第26回 PRINCESS PRINCESS 「M」(1989年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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第26回 PRINCESS PRINCESS 「M」(1989年)

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PRINCESS PRINCESS 「M」

PRINCESS PRINCESS「M」(4:33) シングル「Diamonds(ダイアモンド)」B面 収録曲
作詞:富田京子、作曲:奥居香、編曲:PRINCESS PRINCESS
1989年(昭和64年/平成元年)4月21日発売 (アナログ、CD 同時発売)
・EP盤 7インチ・シングルレコード (45rpm、stereo) 07SH-3272 ¥659-(税抜¥640-) CBS/SONY RECORDS
・8センチ シングル CD 10WH-3272 ¥937-(税抜¥910-) CBS/SONY RECORDS

※ 1988年(昭和63年)11月21日発売
  PRINCESS PRINCESS 3rd Album「LET’S GET CRAZY」(LP:28AH-5149 / CD:32DH-5149)収録曲(初出)

 1983年、TDKレコードのオーディションで選ばれた5人で結成され、1986年、ミニアルバム『Kissで犯罪(クライム)』で CBSソニー からデビューした女性5人組ロックバンド「PRINCESS PRINCESS」。1988年に発売された3枚目のアルバム『LET’S GET CRAZY』の収録曲であり、5ヶ月後に7枚目のシングル「Diamonds (ダイアモンド)」のカップリングとしてリカットされた曲。 『Diamonds (ダイアモンド)』は、平成に発売されたシングルでは初のミリオンセラーを記録する大ヒットとなり、その年、1989年度のオリコン年間チャートで1位となる。また、前年にEP盤として発売されていた2枚目のシングル『世界でいちばん熱い夏』もCD化されヒットしたことで、同オリコン年間チャートで2位となり、年間チャートの1位と2位を独占。
 ほかにも『MY WILL』『19 GROWING UP -ode to my buddy-』『GET CRAZY!』『ジュリアン』などがヒット。活動13年間のトータルでシングル21枚、アルバム15枚を発表するが、1996年5月31日の日本武道館でのラストライブをもって解散した。2012年以降、東日本大震災をきっかけに、何度か再結成している。
 1986年、CBSソニーから「PRINCESS PRINCESS」としてデビューする以前は「赤坂小町」というバンド名で活動しており、1984年にTDKレコードからシングル『放課後授業』で一度デビューしている。
 『M』は、徳永英明、中西保志、山崎まさよし、つるの剛士、May J.、Ms.OOJA、華原朋美、やなわらばー、山根万理奈、茉奈佳奈ら、多くの歌手にカバーされている。


 日本の歌の歌詞は、その多くが「ラブソング」です。調べたコトはありませんが(調べようもないのですが)、おそらく、8割〜9割はラブソングなのではないでしょうか…。ホレたハレたは、誰でも経験するコトですし、愛とか恋は、全ての人に共通するテーマだからです。
 ほかに何があるかと言うと、「人生の応援歌」や「人生の悲哀を歌った歌」「望郷歌」「軍歌」「童謡」「唱歌」「校歌」くらいでしょうか…。たとえば、望郷歌みたいなものも「ふるさとへの愛」、三橋美智也の『達者でナ』は「ウマへの愛」、と考えれば、ラブソングはもっと増えます。

 ラブソングの歌詞で、本来、最も大事なコトは、「”好きだ” とか “愛してる” とか “好きでたまらない” みたいなコトを言わずに、その感情を表現するコト」です。だって、ラブソングとは、ゼンブ「好きだ」とか「愛してる」という歌なのですから、それを言ったら、それだけで終わってしまいます。

 もちろん、たとえば、錦野旦の「空に太陽がある限り」のように、意図的に「愛してる」という言葉を使う場合もありますが、多くの場合、心を打つラブソングには、そういう言葉は使われていません。にも関わらず、「好きでたまらない」とか「切ない」と、聴き手に感じさせます。

 しかも、「歌詞」の場合、ポエム(散文詩)などとは違い、メロディーの制約を受けます。限られた文字数で、情景や状況、感情を伝えなければならず、そのため、ムダな言葉、つまり「あってもなくてもいいような言葉」が入る余地はありません。優れた歌詞は、「絶対に必要な最小限の言葉」だけで表現されています。曲先(作曲先行のこと)であれば、もちろんのこと、詞先(作詞先行)でも同じです。

