第27回 オフコース「愛を止めないで」(1979年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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第27回 オフコース「愛を止めないで」(1979年)

すなおに 涙も 流せばいいから ……
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オフコース「愛を止めないで」

オフコース Off Course「愛を止めないで」(3:51) B面「美しい思い出に」
作詞:小田和正、作曲:小田和正、編曲:オフコース
1979年(昭和54年)1月20日発売 EP盤 7インチ・シングルレコード (45rpm、ステレオ)
ETP-10524 ¥600- EXPRESS / TOSHIBA EMI

<再発売>
・1992年盤 三菱自動車「ミラージュ」CMソング c/w「Yes-No」
 1992年11月25日発売 8cm CD シングル  SCD:TODT-2966 定価 930円
・1995年盤 アサヒ「江戸前 冬生」CMソング c/w「眠れぬ夜」「愛を止めないで」 (非オリジナルカラオケ)
 1995年11月08日発売 8cm CD シングル  SCD:TODT-3626 定価1000円
・2016年盤 フジテレビ系ドラマ「OUR HOUSE」主題歌 c/w「美しい思い出に」
 2016年5月11日発売 12cm CD MAXI シングル UPCY-9476 定価1000円

 聖光学院高校時代の同級生だった鈴木康弘と小田和正が中心となって1967年に結成され、1970年にシングル『群衆の中で/陽はまた昇る』でデビューした(デビュー時は「ジ・オフ・コース」で3人組)バンド「オフコース」の通算15枚目のシングルで、バンドとして最初のヒットとなった曲。同年10月に発売された通算7作目のアルバム『Three and Two』にも収録。シングルは、オリコン週間チャートで31位を記録したことで人気が急上昇し、同年12月のシングル『さよなら』でチャート2位を記録しブレイク。その後は、『さよなら』『Yes-No』『時に愛は』『言葉にできない』などヒット曲多数。1980年代を代表するバンドとなるが、デビューから19年目の1989年に解散。
 シングル『愛を止めないで』は、その後も、テレビCMやドラマの主題歌などに起用され、1992年、1995年、2016年の3度にわたり再発売されている。また、1981年に発売された初期のベスト盤『SELECTION 1978-81』には、ビル・シュネーによってリミックスされた音源で収録されている。1996年には、小田和正自身がソロ・アルバム『LOOKING BACK』でセルフカバーしているほか、西城秀樹、岡本真夜、槇原敬之、さかいゆう、辛島美登里らにもカバーされている。


 むかしは、買いに行く目的がなくても、レコード店に行くことそれ自体が楽しいことで、ある種の娯楽でした。置いてあるモノは変わらないのに、毎日のように行ってたりした時期もありました…。

 1960年代、ワタシの田舎では、レコード店は電気店と一体化した店で、ギターとか楽器も少し売られていました。考えてみれば、レコード・プレイヤーやコンポなどのハードと、レコードというソフトを1箇所で売るというのは合理的なハナシです。そんなに大きな店ではなかったので、シングル・レコードの仕切り板も、邦楽は、歌手名で「あいうえお順」にありましたが、洋楽は、ざっくりと「洋楽」でした。

 そのころは、レコードのジャケットを見ているだけでも楽しかったですし、なにより、当時は試聴ができました。さすがに、買わないのに何枚も試聴させてもらうワケにはいかないので、1日1枚。だから、毎日のように行っていたのかもしれませんね。
 当時、ウチには、しょぼいレコード・プレイヤーしかなかったので、大きな密閉型のヘッドフォンで、大音量で聴いたベンチャーズやビーチ・ボーイズは、見たコトのない夢のような世界を感じさせてくれたものです…。

 やがて、1980年代になると、タワーレコードができたり、そのうち、WAVE とか HMV とか、大型のCDショップがたくさんできました。「山野楽器」とか「すみや」とか「十字屋」とか、CDショップは日本中にたくさんあって、新星堂だってどこの店も大きかったし、全国に250店以上(たしか)ありました。ほかにも、北海道の玉光堂、北陸の山蓄、関西のミヤコ(「大月みやこ」の芸名のもと)、茨城のヒトは全国にあるものと思っていたワンダーグーとか、関東なら「ディスクユニオン」「帝都無線」「タハラ」など、地域ごとに地方のチェーンもあったりして…。

