第69回 堀内孝雄「ガキの頃のように」(1988年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

色あせない昭和の名曲
便利でないことが、しあわせだった、あのころ …

週刊・連載コラム「なつ歌詞」

時代を思い出す扉が 歌であってくれればいい … (阿久悠)

第69回 堀内孝雄「ガキの頃のように」(1988年)

俺らしく… そうさ 俺らしく
ここまで 生きて 来たじゃないか ……
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堀内孝雄「ガキの頃のように」

「ガキの頃のように」堀内孝雄 (4:21) Key= D SIDE 2「時を止めて眠るまでは」
作詞:荒木とよひさ、作曲:堀内孝雄、編曲:川村栄二
1988年(昭和63年)5月25日 発売 EP盤 7インチシングルレコード (45rpm、STEREO) 
¥700- DO7C-1501 Pax Musica / POLYSTAR

<3形態 同時発売>
7 inch EP 盤 : DO7C-1501 ¥700-
8cm CD Single : H10C-30002 ¥1,000
Casette Tape : X10C-1503 ¥1,000

テレビ朝日『はぐれ刑事純情派』初代主題歌
第30回日本レコード大賞 作詞賞 受賞曲
1988年(昭和63年)第39回 NHK 紅白歌合戦 歌唱曲
オリコン 週間チャート 最高位 27位


堀内 孝雄 (ほりうち たかお)
 1971年、谷村新司、矢沢透と、伝説のフォークグループ・アリスを結成、『走っておいで恋人よ』でデビュー。10年間に渡る活動の中で谷村新司との絶品のツインボーカルで、また、作曲家としても『冬の稲妻』『遠くで汽笛を聞きながら』『秋止符』などアリスとしての代表曲を残す。 同時に、アリスと平行して1975年以降ソロ活動も始め、1978年『君のひとみは10000ボルト』、1980年『南回帰線』が大ヒット。
 1981年、アリスの活動停止の翌年からソロ活動を開始。 1986年、日本テレビ系の年末ドラマ『白虎隊』の主題歌『愛しき日々』がヒット。1988年には、テレビ朝日系のドラマ『はぐれ刑事純情派』の主題歌『ガキの頃のように』を書き下ろし、同曲で年末のNHK『紅白歌合戦』に初出場する。以後、全18作(18年間)の主題歌を担当し、『恋唄綴り』『影法師』『竹とんぼ』や桂銀淑とのデュエット曲『都会の天使たち』などヒット曲多数。
 2001年、アリスのデビュー30周年を機に、アリスとしての活動を一時的に復活。2009年には、正式にアリスを再始動し、翌2010年にかけて全国ツアーを行う。2013年には、アリスとして26年ぶりとなるオリジナルアルバム『ALICE Ⅺ』をリリース。同年5月から全国47都道府県ツアーを開催し日本武道館を含む全64公演を行う。2019年には、アリスのメンバー全員が70歳となったことで、『70歳の限りなき挑戦』と銘打った全国ツアーを行う。
 また、2014年からは、杉田二郎・ばんばひろふみ・高山厳・因幡晃と「ブラザーズ5」を結成し、シングル3枚、アルバム1枚をリリース、ソロ活動と並行して全国でコンサート活動を行っている。
 これまでに、ソロとして、オリジナル・シングル55枚、オリジナル・アルバム28枚をリリース。ソロとして「NHK 紅白歌合戦」に17回出場し、アリスとしても、2000年の第51回、2005年の第56回、2009年の第60回に出場している。


18年も続いた人気ドラマ『はぐれ刑事純情派』初代主題歌!
河島英五『時代おくれ』『酒と泪と男と女』みたいに、
男が持つ特有のセンチメンタリズムが刺激される!
稀代のメロディメイカー堀内孝雄による、かっこよくて、涙を誘う歌!