 昭和30年代ころまでの流行歌の歌詞を見ると、まず、その短さに、あらためて気がつきます。しかも、厳格な七五調で書かれたモノも少なくありません。さらに、優秀な職業作詞家は、ただ単に1番、2番、3番の字数をそろえるだけでなく、言葉のリズムを考えながら書いています。メロディが付いて、歌われることを考えて、言葉を選んでいるのです。

 曲先の場合、メロディがあって、あとから歌詞を付ける場合には、メロディの切れ目を言葉でまたいではいイケないし、そのメロディに対して訛った言葉でもイケないし、歌った時の「音としての心地よさ」も考えながら作らなければなりません…。
 たとえば、「空」という言葉なら、「♪そ〜ら〜」と下がるメロディでなければならず、「そ〜らぁ〜」と上がるメロディだと訛ってしまい、音として聴いたときに瞬時に理解できない可能性もあります。また、サビの一番オイシイ伸ばすところの音が「♪ん〜〜〜〜」とかでは、歌う方も聴く方も心地よくありません。 

 昭和には、優秀な職業作詞家がたくさんいました(まだ現役のヒトもいますが)。そういう人たちは、そういうコトを、実に見事にやってのけています。 西條八十、佐伯孝夫、横井弘、山上路夫、丘灯至夫、関沢新一、岩谷時子、漣健児、安井かずみ、川内康範、石本美由起、なかにし礼、阿久悠、吉岡治、星野哲郎、山口洋子、橋本淳、荒木とよひさ、松本隆…。

 あるころから、シンガーソングライターやバンドなど、「ジブンで曲を書くヒトたち」が増え、作詞家にはない、ストレートでわかりやすい表現や、逆に、難解な表現がウケたりしました。
 しかし、最近では、そういうヒトたちが作る歌詞の多くが、どうしても、表面的で、薄っぺらく、幼稚なカンジに思えてしまいます…。

 シンガーソングライターとは、作詞家、作曲家、歌手という、本来、それぞれ全く違った技能を持つプロフェッショナルがやっているコトを、たったひとりでゼンブやるワケで、「その道ひと筋」で食っている一流の職業作家や歌手と渡り合うワケですから、考えてみれば、それはそれはタイヘンなことです…。

 もちろん、今でも見事な職人技で「うまいな〜」と思わせてくれたり、心に染みる歌詞を書く職業作詞家はいますし、最近の若いシンガーソングライターやバンドにも、いい詞を書いているヒトはいます。
 また、中島みゆき、井上陽水らのような、逆に職業作詞家には発想できないような表現をする天才もいます…。「♪部屋のドアは金属のメタルで」とか「♪ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド」なんて、常人では考えられない歌詞です。「金属のメタル」って…。

 1988年11月に発売された「PRINCESS PRINCESS」の3枚目のアルバム『LET’S GET CRAZY』の10曲目に収録され、5ヶ月後の翌1989年4月に、シングル『Diamonds(ダイアモンド)』のカップリングとしてB面に収録された『M』という曲の歌詞は、実によくできています。
 タイアップも付いていない「アルバム曲」で、「シングルB面曲」だったにも関わらず、「PRINCESS PRINCESS」の代表曲のひとつとしてあげられる、今でも人気の曲です。 実際、アルバムでの初出から26年も経った2014年11月に、「シングルトラック・ダウンロード」で、日本レコード協会のトリプル・プラチナ(ダウンロード数75万)として認定されています(配信開始日は 2005年02月)。

 もちろん、メロディの素晴らしさがあってヒットしたのですが、この曲の歌詞には、ムダな言葉はひとつもなく、具体的だけど、言いすぎていない…、だから、聴き手が、自然とイメージしてしまい、知らぬ間に感情移入している…、という見事な歌詞です。

 たとえば、冒頭の歌詞は、「いつも一緒にいたかった… となりで笑ってたかった…」です…。ねっ、コレだけでスゴイじゃないですか!
 何がスゴイかと言うと、このフレーズには、「キミ」とか「アナタ」とか「ボク」とか「ワタシ」といった人称代名詞は一切書かれていないのに、「アナタ」と「ワタシ」が、そこにいるコトを、聴いたヒトは無意識にわかっていたハズです。

