いろいろわかる… 松阪ゆうき ロングインタビュー! 民謡育ちの音大声楽科卒! やさしい歌声が心に響く、昭和の叙情歌のような趣きを感じさせる歌謡曲! -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

MUSIC GUIDE


トップ・ボード

一覧を見る

いろいろわかる… 松阪ゆうき ロングインタビュー! 民謡育ちの音大声楽科卒! やさしい歌声が心に響く、昭和の叙情歌のような趣きを感じさせる歌謡曲!

MUSICGUIDEから最新情報をお知らせします。

トップボードのバックナンバーはコチラ!

インタビューの最後に、読者プレゼントあり!
10月7日 (水) に新売記念ライブが決定!(9/22)概要は下部に。


Matsuzaka Yuuki

松阪ゆうき

6th Single 「遥かな人よ」


★ 2015年デビュー、今年の10月で5年目となる演歌・歌謡曲歌手!
★ 音大卒・民謡育ち、オペラまでも歌いこなす実力派!しかもイケメン!
★ 2017年、テレビ東京系「THEカラオケバトル」では男性歌手として最高得点で優勝!
★ 前作「令和夢追い太鼓」は、デビュー約3年半でオリコン週間演歌歌謡チャート1位!
★ デビュー通算6枚目となるシングル「遥かな人よ」は、マイナー調の叙情・歌謡曲!


松阪ゆうき「遥かな人よ 」MV(2020年10月7日発売)

「遥かな人よ」歌詞を見る!


リリース情報

松阪ゆうき「遥かな人よ」
CD シングル
2020年 10月 7日発売
TKCA-91283
¥1,350(税込)
徳間ジャパンコミュニケーションズ

<収録曲>
1 遥かな人よ (作詞:友利歩未、作曲:浜圭介、編曲:若草恵)
2 ふるさと日本、しあわせ音頭! (作詞:結木瞳、作曲:宮下健治、編曲:伊戸のりお)
3 遥かな人よ 〜情熱編〜 (作詞:友利歩未、作曲:浜圭介、編曲:若草恵)
4 遥かな人よ  ーオリジナルカラオケー
5 ふるさと日本、しあわせ音頭!  ーオリジナルカラオケー
6 遥かな人よ 〜情熱編〜  ーオリジナルカラオケー


「遥かな人よ」歌詞を見る!

「ふるさと日本、しあわせ音頭!」歌詞を見る!

「遥かな人よ ~情熱編」歌詞を見る!


松阪ゆうき 徳間ジャパンコミュニケーションズ

松阪ゆうき オフィシャルサイト


松阪ゆうき 歌詞一覧

MUSIC GUIDE「注目歌手カタログ」松阪ゆうき




松阪ゆうき ロング・インタビュー

 歌手としてメジャー・デビューして、今年、2020年10月で5年目に入る松阪ゆうきは、武蔵野音大の声楽科を出ている。

 演歌歌謡曲の歌手としては、異色の経歴のようにも思えるが、たとえば、NHK連続テレビ小説『エール』のモデル、作曲家の古関裕而の代表作のひとつ『長崎の鐘』を歌った藤山一郎は、東京音楽学校(現在の東京藝大)の声楽科を出ているし、『あざみの歌』『イヨマンテの夜』の伊藤久男も、『別れの一本杉』の春日八郎も、『リンゴの唄』『旅の夜風』『胸の振子』などの霧島昇も、音大声楽科卒だ。

 『高原列車は行く』の岡本敦郎、『湯の町エレジー』の近江俊郎、『サーカスの唄』の松平晃、『喜びも悲しみも幾歳月』の若山彰、『桑港のチャイナ街』の渡辺はま子らは、武蔵野音楽学校(現在の武蔵野音大)卒で、松阪ゆうきにとっては大学の先輩たちにあたる。『小さな喫茶店』や『大阪(阪神)タイガースの歌』(六甲おろし)の中野忠晴や、『みかんの花咲く丘』の川田正子、作曲家の万城目正らも、現在の武蔵野音大卒だ。

 もちろん、そうでない人もいるが、おもに戦前戦後に活躍した流行歌歌手の多くが、実は、音大の声楽科を出ている。でも、だからと言って、クラシックのような歌い方をしているわけではなく、言葉を伝える大衆歌謡、流行歌として歌っている。

 だから、松阪ゆうきは、今の演歌歌謡曲の歌手の中では異色かもしれないが、決して「変わっている」わけではなく、むしろ、歌謡曲の歌手としては極めて正しく、正統派とも言える。

 しかも、小さい頃から祖父が歌う民謡を耳にして育ち、音大卒業後には、民謡界の大家である原田直之に師事し、ちゃんと民謡も勉強している。声楽を勉強した上で、あらためて「日本の歌が歌いたい」と思ったからだ。

 さらに、メジャーデビュー前から、『レ・ミゼラブル』などのミュージカルにも出演しているし、テレビ番組などでは、見事な「歌モノマネ」も披露するなど、なんとも多彩だ。そういう意味では異色とも言える。