 「ヒゲ」と「サンキュ〜ゥ!」がトレードマークの「べーやん」こと堀内孝雄。アリスの解散後、1982年(昭和57年)にソロ活動を開始してからの代表曲と言えば、『愛しき日々』『恋唄綴り』『影法師』『竹とんぼ』『山河』などや、桂銀淑とデュエットした名曲『都会の天使たち』が一般的でしょう。
 
 いずれもイイ曲ですが、ワタシにとっては、藤田まこと主演の刑事ドラマ『はぐれ刑事純情派』の初代主題歌だったこの『ガキの頃のように』が、なんと言ってもナンバーワンです。
 
 『はぐれ刑事純情派』は、1988年(昭和63年)4月の放送開始以来、レギュラーで18年間も放送されていた人気シリーズですが、ドラマの最後に流れる主題歌は、ずっと堀内孝雄の歌声で、堀内孝雄が毎回、新シーズンごとに書き下ろし楽曲を提供し続けました。
 『ガキの頃のように』から始まり、『恋唄綴り』『都会の天使たち』『影法師』『愛が見えますか』『竹とんぼ』『カラスの女房』『ふたりで竜馬をやろうじゃないか』……。
 
 おそらく、番組のプロデューサーがとっても堀内孝雄を気に入っていたからだと思われますが、実に珍しいパターンです。
 
 だって、18年も続けていれば、その良し悪しにかかわらず、「そろそろ他の人がいいんじゃないの〜?」ってな声が、周囲から出てくるものです……。それに、人気ドラマですから、「この曲をぜひ使ってください!」みたいな、タイアップの売り込みも相当あったことは想像に難くありません……。でも、そういう声をはねのけて、一貫して堀内孝雄に依頼し続けた、このプロデューサーは立派です。
 
 さて、アリスが、後楽園球場でのコンサート「アリス・ファイナル」で、解散というか活動停止をしたのが、1981年(昭和56年)11月7日のこと。
 谷村新司は、アリスで活動していた1975年から、すでに、ソロ・アルバムをリリースしたり、1978年には、山口百恵に楽曲提供した『いい日旅立ち』(作詞・作曲:谷村新司)や、1979年の『陽はまた昇る』(作詞・作曲:谷村新司)、1980年には『昴 -すばる-』(作詞・作曲:谷村新司)と、アリスの活動と並行して、ソロ・アーティストとしても、すでにポジションを確立していました。
 
 堀内孝雄も、1978年には、ソロ名義での『君のひとみは10000ボルト』(作詞:谷村新司、作曲:堀内孝雄)や、1979年に、山口百恵に楽曲提供した『愛染橋』(作詞:松本隆、作曲:堀内孝雄)、1980年には、「滝ともはる&堀内孝雄」名義で『南回帰線』が、アリスの活動中に、ソロとしてヒットしていました。
 
 で、谷村新司は、1981年にアリスが活動停止した後も、コンスタントにリリースしたアルバムも好調、1983年の『22歳』や、翌 1984年の小川知子とのデュエット曲『忘れていいの-愛の幕切れ-』などのシングルヒットもありました。
 着実にステップアップしていた谷村新司とは対照的に、アリスの活動停止の翌年からソロ活動を開始した堀内孝雄の方は、3〜4年くらいは、ヒット曲に恵まれませんでした。
 
 実は、そもそも、アリスの活動停止も、堀内孝雄が言い出したコトで、「アリスと並行してソロとしても大成功していた谷村新司へのヤキモチもあった」といったようなコトをのちに語っていますし、おそらく、「オレもやれる!」といったようなキモチもあったのではないかと思われます……。だから、この数年は、相当ツラかったのではないかと想像できます。
 
 そんな不遇とも言える時代を過ごしていた堀内孝雄の転機となったのが1986年。日本テレビ系の年末時代劇ドラマ『白虎隊』の主題歌として『愛しき日々』(作詞:小椋佳、作曲:堀内孝雄)を書き下ろした時でした。

 アリス時代のような、いわゆるニューミュージックとは違いますが、歌謡曲風でありながら、堀内孝雄らしい切なく耳に残るメロディがうけ、オリコンの週刊ランキングでも最高で4位を獲得するヒットとなりました。
 
