渥美清「男はつらいよ」
渥美清「男はつらいよ」(3:18) 作詞:星野哲郎、作編曲:山本直純
1970年(昭和45年)2月10日発売 7インチシングルレコード (45rpm STEREO) ¥400- CW-1026 クラウンレコード
1968年(昭和43年)から放送されたテレビドラマ版が人気となり、1969年以降、シリーズ全49作が公開された人気映画「男はつらいよ」の主題歌。コメディアンからテレビを経て映画俳優となり、テレビドラマ版から主役の「車 寅次郎」を演じた渥美清が自ら歌っている。当時のシングルレコードのジャケットには、「フジテレビ連続テレビドラマ『男はつらいよ』主題歌、松竹映画『男はつらいよ』主題歌」と併記されている。1972年には「ベスト・カップル・シリーズ」のシングルとして、A面は「男はつらいよ」主題歌、B面にはTBSのテレビドラマ「渥美清の泣いてたまるか」(1966年)の主題歌「泣いてたまるか」が収録された両A面シングル・レコード(CW-502 ¥500-)が発売されている。1997年の第49作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」では八代亜紀が歌い、今月公開となる第50作目「男はつらいよ お帰り 寅さん」では、2016年にカバーしている(『THE ROOTS 〜偉大なる歌謡曲に感謝〜』収録)サザンオールスターズの桑田佳祐が歌っている。ほかにも、中村美律子、沢知恵、五木ひろし、鳥羽一郎、三山ひろし、玉置浩二らにもカバーされている。
この時期になると「寅さん」を思い出します…。
映画『男はつらいよ』は、毎年、だいたい8月と12月に公開されていましたから、「お正月映画」のイメージも強いのでしょう。今月の27日からは、シリーズ50作目、22年ぶりの新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開されるそうです。
映画のシリーズ第1作が公開された1969年は、東大安田講堂事件があった年。当時、人気だった東映「ヤクザ映画」とは、全く正反対のカタチで、義理と人情を描いた山田洋次というヒトは、本当にスゴイ人だと思います。「寅さん」は、山田洋次その人なのかもしれませんね…。
みなさん、よくご存知のように、寅さんは、柴又の家に何の前触れもなく帰ってきたかと思えば、毎回、儀式のように「それを言っちゃあ、おしまいよっ!」と、すぐにタコ社長とかと喧嘩になって、また出て行ってしまいます。毎回、登場する「マドンナ」には、フラれるか、自ら黙って身をひき、いずれにしろ必ず失恋することになります。
寅さんは、いろいろと問題はあっても、義理と人情に厚く、優しくて思いやりのあるイイ人です。ただ、不器用で、ちょっと喧嘩っ早くて、世渡りがヘタなだけです。
世の中は公平ではないし、人間は不完全な存在です。イイ人が必ずしも成功したり報われたりするワケではないし、人は誰でも、必ずミスや失敗をするし、間違いも犯します。当たり前のコトですが、実は、ついつい忘れがちなコトでもあります。あたかも、自分が神のような存在、完璧な人間であるかのように、他人を糾弾するヒトもいます。
そういうヒトの多くは、「ジブンは強い人間で、常に正しくて失敗もしないし、ひとりでも生きていける!」と豪語していたりしますが、そんなハズはありません。人は皆、弱い存在であり、何人たりとも、ひとりでは生きていけません。私たちは例外なく、社会の中で、まわりの人との関係性の中で生かされているのです。
人間の真の強さとは、「ジブンの弱さや不完全さを知るコト」から始まるのではないでしょうか…。
失敗ばかりする寅さんのそういう弱い部分は、極めて人間的であり、それが魅力のひとつでもあるのでしょう…。人生いろいろうまくいかないし、失敗もたくさんするけど、「それでも明るく生きていこう」という希望が寅さんにはあります。映画の中の寅さんは、多くの人の気持ちを代弁することになり、そこに、ジブンの日常を無意識に重ね合わせながら見てしまうから、私たちはホロリとさせられてしまうのではないでしょうか。
ちなみに、ワタシは、マドンナの中では樫山文枝が好きでした…。
そんな、同じ失敗ばかりを繰り返す寅さんを熱狂的に愛する国民性であるにも関わらず、多くの欧米の国々とは違い、日本は、失敗や再起、やり直すことに極めて不寛容な社会になってしまっているのは、なぜなのでしょう…不思議です…。