 松阪ゆうきは、2015年10月に、王道の望郷演歌、シングル『ふるさと帰り』で日本コロムビアから演歌歌手としてメジャーデビュー。その後、『南部恋うた』『愛の欠片』と、演歌のシングルを3枚と、民謡のアルバム1枚をリリースした後、2018年には、レコード会社を徳間ジャパン・コミュニケーションズに移籍している。

 移籍第1弾シングル、通算4枚目となる2018年発売の『俺の空』は、ポップス調のバラード。続く、2019年発売の『令和夢追い太鼓』は歌謡曲調の音頭もので、メジャーデビューから約3年半で、オリコンの演歌歌謡曲・週間チャートで1位を獲得している。

 徳間ジャパン移籍後は、王道の演歌ではなく、歌謡曲調の楽曲が2作続いているが、通算6枚目となる今作、『遥かな人よ』も、どこか昭和の叙情歌のような趣きを感じさせるマイナー調の歌謡曲。のびやかで、やさしく心地よく響く歌声で、言葉が耳に残るいい歌だ。

 キャッチーな歌詞やメロディも良いが、松阪ゆうきの歌声の魅力がよく出ている楽曲だと思う。まさに、往年の先輩たちのように歌える楽曲であり、松阪ゆうきには、こういう歌がよく合う。

 演歌、歌謡曲、J-POP、クラシック、民謡まで歌え、俳優もできて、モノマネもうまい上にイケメン…、もちろん、ピアノは弾けるし、書道は3段。「天は二物を与えず」どころか、何物も与えられている。 今回のジャケットの題字も、本人によるものだ。

 いつも、ニコニコしていて、明るくさわやか。普段、話す時も、バリトンのようなよく響く声で、語り口には落ち着きがあり、言葉は力強い。その言葉の裏側からは、「歌える喜び」を噛み締める純粋な気持ちとともに、自信も伝わってくる。

 民謡育ち、音大声楽科卒の実力派で、しかもイケメン……、今回の『遥かな人よ』のような、昭和の叙情歌のようなスタンダードな歌謡曲を歌うとなれば、売れないわけがない。


<もくじ>
1 叙情・歌謡曲の新曲『遥かな人よ』 〜「本当にいい曲に巡り合ったと思ってます…」〜
2 カップリング曲『ふるさと日本、しあわせ音頭!』 〜「ちょっとでも明るい気持ちになってもらえれば…」〜
3 ルーツは祖父が歌う民謡 〜「”木曽節” とか、よく歌ってたんですよね…」〜
4 高校では福祉を学び、ピアノと声楽は高2から 〜「昔から歌うことが好きだったから…」〜
5 教員ではなく音楽の道へ 〜「やっぱり日本の音楽がいいな…」〜
6 民謡の大家、原田直之に弟子入り 〜「歌詞だけ渡されて “はいどうぞ” みたいな…」〜
7 念願のメジャーデビュー 〜「僕が死んでもこの曲は残るわけでしょう…」〜
8 尊敬する歌手は北島三郎 〜「あれは、感動しましたね…」〜
9 ミュージカルのある座長公演 〜「長く愛される歌手になっていけたら…」〜


1 叙情・歌謡曲の新曲『遥かな人よ』 〜「本当にいい曲に巡り合ったと思ってます…」〜

 徳間ジャパン移籍後3枚目、デビューからは通算6枚目となる最新シングル『遥かな人よ』は、マイナー調の歌謡曲で、シンプルな「A-B-A」の構成の曲。どこか昭和の叙情歌のような趣きを感じさせる、耳に残るいい曲だ。のびやかで、やさしく、心地よい歌声が心に響いてくる。これまでで、最も松阪ゆうきの声の良さがよく出ている曲だ。

 「うれしいですね〜、ありがとうございます。」

 とくに、「♪彼の人の 彼の人の 面影遙か」「♪あの夏の あの夏の 思い出遙か」の部分が、一度、聴いただけで耳に残って、覚えてしまう。

 「あ~、そこはやっぱり耳に残りますよね~。イントロでもコーラスで歌ってますしね。今回の曲は、本当に歌いやすいというか、今までも、歌いにくいと思ったことはあんまりなかったんですけど、幅広い方に聴いて歌っていただくっていう意味では、耳にも残りやすいですし、いいのかなって思いました。やっぱり……、耳に残って、知らぬ間に鼻歌で口ずさんでいるっていうことが、結構、大事なことなのかなっていう風に思ってて、そういう意味では、本当にいい曲を頂いたなぁと思っています。」

 徳間ジャパンに移籍後、今回の新曲『遥かな人よ』を含め、シングルは 3曲とも、作曲は浜圭介が担当している。八代亜紀の『舟唄』や『雨の慕情』、北原ミレイ『石狩挽歌』、森昌子『哀しみ本線日本海』など、演歌色の強いヒット曲で知られるが、内山田洋とクール・ファイブ『そして、神戸』、桂銀淑『大阪暮色』、内海美幸『酔っぱらっちゃった』、奥村チヨ『終着駅』、千葉紘子『折鶴』、堺正章『街の灯り』など、ポップスや歌謡曲調の曲も多く書いている。いずれにしろ、日本人の心の琴線に触れるメロディを書く作曲家だ。