 ここから、アリスの頃とは明らかに違う、現在にも続く、堀内孝雄のソロとしての新機軸とも言える新たな方向性が生まれたのです。
 
 そして、『ガキの頃のように』で始まった、1988年からの『はぐれ刑事純情派』シリーズ、放送回数 444回、平均視聴率 16.6% という高視聴率の人気ドラマ主題歌を作り続け、歌い続けたことで、数々の曲のヒットも生まれ、「ソロ歌手・堀内孝雄」としてのポジションを確固たるものにしたのです……。
 
 そもそも、堀内孝雄は、日本人の心に響くメロディを書く、トップクラスの優れた作曲家でもあります。
 
 アリス時代は、今でもカラオケでよく歌われている『遠くで汽笛を聞きながら』をはじめ、『冬の稲妻』『ジョニーの子守唄』『秋止符』『夢去りし街角』『君のひとみは10000ボルト』(いずれも作詞は谷村新司)などを作曲していますし、先にも書いた山口百恵の『愛染橋』や、五木ひろしに提供した『山河』(作詞: 小椋佳)、田川寿美に提供した『花になれ‐うめ さくら あやめ あじさい ひがんばな‐』(作詞:阿久悠)、桂銀淑との『都会の天使たち』(作詞: 荒木とよひさ)……など、本当に日本人の心の琴線に触れるようないいメロディを書いています。
 
 あまり有名ではありませんが、アリスの『ページ 99(ページ ナインティーナイン)』(作詞:中村行延)とか、歌詞もイイですし、隠れた名曲だと思っています……。最近だと、2012年のシングル『笑うは薬』(作詞:相田毅、作曲:堀内孝雄)なども、さわやかで泣けるいい曲です。
 
 で、ずっとフシギだったのは、『冬の稲妻』とか『君のひとみは10000ボルト』とか『遠くで汽笛を聞きながら』を書いて歌っていたニューミュージックのヒトが、いつの頃からか、気がつくと、なんだか「演歌・歌謡曲」の歌手のひとりみたいに(演歌は歌ってないけど)なっていたコトです……。
 
 たとえば、オフコースを解散したあとの小田和正とか、キャロルが解散したあとの矢沢永吉が、演歌・歌謡曲を歌ってたらヘンなカンジがするでしょう……? だから、それと同じような気がしていて、なんかヘンな感じがしていました……。
 
 そもそも、大学に入る前くらいから本格的にギターを弾き始め、PPM や ボブ・ディラン、ビートルズなどのコピーをしていた堀内孝雄ですが、実は、そのずっと前、子供の頃、食堂をやっていた実家のラジオから流れていて、よく耳にしていたのは、三橋美智也や井沢八郎の曲だったそうです。
 今でも、心に残る曲は、井沢八郎の『ああ上野駅』で、「今でも、やっぱり泣けてきます……」と言っています。なるほど。
 
 作曲とは、好むと好まざるにかかわらず、その人がそれまで耳にしてきた音楽の積み重ねからのひらめきです。『遠くで汽笛を聞きながら』も『ガキの頃のように』も『山河』も、PPM や ビートルズや、井沢八郎やらが一緒くたに混じって蓄積されている堀内孝雄というヒトの頭の中でひらめいたもの……。

 つまり、アメリカン・フォークやビートルズの流れから、アリスのヒット曲を書いた堀内孝雄でしたが、そこには、子供の頃に聴いた歌謡曲のエッセンスも入っていたのです。
 
 だから、『遠くで汽笛を聞きながら』は、日本人の心の琴線に触れるメロディとして出来上がっているし、ソロになってからの歌謡曲路線も、それらが、より進化したカタチとも言えます。
 
