「今夜はドラマチック」

2015年9月 6th Single coupling「言葉足らずのメロディ」

2016年 7th Single「幸福(しあわせ)あそび」

2017年 8th Single「愛でしばりたい」

2018年 9th Single「プロポーズ」

2019年 10th Single「純烈のハッピーバースデー」

2020年 11th Single「愛をください~Don’t you cry~ 」