 とにかく、CDショップは、ワクワクする場所でした。学生時代など、バイト代が入った日に、タワーレコードとか大型CDショップに行く道中が、なんと楽しかったことか!
 店に入ってからは、アレやコレやたくさん抱えてしまい、予算オーバーで戻したりなんかして…、結局、1時間以上もウロウロしていることも少なくありませんでした…。

 それが、いまでは、Amazon…。もちろん、ベンリですからよく使っていますが、むかし、そういう大型CDショップで、思わず「ジャケ買い」をしたり、買うつもりじゃなかったけど「見つけてしまったモノ」などとの出会いは、ネット通販の「コレもオススメ!」では経験できません…。
 レコードに限らず、買い物には「偶然の出会い」がありました。

 オフコースの『愛を止めないで』が発売された1979年(昭和54年)も、まだ、そんな時代でした…。

 インベーダーゲームが大流行していた1979年は、近鉄バファローズがパ・リーグで初優勝し、日本シリーズで、アノ「江夏の21球」があった年。
 3月には「ズームイン!!朝!」が、4月には「ドラえもん」がそれぞれ放送開始となり、6月に、シャープが世界初のダブルラジカセ「ザ・サーチャーW」を発売し、7月1日には、ソニーが革命的とも言えるヘッドホンステレオ「ウォークマン」(定価¥33,000円)を発売した、そんな年でした…。

 クイーン、イーグルス、エリック・クラプトン、ビリー・ジョエル、ロッド・スチュワート、リンダ・ロンシュタット、サンタナ、マーヴィン・ゲイ、ドナ・サマー、ミッシェル・ポルナレフ…などなど、今となっては伝説級の錚々たるアーティストが来日した年でもあります。

 ディスコでは、マイケル・ジャクソンの「今夜はドント・ストップ」や「オフ・ザ・ウォール」、ドナ・サマーの「ホット・スタッフ」、シックの「おしゃれフリーク」、ロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」ビージーズの「ステイン・アライヴ」なんかでフィ〜バ〜フィ〜バ〜し、チ〜クタイムは、ピーチェス&ハーブの「リユナイテッド(恋の仲直り)」……。

 ほかにも、レッド・ツェッペリン 「フール・イン・ザ・レイン」、クイーン「ドント・ストップ・ミー・ナウ」、イーグルス 「ハートエイク・トゥナイト」、ドゥービー・ブラザーズ 「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」、J.D.サウザー「ユア・オンリー・ロンリー」、ビリー・ジョエル 「オネスティ」、スーパートランプの「ブレックファスト・イン・アメリカ」、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン」などが流行っていました。

 また、1976年頃から、ボズ・スキャッグスやシカゴ、スティーリー・ダン、ボビー・コールドウェル、ジノ・ヴァネリ、ランディ・ヴァンウォーマーなど、後にAORと呼ばれる西海岸系のサウンドも流行りはじめていて、TOTOの「ハイドラ」、トム・スコット「ストリート・ビート」などのアルバムが発売されたのも1979年でした…。

 で、いつものように、長すぎる壮大な前置きで何が言いたいのかというと…、オフコースというバンドは、この『愛を止めないで』で、日本で初の「AORバンド」として「パイオニア」になったというコトです。

 オフコースは、もともと聖光学院中高時代の同級生だった小田和正と、ヤッさんこと鈴木康博が中心となって出来たフォーク・グループです。デビュー後もしばらくはデュオで(小田和正もアコギを弾いていて)、アコースティックなカンジでした。杉田二郎の事務所にいたことから、杉田二郎のバックバンドをやったり、「杉田二郎とオフ・コース」(デビュー時は「The Off Course」と冠詞が付いていて、このころは中黒「・」が入っていた)という名前で一緒に活動していたコトもありました。