 ちなみに、谷村新司は、作詞も作曲もしますが(歌詞とメロディが同時にできるという天才)、堀内孝雄は、基本的に作曲のみで、作詞はしません。

 アリス時代から、数曲は作詞した曲もありますが、本人も「これまでの長い音楽人生の中でも、4〜5曲しかないですね。どれも名もない作品ばかりです(笑)。僕は、詞が浮かばないんですよ。一節くらい浮かんでも、その先が続かないんですよ。だから、詞を書く人は、天才だと思いますね……」(2010年「歌ネット」のインタビューより)と言っています。
 
 アリスの頃から、100% 詞先(歌詞先行)で、詞が先にないと曲が作れないそうです。これまで、フォーク、ニューミュージック、歌謡曲と、作風が変わってきていることに関しては、「詞の中に、そういうメロディがあるんでしょうね……」とも言っています。
 
 はは〜ん、なるほど。
 たしかに、アリス時代は、ほぼほぼ谷村新司の歌詞で、ソロになって売れてきてからは、荒木とよひさ、阿久悠、松本隆ら、歌謡曲の職業作詞家の歌詞にメロディを付けることも多く、それらの歌詞のイメージからメロディが浮かぶとしたら、たしかに、自然と歌謡曲に近いメロディになっていくかも……。
 
 先にも引用した、2010年の「歌ネット」のインタビューでは、これまでに堀内孝雄がメロディを付けてきた歌詞を書いた作詞家、谷村新司、荒木とよひさ、小椋佳、阿久悠、松本隆の、それぞれの印象を語っていて、ちょっと面白いので、最下部にリンクを付けておきますので、興味のある方はご覧ください……。
 
 当然、堀内孝雄の場合、谷村新司の作詞が多いのはもちろんですが、ソロになってからは、『恋唄綴り』『竹とんぼ』『影法師』『都会の天使たち』、そして、今回の『ガキの頃のように』などを作詞した荒木とよひさが多かったりします。
 
 荒木とよひさは、もはや日本のスタンダードとも言える『四季の歌』(作詞だけでなく作曲も)や、作曲家・三木たかしとのコンビでテレサ・テンに書いた『時の流れに身をまかせ』『つぐない』『別れの予感』『愛人』、前川清『男と女の破片』、高山厳『心凍らせて』、桂銀淑『すずめの涙』、森昌子『哀しみ本線日本海』、晴山さおり『一円玉の旅がらす』、スターダスト☆レビュー『追憶』、ちあきなおみ『役者』、坂本九『心の瞳』……などなど、ヒット曲を数多く書いている作詞家。神野美伽の元ダンナでもあります……、2015年に離婚していますが。
 
 で、その荒木とよひさが書いた歌詞に堀内孝雄がメロディを付けた、今回の『ガキの頃のように』は、『遠くで汽笛を聞きながら』に匹敵するくらいのいいバラードだと思っています。言葉が心に染みて、堀内孝雄の力強い歌声が涙を誘う名曲です。
 
 河島英五の『時代おくれ』とか『酒と泪と男と女』と似たタイプの曲で、どちらかと言えば、女性より男性に好まれる曲ではないかと思います……。メジャー調で、心の琴線に触れるメロディに乗せた言葉が、男特有のセンチメンタリズムを刺激されるというか……。
 
 ドラマの主題歌として書き下ろされた曲なので、当然、安浦刑事を演じた当時50代の藤田まことを意識して書かれた歌詞だと思われますが、そういう中年男性に向けた、大袈裟に言えば応援歌のように聴こえます。
 
 「♪俺らしく ここまで生きて 来たじゃないか」「♪昨日は 昨日 いいじゃないか」「♪泣くんなら 泣いちまえ 涙がかれてしまうまで」は、迷いながら、辛いことも乗り越えながら、何十年も家族のために働いてきてたオトーサンたちに、「間違ってないよ……」「がんばったよ……」「だから、辛い時は泣いたっていいんだよ……」「失敗したって、明日からまた頑張っていこうよ……」と語りかけてくれているようです。泣けてきます……。
 