 「浜先生からは、毎回、新曲ができましたって、カセットテープで送られてくるんです。先生がご自分でギターを弾いて歌っているデモと、譜面と歌詞とですね。もちろん、デモなんで、この CD のようなアレンジにはまだ全然なっていないんですけど、それでも、最初に先生が歌っているデモを聴いた時に、 “あっ、これは確かに耳に残るな~” って思いました。浜先生の歌い方は自分にはできないですけど、自分なりに歌えればいいかなって思いましたね。」

 カラオケファンが歌う場合、そのオリジナルの歌手が歌ったお手本がある。歌手も、カバー曲の場合は、見本となる歌があり、それを自分流にアレンジして歌えば良いが、自分のオリジナル曲の場合は、そう簡単にはいかない。何もないところから、自分がお手本を作るという難しさがある。

 「”♪咲いて散りゆく それでいい” のところなんかは、わりと声出してるかな~って思いますけど、自分の中では、これまで、ガーッて声を出すタイプの曲を歌ってきた感じだったので、この曲は、ちょっとソフトな感じっていうか……、そういうところは気をつけて歌いました。あとは、最後の “♪彼の人の 彼の人の 面影遙か” の耳に残るメロディのところは、同じ言葉が繰り返されるので、そこに違いをつけて歌うっていうようなこととか、そういうのを意識しながら歌いましたね。」

 たしかに、声の響きがやさしい。松阪ゆうきのオイシイ声、いい響きが出ている。歌う時にチカラを入れられると、逆に伝わってこないこともある。チカラではなく、声の響きの良さが、言葉の響きを明るくクリアにして、その結果、歌詞の内容が聴き手に伝わる。さらに、「♪強く優しく」「♪生きてきた」のところなどは、ソフトに歌いながらも、ちゃんと言葉にアクセントが付いているから、歌詞が響いてくる。

 「うれしいですね~。やっぱり “伝わる” っていうことが大事な曲かなって思いますね。」

 本来、クラシックでは、そんなアクセントの付け方はしない。声楽を学んでいて、その後、歌謡曲や演歌を歌うに当たって、何か意識的に変えたのだろうか?

 「う~ん……、これまで浜先生に書いて頂いた曲の時にも、”もっと躊躇せずに思い切れ” って言われていたんですが、この曲に関しては、そういうことは言われなくて、むしろ”そんなにチカラは入れなくていい”ってことを言われましたね。」

2 カップリング曲『ふるさと日本、しあわせ音頭!』 〜「ちょっとでも明るい気持ちになってもらえれば…」〜

 カップリング曲の『ふるさと日本、しあわせ音頭!』は、昨年、オリコンの演歌歌謡曲・週間ランキングで1位にもなったシングル『令和夢追い太鼓』に続く「音頭もの」だ。ただし、前作は、マイナー調でロック歌謡風の音頭だったが、今回は、メジャー調で本格的な音頭。民謡もやっていただけあって、やわらかく、余裕のある声の響きが心地よい。「♪世の中いろいろあるけれど それでも明日は やって来る……」と歌われる、まさに今の時代に向けたような応援歌音頭。

 「そうですね、今年はこのコロナ禍でお祭りも一切行えない状況ですけど、この曲を聴いてちょっとでも明るい気持ちになってもらえればいいんじゃないかなっていう思いはすごくありますね。」

 そして、今回のシングルにはもう1曲、『遥かな人よ』の歌詞違いバージョン『遥かな人よ 〜情熱編〜』が、同じくカップリングとして 3曲目に収録されている。歌詞の内容も、リード曲『遥かな人よ』と同じく、岐阜を舞台にしたご当地ソングになっていて、まるで、その続編のようだ。

 「岐阜もいろんな場所があるじゃないですか。たとえば、ここ(『遥かな人よ』の1番)は、岐阜に “根尾” って場所があって、そこには本当に “薄墨桜” が咲くらしいんですけど、そのことを歌っています。2番は、”長良川” なんで岐阜市のことを歌ってて、3番の、 “白壁土蔵街” のところは 飛騨市のことを歌っていて。ただ、岐阜県も名所が溢れているので、1曲では描ききれず(笑)。それで、”じゃあ、岐阜を網羅して、もう 6番どころじゃなくて 9番ぐらいまで作ろうか” くらいの感じになってたんですよ(笑)。それで、結局、2つの曲に分けて完成させることになりました。」

 たしかに、歌詞違いの『遥かな人よ 〜情熱編〜』では、1番では「美山」、2番は「美濃」、3番は「郡上八幡」というように、『遥かな人よ』には入っていない土地が歌われている。

 「あと、”薄墨桜” は春だし、”鵜飼” は夏だし、そういう季節感も考えたりとかっていうのはありましたね。ちょっと遊び心的な感じにもなってるんですよね。とくに “美山” ってところのお祭りには、毎年呼んでいただいているので、”そこも歌詞に入れたいよね” っていうのはありました。」