 その後、デビュー7年目の1976年にデュオから5人組になって、小田和正もキーボードに専念するようになり、それまでのアコースティック・サウンドからバンド・サウンドに変わりました。
 『愛を止めないで』は、バンドになって初のヒット曲で、それまで日本では誰もやっていなかった、聴いたことのないウェスト・コースト系のAOR的なサウンドが実に新鮮でした。なにしろ、当時は、メジャーなバンドと言えば、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド、チューリップ、甲斐バンド、世良公則とツイスト、サザンくらいで、それらとは全く違ったサウンドでしたから。

 明るくポップなメロディーラインの美しさはモチロンですが、何よりAOR的だったのは、複雑で分厚い爽やかなコーラスと、ヤっさんと松尾一彦のイーグルスのようなツインリードのソロです。
 でも、全体的に楽器がゴチャゴチャたくさん入っているわけでもなく、やりすぎないスッキリしたサウンドで、まさに、爽やかなウェスト・コースト・ロック。さすが!建築設計のできる小田和正、引き算を知っています…。なにしろ、東北大の建築学科を卒業して、早稲田の理工学部で大学院まで行った修士ですから。マスタ〜ですよ、マスタ〜。

 それらに加え、AORになり得た最後のカギは、ハイトーンボイスで、実に透明感のある小田和正の声があったからではないでしょうか…。ピーター・セテラ、ボビー・コールドウェル、クリストファー・クロス、ジョセフ・ウィリアムス、ビル・チャンプリン…、ねっ、AORと言えば、透明感のあるハイトーンボイスが基本です。

 そういうサウンドとは別に、この曲を語る上で忘れてはいけないのが歌詞です。
 当初、「『いきなり君を抱きしめよう』なんて…」と、それまでのファンからは不評だったようですが、でも、小田和正のボーカルで聴くと、冷静に読むと甘すぎるこの歌詞も、さわやかでイヤミがなく、サラリと聴けますし、耳に残る箇所がたくさんあったりします。

 だいたい、サビに乗せた「♪愛を〜止めないで〜」が、一度聴いただけで覚えてしまいます。よくよく考えると、「愛を止めないで」なんて、それまで誰も聞いたコトのないフレーズで、タブン、日常生活では一生言わないようなコトバです…。でも、だから、余計に耳にひっかかるのでしょうか…。
 なんでも、最初は「”愛を止めて” みたいな歌だった」らしいですが。

 その後、1980年のアルバム『we are』以降は、なんと!シカゴ、ボズ・スキャッグス、スティーリー・ダン、TOTO、オリビア・ニュートン・ジョン、ホイットニー・ヒューストンなど多数の大物アーティストに関わったレコーディング・エンジニアのビル・シュネーが、ミックス・ダウンをやっていたコトによって、さらに、AOR的なサウンドが強くなりました。

 『愛を止めないで』も、1981年のベスト・アルバム『SELECTION 1978-81』をリリースする際、ビル・シュネーがミックス・ダウンしなおしていて、初出のシングルの音と比べてクリアで、全ての音が実にキモチよく聴こえ、アメリカっぽい音に仕上がっています(イントロのシンセがカットされたり、コーラスが差しかわったりもしていますが)。ボーカルもコーラスも、ギターもスネアもキックも、とにかく、ゼンゼン違います!

 で、「オフコースAOR論」のしめくくり、極め付きは、1991年に発売された、本場 L.A の AOR シンガーたちによるオフコース・カバー・アルバム『Fade in Love オフコース作品集』(Platz、PLCP-32)です。コレは、もともと内沼映二氏の弟子だったエンジニア、Kaz Masumotoこと益本憲之氏が、企画・プロデュースしたアルバムで、当時、益本氏が、L.A レコーディングのコーディネーターをやっていたことから実現したものと思われます。