 ところで、サビで「♪泣く〜なら」ではなく、「♪泣く〜んなら」と、「ん」が入っているのが、最初は気になっていました。メロディ的には「♪泣く〜なら」でもいけますし……。
 でも、なんか、この「ん」が、聴いているうちに、だんだん良くなっていくんですよね〜。なんか、あったか味があるというか、親に言われているような気になるというか……。
 
 考えてみると、たとえば、「そう思うなら」とかは、ちょっと近い関係になると、「そう思うんなら」と「ん」が入ったりしますし、ウチの田舎でも、「泣くんなら、ウチ入れてやらんよ!」と、子供が言われてたりしました……。
 
 想像ですが、そういう距離感とか、『ガキの頃のように』というタイトル通り、親に言われているような感じを演出するために、荒木とよひさがこだわったのではないでしょうか……。
 
 シンプルながら、効果的に歌を盛り上げるアレンジもイイですね〜。編曲は、もともとギタリストだった川村栄二というヒトで、あまり知られていないかもしれませんが、シンプルながら、効果的にメロディを引き立てる、心地よく印象的なアレンジをするヒトです。
 
 『ガキの頃のように』の他にも、堀内孝雄の楽曲を数多く手掛けていて、『愛しき日々』『恋唄綴り』『影法師』『竹とんぼ』『都会の天使たち』、堀内孝雄自身も歌っている五木ひろしの『山河』もそうです。
 
 ほかにも、加藤登紀子『百万本のバラ』、香西かおり『無言坂』、野口五郎『19:00の街』、前川清『男と女の破片』、徳永英明『輝きながら…』、やしきたかじん『やっぱ好きやねん』、坂本冬美『うりずんの頃』、石川さゆり『転がる石』、伊藤麻衣子『微熱かナ』なんかもそうです。
 もともと、ギタリストだっただけあって、『ガキの頃のように』と同じく、ギターが印象的な曲が多い印象ですね〜。
 
 さて、この『ガキの頃のように』が発売された1988年(昭和63年)ですが、ちょうど、レコードからCDへの過渡期で、この曲も、シングルレコード(17cm)、カセットテープ、シングルCD(8cm)の 3形態でリリースされています。ちなみに、写真は、アナログレコードのもの。シングルCDは、今は亡き手の平サイズの 8cmシングル。
 
 ご存知のように、最初 CD は、12cm サイズのモノしかありませんでした。世界で初めて CDソフトが発売されたのが、1982年10月1日、CBS・ソニーとEPIC・ソニー(現・ソニーミュージック)と日本コロムビアからで、日本では、世界初の CDプレイヤー(SONY、DENON、日立)の発売に合わせてのものでした。
 
 洋楽では、ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街(52nd Street)』や フリオ・イグレシアス『イザベラの瞳(De Niña A Mujer)』、クラシックでは、マゼールとウィーン・フィルによる『ベートーヴェン:運命 / シューベルト:未完成』など。
 邦楽では、大滝詠一の『A LONG VACATION』や、シャネルズ『SOUL SHADOWS』など、洋邦あわせて60タイトルほど、もちろん、いずれもアルバムでした(多くは、すでにアナログでもリリースされていたものでしたが)。
 
 ちなみに、ビリー・ジョエルと大滝詠一が、いずれも品番が「1」だったこと(35 DP1、35 DH1)から、その2タイトルが「世界初のCDソフト」と一般的に言われたりしていますが、フリオも(35 8P1)、シャネルズ(35 8H1)も、ウィーン・フィルも(38 DC1)品番は「1」です……。
 
 ほかにも、洋楽で有名なとこだと、ジャーニー『エスケイプ』、ボズ・スキャッグス『ミドル・マン』、マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』、サイモン&ガーファンクル『明日に架ける橋』、TOTO『TOTO IV』……、邦楽なら、松田聖子『パイナップル』、五輪真弓『恋人よ』、佐野元春『サムデイ』や、津軽三味線の高橋竹山のアルバムなんかも出ています。
 クラシックはモチロン、ウェザー・リポート、アル・ディ・メオラ、マイルス・デイビス、ハービー・ハンコックトリオなど、ジャズ・フュージョン系も結構出てました。
 