3 ルーツは祖父が歌う民謡 〜「”木曽節” とか、よく歌ってたんですよね…」〜

 あまり知らない人から見れば、松阪ゆうきという歌手は、とても不思議な人に見える。民謡出身の演歌歌手は少なくないが、音大声楽科卒でオペラも歌えば、民謡も歌う。ポップスや歌謡曲も歌うし、歌モノマネもやる。デビュー曲は王道演歌で、徳間ジャパンに移籍してからは歌謡曲……、そして、音頭も歌う……。そんな歌手は、なかなかいない。どうして、そんなことになっているのだろう……? もともとのルーツは、小さい頃、祖父がよく歌って聴かせていた民謡だったようだ。

 「祖父も教室に行って習っていたわけではなくて、昔から自分が知ってるような曲を、趣味みたいに歌ってたぐらいの感じだったんですけどね。”木曽節” をよく歌っていました。歌うのは民謡だけで、演歌とかは歌わないんです。それで、そういうのを小さい頃からよく耳にしていて、でも、その時は、自分も民謡を習いたい!とは思っていなかったですね。」

 やはり、小さい頃に触れた民謡が、ルーツになっているようだ。その後、好きになった音楽を聞いてみた。

 「たぶん、一番最初は、おじいさん、おばあさんとかじゃなくて、近所に、実家の隣みたいなところにカラオケの機械がある家があったんですよ。小さい頃、土曜日とかになると、そこに預けられたりしてたんです。それで、そこのおばさんが、すごいカラオケが大好きで、家で歌ってて、それを真似して歌うっていうのが最初ですかね。それが演歌歌謡曲だったんですね。そのおばさんが歌う曲を聴いてて、それで演歌歌謡曲も好きになりましたね。松村和子さんの『帰ってこいよ』とか、細川たかしさんの『矢切りの渡し』とか、石井明美さんの『CHA CHA CHA』とか、いろんな曲を歌ってました。一番最初は、僕は歌ってたことを全然覚えてないんですけど、3歳の時に、テレサ・テンさんの『つぐない』を歌ってたらしいです。」

 「でも、自分がお金出して初めて買った CD は森高千里さんの『私がオバさんになっても』です。森高さんは、ず~っと聴いてましたね。あと、学校の音楽の授業でやるような曲とか、他には小中学生の頃は、B’z とかミスチルとか普通にポップスを聴いてましたね。カラオケとかでも歌ってましたけど、昔の歌謡曲も歌ったりもしてました。」

4 高校では福祉を学び、ピアノと声楽は高2から 〜「昔から歌うことが好きだったから…」〜

 音楽大学に入るには、それが声楽科であったとしても、ピアノが弾けなければならない。

 「ピアノを習い始めたのは高校からです。実は、音大に入ろうと思ったのが高2くらいなんです。高校は福祉科という学科で勉強していました。弟が障害を持っていたこともあって、福祉の勉強をしてみようかなと……。中学校の時に、”別に普通科に行けばいんじゃない” って親には言われたんですが、”そうすると中学3年間やった数学を、またこの先3年間勉強しなきゃいけないんでしょ” って思って(笑)。ならば興味あることを3年間勉強した方がいいなと思って、福祉の高校に行ったんです。」

 「高校に入ってからも、最初のうちは、福祉系の大学とかそういう所に行ければいいなと思っていました。高1の時に、福祉系の大学に行けば、保育士の資格も取れると知ったんですけど、保育士の資格取るには、ピアノが弾けないといけないんですよ…… 。それで、小学4年の時の担任が音大を出た先生だったので、”ピアノもちょっと弾けた方がいいかもしれないので、教えてもらえませんか?” ってお願いしたのが、高1の夏ぐらいです。」

 「それから、高校で色々勉強してるうちに、”先生になりたい” って思うようになっていったんです。先生になるって言っても、数学の先生なのか、社会の先生なのかって、いろいろあるじゃないですか。そうなった時に、昔から歌うことが好きだったから、音楽の勉強をしてみたいなって思って。それで、教員免許を取るには、教育学部の音楽科か、音大に行くかだねってなって……。でも、教育学部は勉強が必要じゃないですか。それで、音大声楽科だったら、音楽に関する勉強だけで、座学はあまりいらないからそっちの方がまだ簡単そうかなあと思って……(笑)。男声の場合は、変声期終わってから、初めて歌を始める人もいるし……。それで、高2の時に、また別に声楽の先生を紹介してもらって習いに行ったんです。」

 つまり、最初は、福祉の仕事につくこと考えて福祉系の高校に行き、福祉系の大学では保育士の資格も取れることを知ってピアノを始め、そのうち、教員になりたいと考えたことで、「教員になるなら、好きな音楽で」と思い、音大への進学を決めたというわけだ。
 高2でピアノと声楽を始めて音大に入ったということもスゴイが、一方、高校で学んでいた福祉の勉強もしっかりやっていて、国家資格である介護福祉士資格も持っている。