 この企画アルバムには、『愛を止めないで』をはじめ、『秋の気配』『さよなら』『Yes-No』『眠れね夜』など、オフコースの曲が8曲カバーされていて、本場 L.A で録音され、本場 L.A の 一流スタジオ・ミュージシャンが演奏し、本場 L.A の AOR シンガーが歌っています。ちなみに、歌詞は英語詞になっていて、そうなると、モ〜本当に ホンモノの AOR に聴こえます。すごくイイんです。

 『愛を止めないで』は、『Don’t Stop The Love』というタイトルで(そのままやん)、なんと、ピーター・ベケットが歌っています。ご存知ない方に説明すると、「Player」というバンドのボーカルで、1977年のシングル『Baby Come Back』は、米国ビルボード・チャートで3週連続の全米1位を獲得しているというスゴイ人です。

 Amy Sky(エイミー・スカイ)というシンガー・ソング・ライターが英語詞を書いているのですが、コレが実にうまくメロディに乗せてあって、オリジナルのメロディを壊していません。
 それどころか、サビの「♪愛を〜止めないで〜」の部分が「♪Darlin’ please, don’t stop the love」と謳われているのですが、そこをスグに覚えてしまうくらいです。

 マイケル・ランドウのキモチ良すぎるギター・ソロから入るイントロも、オリジナルとは全く違いますが、それはそれで良かったりします。全体的には、ピーター・ベケットのパワフルでエモーショナルなボーカルが前提に考えられているカンジで、オリジナルよりもハデで、よりロック色が強くなっています。う〜ん、でもすごくイイんだな〜。

 そんな『愛を止めないで』は、つい最近、2016年に、フジテレビ系ドラマ「OUR HOUSE」主題歌になったコトをご記憶の方も少なくないでしょう。37年前のシングルがドラマの主題歌ですよ! いかにエバ〜グリ〜ンな曲であるかがわかります。
 なんでも、このドラマの演出の永山耕三氏(脚本は野島伸司)が、学生時代からオフコースのファンだったようで、実は、このドラマの前にも、単発ドラマで『Yes-No』を使っていますし、1991年の月9ドラマ「東京ラブストーリー」では、小田和正ソロの『ラブ・ストーリーは突然に』を主題歌に起用しています。余談でした…。

 ちなみに、『愛を止めないで』は、初出を含めて4回シングルになっていますが、最初のシングル・レコードのレーベル面の表記がフシギです。それまで、一般的には、よく「流行歌」とか「歌謡曲」とか「ポップス」とか「ロック」とか書かれていたのですが(とくに何も書かれていないものもあります)、この『愛を止めないで』には、なんと「ヒットソング」と書かれています…ヒットするかどうかはわからないのに…。おそらく、「流行歌」的な表現に、「必ずヒットする!ヒットさせる!」という強い願いを込めたのではないでしょうか…。結果的に本当に「ヒットソング」になってホッとしたヒトがいたのではないでしょうか。。

 今回、『愛を止めないで』をオフコースの代表曲として書きましたが、オフコースには、ホントに名曲がたくさんありますから、ファンのヒトも好きな曲もそれぞれでしょう。異論やご意見もあるとは思います…。

 なので、あえて個人的なコトを言えば、ワタシは、シングルではありませんが、1975年のアルバム『ワインの匂い』のB面4曲目『愛の唄』が好きです。
 なんでも、もともとは「カーペンターズに歌ってほしい」と思って作った曲で、『I’ll Be Coming Home』という英語詞を付けて、実際にリチャード・カーペンターに送ったようです。実現はしませんでしたが、たしかに、そう言われれば、カーペンターズっぽい曲です。

 ワタシは、この『愛の唄』と『Yes-No』そして『愛を止めないで』が、オフコースのベスト3です…。
 順番はご想像におまかせします。

(2020年4月1日 西山 寧)


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小田和正 オフィシャルサイト

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ホントは、ライブ録音でなくて、レコード(スタジオ録音)の
ビル・シュネーによるリミックス・バージョンを聴いてほしいけど…。

オフコース「愛を止めないで」(LIVE)
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