 それだけではなくて、「二人は付き合っていた」「今は別れている」「でも、本当は別れたくなかった」ということまでわかります。 ゼンブ書くと、「私はアナタが大好きで、アナタと付き合っていて、いつも一緒にいて、私は別れたくなかったけれど、今は別れてしまった、でも今でも好きでいます…」というようになるでしょう。
 「アナタ」とか「ワタシ」みたいな人称代名詞は、(この歌詞でも、あとの方には登場しますが)ココでは「不必要な言葉」で、むしろ、入っていると、ゴチャゴチャしてわかりにくくなります。
 状況に加えて、登場人物の感情までもが、たったこれだけのフレ〜ズで聴き手に伝わるのです。 説明しすぎない、最小限の言葉…、ねっ、スゴイでしょ。コレが作詞です。

 さらに、このフレ〜ズに続く歌詞「季節はまた変わるのに… 心だけ立ち止まったまま…」も見事です。
 「また変わる」というコトは、「季節の変わり目が2回以上あった」というコトになり、少なくとも6ヶ月以上という時間を表しています。その長さに意味はないかもしれませんが、「長い時間が経っているけど…」というコトを感じさせてくれます。
 「心だけ立ち止まったまま」は、言わずもがな、「私は、別れたくなかったあの時とおなじように、まだ好きです」というコトが伝わります。
 で、最後まで、「好きです」という言葉は、一度も出てきません。そうです、コレが作詞です…。

 そして、具体的でありながら、言い過ぎていないコト、聴き手に勝手に想像させる余地、隙間を残しているところも秀逸です。
 たとえば、「今でも覚えている あなたの言葉… 肩の向こうに見えた景色さえも…」、その時、具体的に何を言われたのかはわかりませんが、「肩の向こうの景色も覚えている」と言うだけで、「相手の目を見ることができなかった」ということもわかりますし、「それくらいショックな言葉だった」ということもわかります。しかも、「肩」と「向こうの景色」で、自然とドラマのように奥行き感のある情景が浮かんできます。

 さらに、最後に、「いつまでも あなたしか見えない 私も…」とあります。この「私も」の「も」が気になりますね〜。
 なぜ「は」ではないのでしょう…。

 この『M』の歌詞は、「PRINCESS PRINCESS」のドラムの富田京子が、自身が失恋して泣きながら書いた詞に、ボーカルの奥居香がメロディを付けた曲です。奥居香や、当時、プリンセス プリンセスのプロデューサーだった河合誠一マイケルや笹路正徳のアドバイスで、いくつか修正はしたようですが、それにしてもよくできた詞ですね…。
 作詞の富田京子本人が、2012年に オフィシャル facebook で、この曲を作詞した時のエピソードを書いています。一番下にリンクをつけておきますので、ご興味のある方はどうぞ。

 ちなみに、1980年代後半は、1985年「REBECCA」の『フレンズ』や、1987年「SHOW-YA」の『水の中の逃亡者』などがヒットしたころから、のちにガールズロックと呼ばれるようなバンドが登場し始めたころでした。「LINDBERG」などもいましたね。
 中でも、とくに、ソニー系では、「REBECCA」⇒「PRINCESS PRINCESS」⇒「JUDY AND MARY」⇒「Hysteric Blue」という系譜があり、自然とファンが乗り替わっていけるような戦略で、うまくマーケットを維持していました…。2000年代以降の「ZONE」も「チャットモンチー」も、最近では「SCANDAL」なんかもソニー系だったりします…。余談でした…。

 『M』が、シングルのB面として発売された1989年は、去年と同じく元号が変わった年で、1月8日に昭和から平成に改元されました。4月1日には、日本ではじめて消費税(税率3%)が導入され、6月には北京で天安門事件、そして、まさか、そんなコトが起きるとは思ってもいなかった「ベルリンの壁崩壊」が11月に起きた年…。
 音楽の世界では、1月11日に、美空ひばりの遺最後のシングル『川の流れのように』が発売され、6月24日に52歳で亡くなったという年でもあります。

 「消せないアドレス… Mのページを 指で たどってるだけ…」、まだ、みんなアドレス帳を持っているNTT固定電話の時代でした。「ショルダーフォン」とか「ハンディフォン」という、いま考えれば、全然ハンディでないのがありましたね…。

 『M』って、最近の曲だと思ってたのに…。

(2020年3月25日 西山 寧)


PRINCESS PRINCESS facebook 【執念のタイトル「M」】2012年6月26日


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