5 教員ではなく音楽の道へ 〜「やっぱり日本の音楽がいいな…」〜

 音楽の先生を目指し、武蔵野音大の声楽科に入った。

 「入学するときには、もう歌うことが楽しくなっていたんで、先生の資格は取りつつ、歌を歌っていけるならば、歌える仕事がしたいなって思っていました。ただ大学に入った時も、別にクラシックだけをやりたいということではなくて、ジャンルにはこだわらず音楽をやっていけたらいいなって思ってたんです。入って1年生の後半ぐらいには、そう思ってましたね。」

 「それから、クラシックは、聴くぶんにはいいんですが、声楽を自分がやるのはすごい大変だなとも思って……。シュッとしている人もいますけど、やっぱり体が大きい人が多い。その中で戦っていく……、例えば、日本で戦うのじゃなくて世界で戦っていかなきゃいけないってなった時に、”ちょっと難しいんじゃないかな〜” と思って……。クラシックを勉強している中で、”やっぱり日本の音楽がいいな” っていうのも思い始めていたんです。」

 「でも、大学の時には、友達とカラオケに行くと、ポップスだろうとどんな曲だろうと、友達はみんなオペラ調に歌うんですよね。”カラオケに来てるのに、なんでそんな歌い方をするんだろう?” みたいなのがどこかにあって、それが自分の中ですごく違和感があって……、もっと普通に歌えばいいのになぁと思っていました。」

 音大の声楽科に進学して、あらためて、歌うことの楽しさを知り、クラシックを学んだことで、日本の歌が歌いたいと思った。大学3年生の時に、NHK『おかあさんといっしょ』の「うたのおにいさん」のオーディションを受けたことがある。最終の4人まで残ったが、なることはできなかった。しかし、そこから、あらためて、「日本の歌を歌いたい! 歌手になりたい!」と思うようになった。だから、大学では、中学・高校の音楽教員免許を取ったが、卒業後に教師になるつもりはなかった。

 「何か歌っていく方法はないかなって探していましたね。だから就職しようか迷った時もあったんですけど……、結局、アルバイトをしながら、オーディション受けてみよう!と思って就職はしませんでした。卒業後は、早朝から某大手ハンバーガーショップで働いていました(笑)。朝は本当に苦手なんですが、朝だったら、割と仕事やオーディションが入ったりすることもないので。」

 ほかにも、学んだこと生かし、ボイストレーナーやナレーターなどもやった。

 「そうですね……、いろんなことやってましたね……。」

 少しでも歌う機会を求めて、モノマネまでやった。

 「とにかく、歌える場所はないかなって……。それで、オーディションの雑誌とか見ている中で、たまたまモノマネのオーディションが出てきて、”喋りのモノマネはできないけど、歌のモノマネならできるかな?”って応募したのがきっかけでした。ステージでやったのは大学卒業してからですけど、小学生の頃から、友達や学校の先生のモノマネはやってましたね。モノマネをやりたいとやってたわけではなくて、何かのきっかけになればっていうひとつのツールとして考えていました。」

6 民謡の大家、原田直之に弟子入り 〜「歌詞だけ渡されて “はいどうぞ” みたいな…」〜

 最近、日本でもミュージカルが流行っているが、その中で、最も有名で、最も人気があるのが、ヴィクトル・ユーゴー原作、ジャン・ヴァルジャンが登場する『レ・ミゼラブル』だ。『民衆の歌』や、エポニーヌの歌う「On My Own」など劇中歌も人気だ。そんな、誰もが出たい人気のミュージカルにも、松阪ゆうきはメジャーデビュー前、2011年の4月から2ヶ月間の公演に出演している。

 「実は、その頃、劇団四季のオーディションも受けていて、”研究生で来ませんか?” と言われていました。研究生だと、ステージにいきなりは上がれないから、2年間はまず勉強しなきゃいけないんですよ。でも、劇団四季の場合、年齢も性別も国籍も関係なくて、実力があればいつでも来てくださいっていうスタンスだったので、どうしても行きたければ実力つけてまた行けばいいなと思ったんですよね、その時は。」

 「そのころ、ミュージカルのオーディションとかも色々と受けていたんです。実は、『レ・ミゼラブル』の前にも、声をかけていただいて、何度かミュージカルに出たことはあるんですけど、オーディションを勝ち抜いてちゃんと合格したのは、『レ・ミゼラブル』が最初でした。」

 「でも、ミュージカルのオーディションを受けながらも、『レ・ミゼラブル』は観たことがなかったんです(笑)。2009年に初めて見た時に、”あ〜 これは出たいな〜” って思ったんですよ。『レ・ミゼラブル』って、だいたい2年に1回くらいやってるんですが、ちょうど見たその後ぐらいにオーディションが始まるタイミングでしたね。」

 「そうですね……、『民衆の歌』歌ってましたね。実は、その後、映画になって、ミュージカルの演出も変わったんです。僕らが出演した年が、昔のオリジナルの演出が最後の年だったんで、何回も出演してる人もいるし、初めて出る人もいるし、色んな人が混ざってる中で、何回も出演してる人たちは、かなり思い入れが全然違って、”もう今回でこの演出は最後だから!” みたいになってましたね。」