さて、映画『男はつらいよ』の主題歌は、1969年8月公開の映画版第1作の前、1968年10月から1969年3月にかけてフジテレビ系列で放送されたテレビドラマ版から使われていました。
「これぞ日本の流行歌!」と言える、日本人の心の琴線に触れるような作品で、メロディ、歌詞、アレンジ、ボーカルまで全てが完璧で、ホントによくできた曲です。日本人なら、イントロを数秒聴いただけで、もぉ〜100万人くらいは間違いなく泣いているハズです…。
この曲の作詞は、渥美清がよく北島三郎の歌を口ずさんでいたことから、『なみだ船』『兄弟仁義』『函館の女』など北島作品を書いていた星野哲郎になったそうです。寅さんが、絶対に口にすることのない気持ちが書かれた優しい歌詞です。
一方、作曲は、当時、映画やテレビ番組の主題歌等を多く書いており、のちに、1973年から10年間放送されたTBSのテレビ番組『オーケストラがやって来た』の司会者としても知られるようになった山本直純。『こぶたぬきつねこ』『一年生になったら』など意外な曲も書いており、番組主題歌では、スリー・グレイセスが歌っていた『3時のあなた』や『オバケのQ太郎』、さらに、今でも使われている『ミュージックフェア』などが有名です。
ちなみに、1972年に、倍賞千恵子が歌った『さくらのバラード』も山本直純の作曲で、山田洋次監督が自ら作詞をしています(映画の中でも使われていますね)。
余談ですが、山本直純は実に楽しい人で、『交響曲第45番「宿命」』などパロディ作品も多く、『山本直純フォエヴァー 〜歴史的パロディコンサート』というタイトルでCD化もされていますので、ご興味のある方はアマゾンで…。
で、この山本直純によるメロディですが、実は、「ドレミファソラシド」の中から、4番目の「ファ」と、7番目の「シ」を抜いた音階、いわゆる「ヨナ抜き音階」というヤツで出来ています。音楽的に言うと、「ドレミソラド」のペンタトニック・スケール(5音音階)で作られています。コレが、テンション・コードを使った洋楽的なオケのアレンジに乗って、どこか懐かしく、郷愁にかられるような、日本人のコロロをゆさぶる響きになるんですね〜。日本の歌謡曲の真髄です。
驚くべきことに、映画では、毎回、このレコードの音源をそのまま主題歌として使っていたのではなく、毎回、作品ごとに、おそらく録音し直していたと思われます。シリーズの全作品を検証してみたワケではありませんが、明らかにオケの楽器の構成が違っていたりします。
それは、音だけではなく、イントロのセリフ(口上)の違いからもわかりますし、歌詞も、何種類か存在していることからもわかります。
たとえば、レコードの歌い出しは、「♪俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ」ですが、第5作目以降、映画で歌われている「♪どうせ おいらは ヤクザな兄貴」の方が、むしろ「寅さんファン」には馴染みがあるかもしれません。
ほかにも、同じ歌い出しで、「♪どうせ おいらは 底抜けバケツ」(第4作目の1番)てのもありますし、「♪あても無いのに あるよな素振り」(第17作目〜19作目の2番)、「どうせ おいらは ヤクザな男」(第7作目の1番)みたいに微妙な違いのモノもあったりします…。さらに、ほかにも「てにをは」的な細かい違いがあったりもして、わりと自由です…。
ところで、アウトロのセリフ部分「きょうこうばんたん」が、渥美清のオリジナルのレコード・ジャケット(歌詞カード)の表記では、「今日こう万端」とか「恐惶万端」とか書かれていますが、ホントは、「今後もいろいろなことを」の意味の「向後万端(きょうこうばんたん)」が正解かと思われます(「歌ネット」の歌詞の表記は、オリジナルのレコード・ジャケットにあるものに準じています)。
インターネットのあるページの書き込みには、この曲を聴いた、なんと!高校生や大学生が、「本当にいい歌、心があったまる」とか、「聞くだけで感動する」「何度聞いても飽きないし、勇気が湧いてくる」などと書いています。嬉しいですね。そういう若者たちと、ぜひ会って話をしてみたいものです…。
もしかしたら…、日本の未来は明るいのかもしれませんね。
(2019年12月 西山 寧)
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1970年のヒット曲を見る 「歌ネット・タイムマシン」
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