第24回 吉永小百合・和田弘とマヒナスターズ「寒い朝」(1962年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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時代を思い出す扉が 歌であってくれればいい … (阿久悠)

第24回 吉永小百合・和田弘とマヒナスターズ「寒い朝」(1962年)

北風 吹きぬく 寒い朝も…
心 ひとつで 暖かくなる ……
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吉永小百合・和田弘とマヒナスターズ「寒い朝」

吉永小百合・和田弘とマヒナスターズ「寒い朝」(3:53) B面「人の知らない花」(吉永小百合)
作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正、編曲:吉田正、演奏:ビクター・オーケストラ
1962年(昭和37年)4月29日発売 EP盤 7インチ・シングルレコード (45rpm、モノラル)
VS-681(JES-3380) ¥290-  ビクター

 1957年、小学6年でラジオドラマ『赤胴鈴之助』でデビューした「吉永小百合」の歌手デビューシングルであり、1957年にカバー曲でデビュー、1958年にオリジナル曲の「泣かないで」で事実上のデビューをし、1959年『誰よりも君を愛す』で第2回日本レコード大賞を受賞するなど既にスターだった「和田弘とマヒナスターズ」の24枚目のシングル。通算20万枚を売り上げるヒット曲となり、吉永小百合は本楽曲で、同年の「第13回 NHK紅白歌合戦」に初出場。
 和田弘とマヒナスターズは、この『寒い朝』の吉永小百合の前後にも、松尾和子、多摩幸子、三沢あけみ、田代美代子ら、若手女性歌手をゲストとして招いてヒットを連発し、彼女たちをスター歌手にしていった。「NHK紅白歌合戦」には、1959年の第10回〜1967年の第18回まで9年連続、通算10回出場している。


 きのう、「WBS」の「トレたま」で、犬用音楽プレイヤーが紹介されていました。「音楽を聞かせると犬の感情が安定する」というコロラド州立大学の研究をもとに開発したそうです。番組のVTRでは、たしかに、音楽を聴かせるとイヌは落ち着いたカンジになっていました…。「音楽のチカラ」ってスゴイですね…。イヌの耳は、人間の約4倍よく聴こえ、音域も人間の約2倍と言われていますから、もしかしたら、人間よりも音楽にうるさかったりして。

 ところで、先日(1ヶ月以上前ですが)、朝日新聞に坂本龍一のインタビューが掲載されていて、坂本龍一が「『音楽の力』という言葉が嫌い…」というようなことを言っていました。とても良い記事で、いろんなニュアンスがあるのですが、まあ、簡単に言うと「音楽を使ってとか、音楽にメッセージを込めてとか、音楽を社会利用や政治利用することが嫌い」というようなコトです。まったく同感です。

 もちろん、「音楽にチカラがない」とは思っていませんし、坂本龍一だって「音楽で癒されることがある」とも言っています。ワタシたちは、音楽を聴くことで、楽しくなったり、感動したり、泣けたり、元気なれたりします。それらは、たしかに「音楽のチカラ」で、結果的に、人を元気付けたりという効果はあります。

 しかし、メディアなどで、「音楽の力」という言葉を前面に押し出してアピールすることには、どうしても違和感を感じてしまいます。音楽が、都合のいいように利用されている感じがするからです。

 本来、音楽は、もっと純粋でシンプルなものです。だからこそ、結果的にヒトに影響を及ぼすチカラを持つのではないでしょうか。
 流行歌、歌謡曲、ポップスなどは、単純に楽しめればいいんです。作る側も、基本的には好きだからやっているワケで、勝手にやりたいように作っています。音楽は自由なモノであり、「良し悪し」はなく、「好き嫌い」があるだけです。作り手も、それらを聴く受け手側も自由です。