 2011年のジャン・バルジャン役は、山口祐一郎、別所哲也、吉原光夫のトリプルキャストで、ほかには、岡幸二郎、笹本玲奈、新妻聖子、神田沙也加、山崎育三郎、森公美子らが出演していた。
 そういうミュージカルなどにも出演しながら、民謡を学ぶために、民謡界の大家である原田直之に弟子入りする。

 「モノマネやりつつ、ミュージカルもやりつつ、民謡も習いに行っていたんです(笑)。海外の歌を色々と勉強したけど、やっぱり日本の歌が歌いたいなって思ったんです。そこで、昔、民謡も聴いてたし……、と思っていた頃に、ちょうど原田直之先生とご縁があって、習いに行かせてもらえたんです。」

 「でもね、僕、面白いな〜って思ったのは、民謡ってモノマネなんですよね。譜面とか、あるものもあるんですけど、基本的には、ないんです。歌詞だけ渡されて “はい、どうぞ” みたいな。先生が “今、僕が歌うから、そこについてきて” みたいな感じなんです。先生が歌ったのを、”はい、やって” って言われてやるんです。口伝えで真似して覚えていくみたいな感じが、モノマネと通じるものがあるなって、最初に行った時に思いましたね。」

 福島県の浪江町出身で、『新相馬節』で有名な原田直之は、見るからに優しそうな感じがする。

 「先生は教えて下さるときも優しいです。でも、”違う 違う、そうじゃない!” と時には厳しく言われることもありましたね。”君は、やっぱり歌謡曲とかも歌っているから、どうしても、節が演歌とか歌謡曲みたいに、そのまま回しゃいいみたいに思ってるけど、そうじゃない!” と言われたこともありました(笑)。」

7 念願のメジャーデビュー 〜「僕が死んでもこの曲は残るわけでしょう…」〜

 そんな歌への純粋で強い思いと、様々な努力が実る。民謡の師匠、原田直之の働きかけもあり、2015年10月にシングル『ふるさと帰り』で、日本コロムビアから演歌歌手「松阪ゆうき」としてメジャーデビューする。デビュー曲の『ふるさと帰り』は、マイナー調、超王道の望郷演歌だ。

 「”ザ・演歌” という感じですよね……。とにかく、日本の曲を歌いたいっていうことが実現して嬉しかったです。それプラス、やっぱり自分の声が作品として残るっていうのは、すごい嬉しいなと思って。本当は、歌は誰のものでもなくて、聴いたり、歌ったりしてくれる人たちみんなのものかもしれないけど、自分のオリジナルの曲が世に出せるって言う事が、凄く嬉しかったのを鮮明に覚えています。」

 「デビュー前、最初に、”オケ録りがあるから!” と言われて、”オケ録りってなに?” という感じだったんですが、”バンドの人達だけでカラオケを録音するんだよ” と言われてスタジオに行った時に、本当に感動したのを覚えています。その時まで、作曲の先生がピアノで弾いたデモしか聴いていなかったので、アレンジされた楽曲をバンドの人たちが演奏する音を聴いた時に、 “こんな風になるのか!これはすごいなーっ!“ て思いましたね。まだ、歌を入れる前でしたけど、そのカラオケだけで感動してました、あの時は。”コレは、もう誰のものでもない、オレの曲だ!” って(笑)
僕が死んでもこの曲は残るわけでしょう、と思って……、歌ってくれる人がいれば…(笑)。」

 デビューの翌年、2016年には、セカンドシングル『南部恋うた』をリリース。大谷明裕が作曲したメジャー調の王道演歌でいい歌だ。さらに、続く2017年には、3枚目のシングル、水森英夫が作曲したマイナー調3連の歌謡曲『愛の欠片(かけら)』が発売となる。
 そんな中、2017年には、テレビ東京系の番組「THEカラオケバトル 歌の異種格闘技戦 15」に出場している。かつて、城南海や水森かおりも出場し、優勝している人気のテレビ番組だ。この時、予選では、秋元順子の『愛のままで…』を歌い 99.228 点、決勝では、坂本冬美の『夜桜お七』を歌い 98.861 点 という高得点を獲得し優勝。プロの男性歌手として最高得点を獲得し優勝したことで、さらに知られるようになった。しかし、それにしても『夜桜お七』というのは、なんとも難しい曲を選んだものだ。

 「『夜桜お七』難しいですよね……、なんであの曲にしたんやろ?(笑)でも、あの曲で、優勝させていただきました。基本的には、こちら側から “こういう曲はどうですか?” って希望曲を何曲か提出します……、プレゼンですね。あの時は “民謡代表” で出演させて頂いたので、演歌歌謡曲を歌ってほしいとは言われてました。それに、演歌・歌謡曲を聴きたい視聴者も多いらしいんです。その中から、高得点が出そうな曲を厳選して、あとは番組側で決めて頂くような感じでした。」

 しかし、機械が判定する点数を競う番組だけに、普段のように自由には歌えない。

 「そうなんです。だから、思うようには全然歌えてないというか……。普通にカバーして歌うというよりも、もう機械に合わせるっていうことを考えちゃってましたね。」

 テレビ東京の公式 YouTube に、その時の予選の模様、『愛のままで…』の歌唱映像が残されていて見ることができる。たしかに、すごく気を付けながら歌っている感じもするが、しかし、サビの張るところ「♪ときめきを〜 投げかけて〜」ところなどは、とても気持ちいい。

 「本当ですか〜? 普段なら絶対にあの歌い方はしないですね。」

8 尊敬する歌手は北島三郎 〜「あれは、感動しましたね…」〜

 日本コロムビアからシングルを3枚と、『東京音頭』や『斎太郎節』『花笠音頭』や師匠の十八番の『新相馬節』など、誰もが知る民謡を6曲収録したミニアルバム『ゆうきと民謡の旅1』(2015年)をリリースしたのち、2018年には、現在の所属レコード会社、徳間ジャパンコミュニケーションズに移籍する。移籍第1弾のシングル『俺の空』は、メジャー調のポップス調バラードで、サビの「♪ありがとう ありがとう〜」が耳に残るいい曲だ。松阪ゆうきが尊敬する歌手として、よく北島三郎の名前を口にするが、移籍した徳間ジャパンは、北島三郎が所属する日本クラウンと同じグループ会社(第一興商グループ)だ。

 「そうですね……、演歌歌謡曲で言ったら、僕の中では、やっぱり北島三郎さんが一番ですね。実は、小さい頃から耳にしていたんです。民謡を歌ってた祖父は、父方の祖父なんですが、母方の祖父は、 “北島さん命” みたいな人だったんです。夏休みや冬休みの時に祖父の家へ遊びに行くと、祖父が “またサブちゃんのレコードを買ったよ!” って、よく一緒に聴いていました。なので、『サブちゃんと歌仲間』(BSテレ東)に出演させてもらった時に、”生サブちゃん” にお会いできた時は、本当に嬉しかったです!」

 「今年も、”令和にっぽん!演歌の夢まつり 2020″ というコンサートが、年初めに名古屋であったんです。その時も、北島さんとご一緒させていただいて、出演者がみんなで 『北の漁場』を歌うっていうシーンがあったんです。北島さんも、もちろん歌うんですけど、大江裕さんとか北山たけしさんとか、丘みどりさんとか、僕とか、みんなで歌うんです。その時、ステージで北島さんに、”次はキミ!” って指差されて、”えっ、北島さんの前で『北の漁場』歌っていいの〜!?” って心の中で……(笑)、あれは、感動しましたね。」

「その時、祖母は見に来てたんですけど、祖父は去年亡くなってしまって……、だから、北島さんと一緒のステージは見せられなかったんです。見せられれば良かったんですけどね……。」

 昨年、2019年5月22日には、移籍第2弾(通算5枚目)となるシングル『令和夢追い太鼓』をリリース。ノリの良い、3連シャッフルの歌謡曲調の音頭だ。この曲がヒットし、メジャーデビューから約3年半で、オリコンの演歌歌謡曲・週間チャートで1位を獲得(2019年6月3日付)する。
 テレビの音楽番組の出演も増え、NHK の民謡バラエティ番組『民謡魂』では、民謡を歌うだけでなく芝居もやったり、NHK『新BS日本のうた』では、武田鉄矢のモノマネを披露したりもしている。もちろん、演歌、歌謡曲、民謡、J-POP、オペラまで歌えるとあって、いろんなカバー曲も歌っている。
 とくに最近は、NHK連続テレビ小説『エール』のモデル、作曲家の古関裕而の代表作のひとつ、藤山一郎 の『長崎の鐘』を番組で歌うことも多い。藤山一郎と同じく声楽家出身であることに加え、楽曲そのものも、豊かな声の響きが求められることから、松阪ゆうきにはぴったりだからだ。
 先日も、BS朝日『人生、歌がある』で、秋川雅史と松阪ゆうきの二人で『長崎の鐘』を歌ったが、歌謡曲に昇華して歌った松阪ゆうきと、あくまでも自身の声楽スタイルで歌った秋川雅史が対照的で面白かった。

 「秋川さんとご一緒に歌わせてもらえるってことになって嬉しかったんですけど、”どう歌ったらいいんだろう……” って思ったのも事実で……。秋川さんはスタンドマイクで、僕はワイヤレスマイクで歌うってなって……(笑)。でも、秋川さんは、きっとご自分のスタイルでの歌われるだろうなって想像していたので、自分なりに歌おうと思って、原曲の藤山一郎さんの歌を何度も聴いたりとかしました。」

 「藤山一郎さんとか、昔の歌手の方って、皆さん音楽学校を出ていますけど、クラシックではない歌い方っていうんですかね……、歌謡曲とか流行歌の歌い方っていうのになってるんですよね。だから、そういう風な良さが出せればいいかなと思いながら歌わせて頂きました。」

 「それから、普段からカバーを歌わせて頂く時には、既に元々歌われている歌手のイメージがあるので、あまりそこを崩さない方がいいのかなっていつも思っています。あまり自分色にしちゃうと、その曲のもともとあるものが崩れ去ってしまうような気もするので……。そういうバランスも考えて、その上で、自分の良さも出るように意識しながら歌うようにしています。」