 たとえば、メッセージソングだからと言って、必ずしも励まされたり、勇気づけられたりするわけでもありません。人間の感情とはフシギなもので、元気付けられる歌が、なんでもないラブソングとか、時には、不倫の歌だったりもします。
 むかし、小学生のころには、何も考えずに元気よく歌っていた「♪う〜さ〜ぎ〜 お〜いし」の『故郷(ふるさと)』が、今になって聴いたり歌ったりすると感動する…。
 つまり、「音楽を聴いて感動する」というコトは、個人差があり、タイミングやシチュエーションにもよるという、極めてパーソナルなものなのです。

 たしかに、メディア的には、「音楽の力」とは、耳障りがよく、使いやすい便利なコトバです。しかし、「音楽の力」というコトバを、まるで錦の御旗のように振りかざし、「これらの音楽は感動するでしょう!」と押し付けているように感じてしまうのは、ワタシだけでしょうか…。

 で、たとえば、こんな歌…、今回の『寒い朝』に勇気づけられたヒトも少なくないと思います。17歳の清廉なイメージの少女が、20代後半のお兄様方と歌った「青春の応援歌」ですが、今で言えば、存在としては AKB のような感じでしょうか…。
 しかし、そんな青春歌謡に、60年近く経った今でも、この歳になっても、勇気づけられます…。

 作曲は、戦後の日本歌謡史を代表する昭和の大作曲家、吉田正。門下生には、鶴田浩二、フランク永井、和田弘とマヒナスターズ、松尾和子、三浦洸一、橋幸夫、三田明、雪村いづみら、錚々たる面々がいて、『有楽町で逢いましょう』『誰よりも君を愛す』『潮来笠』『いつでも夢を』『美しい十代』『傷だらけの人生』などの作曲で知られ、古賀政男、服部良一に続き、作曲家としては3人目となる国民栄誉賞の受賞者でもあります。

 中でも、『寒い朝』が、吉田正の作品としては最高峰なのではないかと思っています(個人的な意見です…)。日本人の心の琴線に触れる耳に残る美しいメロディ…、マイナー調ではじまり、サビでメジャーになる劇的な展開も、歌詞によくマッチしていて、言葉が心に響いてきます。

 一方、作詞の佐伯孝夫は、早稲田大学文学部仏文科在学中から西條八十に師事し、戦前・戦中は、灰田勝彦『燦めく星座』『鈴懸の径』などを、戦後は、服部良一作曲の『銀座カンカン娘』『東京の屋根の下』などを作詞し、その後、吉田正とのコンビで、『有楽町で逢いましょう』『東京ナイト・クラブ』『潮来笠』『いつでも夢を』『恋をするなら』など数多くのヒット曲を生み出しました。

 ちなみに、『寒い朝』のような王道の歌詞も書けば、『弁天小僧』『湯島の白梅』『勘太郎月夜唄』『沓掛時次郎』のような「股旅もの」や「時代もの」、はたまた、『三味線ブギウギ』『桑港のチャイナタウン』『ミネソタの卵売り』『野球小僧』『恋のメキシカン・ロック』などなど、ちょっと考えられないような自由で斬新な発想で書かれた詞も多く、その幅の広さに驚かされます。なんてったって、「♪コッ コッ コッ コッ コケッコ〜」ですよ…。

 ちなみに、歌詞の中に出てくる「みどりの髪に」という言葉ですが、読者の皆さんはご存知かと思いますが、「女性の、みずみずしく、つやのある、美しい黒髪」のコトを言います。
 桃色とか肌色というように、日本の色の名前はたいてい「その色をした物」の名前からとられていて、緑は、もともと「新芽」を指す言葉でしたが、いつしか「新芽と同じ色」を「緑色」と呼ぶようになりました。
 なので、表現の中の「緑」は、色の緑ではなく、由来である新芽のことを表していて、新芽のような若々しさ、みずみずしさのある黒髪という意味です。生まれたばかりの赤ん坊のことを「みどり児」と言っていたりもしましたね。

 で、石坂洋次郎の小説『寒い朝』を原作とした、吉永小百合・浜田光夫による青春映画『赤い蕾と白い花』の主題歌として作られたのがこの曲でした。そもそも、映画のタイトルも『寒い朝』でしたが、公開が6月であったため『赤い蕾と白い花』となったようで、映画の中では、この曲のタイトルも『赤い蕾と白い花』となっています。

 基本的には、吉永小百合と三原さと志(マヒナスターズ)との二人のデュエット曲ですが、そこに、佐々木敢一の独特のファルセットなど特徴的な分厚いマヒナのコーラスが重なり、すぐに「マヒナだな…」とわかる歌です。

 高校在学中に『キューポラのある街』に出演し、ブロマイドがバカ売れした吉永小百合にとっては、若干17歳での歌手デビュー曲ですが、子音がハッキリしていて言葉がクリアに聞こえる素直な歌い方が、この楽曲の良さをそこなうことなく、より魅力的に伝えています。

 吉永小百合は、その後、同年9月に、同じく作曲:吉田正、作詞:佐伯孝夫のコンビ作品『いつでも夢を』を橋幸夫とのデュエットで発売し、『寒い朝』の20万枚を超えるヒットに続き30万枚の大ヒットとなり、第4回日本レコード大賞の大賞を受賞しています。

 ちなみに、橋幸夫もマヒナもビクターだったことから、ゴールデンベスト・シリーズとして、A面が『いつでも夢を』、B面が『寒い朝』という、ホントにゴールデンなシングル・レコードも、後に発売されていたりします。

 で、そもそも、和田弘とマヒナスターズも、吉田正の門下生で、1957年のデビュー第一弾は、三浦洸一のカバーで『東京の人』、1958年、事実上のデビューとなったオリジナル曲の『泣かないで』、第2回日本レコード大賞を受賞した『誰よりも君を愛す』なども、吉田正作品です。

 吉永小百合とのデュエットの前には、松尾和子とのデュエットで『グッド・ナイト』『誰よりも君を愛す』(いずれも1959年)、多摩幸子との『北上夜曲』(1961年)、『寒い朝』の後にも、三沢あけみとの『島のブルース』(1963年)、再び松尾和子との『お座敷小唄』(1964年)、田代美代子との『愛して愛して愛しちゃったのよ』(1965年)と、マヒナは若手女性歌手をゲストとして招いてヒットを出し、彼女たちをスター歌手にしていきました。
 ちなみに、『グッド・ナイト』も、松尾和子のデビュー曲ですが、そのシングルのB面が、なんと、今でもデュエットの定番、フランク永井・松尾和子の『東京ナイト・クラブ』でした…。

 いずれにしろ、この『寒い朝』は、冬の寒い朝に駅まで歩いている途中、自然とアタマの中に流れてきて、「『北風』や『さす刺』に負けないで、『いじけていないで』頑張ろう!」と思わせてくれる曲です。
 ノーベル賞作家の大江健三郎も、小説『四万年前のタチアオイ』と『河馬に噛まれる』の中で、この『寒い朝』について触れている箇所があります。きっと、大江健三郎にとっても、心に寄り添う思い出の曲なのでしょう…。

 なんとなく、イントロや曲調が似ているせいか、倍賞千恵子の『下町の太陽』(作詞:横井弘、作曲:江口浩司、キングレコード、映画は松竹)が、『寒い朝』に続いて思い出してしまうのも、きっとワタシだけではないと思われます…(コレも名曲です)。

 吉田正の故郷が茨城県日立市であることから、常磐線の日立駅の下りホーム(いわき、仙台方面)、1番線、2番線の発車メロディとして『寒い朝』(サビのメジャー調の部分)が使用されています。ちなみに、3番線は『いつでも夢を』です。
 日立市には、「吉田正音楽記念館」もありますから、興味のある方は、一度、日立を訪れてみてはいかがでしょう…。

 ハナシは変わりますが… 一昨日、3月9日に宝塚の公演再開を最終決済したヒトに、拍手したいです。

(2020年3月11日 西山 寧)


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