9 ミュージカルのある座長公演 〜「長く愛される歌手になっていけたら…」〜

 今年の1月に、サブちゃんと『北の漁場』で共演したコンサート『令和にっぽん!演歌の夢まつり 2020』も、その後、日本全国各地での公演が予定されていたが、新型コロナの影響で、全て中止となってしまった。

 「自粛期間は、基本的に家にいました。散歩して、近くのスーパーへ買い物に行くぐらいな感じだったですね。家にいる時は、「Netflix」で映画やドラマを見てました。それから、インスタグラムをやってるんですが、「インスタライブ」をちょこちょこやったりもしました。やっぱりこういう仕事なので、それまでは外に出ることの方が多かったのに、いきなり家にいましょうと言われても、なかなか慣れない感じで……、最初は、家にずっといると、なんか息が詰まってきて……。何か家でもできることないかなと思った時に、やっぱり「インスタライブ」で、皆さんとコミュニケーションを取れる事かなと思って。”一緒に乾杯をしましょう” とか言って(笑)インスタ飲み会もやったりしてましたね。」

 プロの歌手は、たとえば、歌番組で初めてカバーする曲を覚えなければいけないとか、仕事で音楽を聴かなければならないことも多いため、プライベートでは、あまり音楽を聴いていない人も少なくない。我々にとっては娯楽であるかもしれないが、彼らにとっては仕事だからだ。

 「そうですね〜でも、最近の若者はどういう曲を聴いているんだろうと思って、「ヒゲダン」(Official髭男dism)とか「あいみょん」とか聴いたりもしましたよ(笑)。あいみょんさんは、あのふわっとした感じが好きです。ヒゲダンさんは、楽曲がおしゃれでいいですね。でも、それを演歌に取り入れられるかっていうと、ちょっと難しいかもしれないとは思いますけど。」

 そんな松阪ゆうきの今後の目標を聞いた。

 「やっぱり、一度でいいので『紅白歌合戦』は出てみたい!と常に思っています。」

 「あとは、やっぱり長く歌っていけるってことができれば、こんな嬉しいことはないですよね。それは、このコロナ禍になって余計に思いましたね。」

 「そうなった時に、長く歌っていけるようにしていくためには、どうしたらいいかってことを考えなきゃいけないって、最近すごく思います。新型コロナウイルスがいつ収束するのかもわからないような状態ですし……。テレビの公開収録も、たとえば『新・BS日本のうた』とか、お客さんがいるのといないのとでは……、もちろん一生懸命歌ってはいますが、やっぱり寂しい気持ちがします。」

 「今は、生でコンサートをやって聴きに来てもらうっていう機会を作るのも難しかったりするので、そういう方たちに向けて、どうアプローチしていくかっていうことも考えますね。本当に早く収束して、皆さんの前で歌えるようになりたいなっていうのが今の一番の気持ちで、近々の目標ではあるかなと思いますね。」

 最後に、夢を聞いてみた。

 「それはやっぱり、本当に長く応援していただける、長く愛される歌手になっていけたらいいなっていうのが一番ですね……。それと、これまで通りの演歌歌謡曲はもちろんですけど、ミュージカルみたいに、歌いながら何かできることも出来たらな〜って思います。先輩方が、明治座や新歌舞伎座とかで公演をされてますけど、別に時代劇だけじゃなくてもいいのかなって思ったりもしますね。座長公演できるようになったらいいなと思います。」

 ぜひ、演歌あり、歌謡曲あり、ポップスあり、民謡あり、ミュージカルありの松阪ゆうきの座長公演を見てみたい。


(取材日:2020年8月20日 / 取材・文:西山 寧)




読者プレゼント!

松阪ゆうき 直筆サイン色紙を3名様にプレゼント!


twitter で、MUSIC GUIDE を フォロー&下記リンクのツイートをリツイートしていただいた方の中から、抽選で3名様に、松阪ゆうきくんが持っている直筆サイン色紙をプレゼントさせていただきます。
2020年10月2日 (金) まで!

ツイートはコチラ!



発売記念ライブが決定!

松阪ゆうき 新曲『遥かな人よ』新曲発売記念ライブ・キャンペーン

日時 : 2020年 10月7日 (水)
     1回目公演 開場 12:00 / 開演 13:00
     2回目公演 開場 15:30 / 開演 16:30
会場 : 東京・アルハムブラ(東京都荒川区西日暮里5-23-6)
料金 : 会場チケット: ¥5,000 (1ドリンク付、1フード別)
     配信チケット: ¥4,000 (新曲CD付)

<予約・問い合わせ>
オフィスコットン TEL 03-3760-1115 (平日12〜19時まで)



松阪ゆうき シングル ディスコグラフィー


松阪ゆうき 1st Single「ふるさと帰り」(2015年10月21日発売)

松阪ゆうき 2nd Single「南部恋うた」(2016年5月25日発売)

松阪ゆうき 3rd Single「愛の欠片」(2017年6月28日発売)

松阪ゆうき 4th Single「俺の空」 (2018年04月25日発売)

松阪ゆうき 5th Single「令和夢追い太鼓」 (2019年5月22日発売)