 で、1986年ころには、販売枚数ベースで、CD が LP を追い抜いたのですが、その頃、まだシングルCDは、存在していませんでした。
 
 日本レコード協会の「レコード産業界の歴史」を見ると、どうやら、1987年3月に、東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック)が初めて 8cm のシングルCD を発売しているようですが(何が出たのかは不明)、一般的には、翌 1988年(昭和63年)の2月に、東芝EMI、ワーナー、ビクター、日本コロムビア、ポニーキャニオン、ファンハウスなどから一斉に発売されたのが最初とされています。
 
 それらが、なんだったかって言うと、長渕剛の「乾杯 -NEW RECORDING VERSION-」とか、桑田佳祐の「悲しい気持ち」、小林幸子「雪椿」、中森明菜、森高千里、中原めいこ、尾崎亜美、松任谷由実、後藤久美子、森川由加里、とんねるず……などなど、コチラも、多くは、すでにアナログでもリリースされていたものでしたが。
 
 だから、それまでは、アルバムは CDで出ていても、シングルはアナログレコードかカセットだったんですね〜。どうしてかって言うと、そもそも74分も収録できる 12cm CD をシングルにするっていう発想がなかったから。
 
 で、この『ガキの頃のように』が出る 3ヶ月前に、すでに 8cm シングルが発売されていたのに、なんで、レコードとカセットも出したかと言うと……、それは、8cm CD に対応するプレイヤーが少なかったから。
 
 で、もっと言うと、なんで 8cm サイズで、プラケースのジャケットが短冊スタイルになったのかと言うと、それまで、レコード店がシングルレコードを並べる棚がそのまま使えたから。
 シングルレコードは 7インチ(17cm)で、シングル CD が 8cm なので、シングルレコードの棚に、そのまま2列に並べることができたんですね〜。実際、そうやって並んでましたね〜。覚えてます?
 
 ところで、最近は、アナログレコードの音が見直されてきています。

 なんでも、去年、2020年、アメリカでは、アナログレコードの売り上げが、CD を上回ったそうな……。まあ、もっとも、日本より遥かに配信が一般化しているので、そもそも CD を買うヒトが日本と比べて圧倒的に少ないということもありますけど……。
 
 でも、ポール・マッカートニーみたいな大御所から、史上最年少の18歳で「第62回グラミー賞」で主要4部門を独占したビリー・アイリッシュまで、新譜は、CDとともに アナログレコードでも発売していますし、日本だって、星野源とか、あいみょん とか、若者に人気の J-POP アーティストもアナログレコードをリリースしていたりします……。
 
 では、なぜ、アナログレコードなんでしょう……?

 まず、「CD と レコードと、どっちが音が良いのか?」という問いは、ナンセンスです。なぜなら、「何をもって音が良いと言うのか?」という定義の問題になるからです。
 
 たとえば、「ノイズがない」という点で言うとするならば、それは CD の方が「音が良い」ということになります。
 しかし、「ノイズはあるけど、CD には記録されない倍音も入っている」という点で考えると、アナログレコードが「音が良い」となります……。そのへんは、書き出すと長くなるので、また今度……。
 
 もちろん、CD の方が、圧倒的に取り扱いが便利なので、CD はキライじゃありません。ですが、CD には記録されていない倍音まで感じられる豊かな音質、人間の感情に直接訴えかけてくるかのような、あたたかいアナログの音が、時々、聴きたくなります……。

 よく、「自然界に、直線は無い」と言われるように、デジタルで直線的な CD の音よりも、曲線的でイビツなアナログの音の方が、人間には馴染むような気もします。
 
 実物のレコードすら目にしたことのない、デジタル音源だけで育ってきた「デジタル・ネイティブ」な今の若者でも、アナログレコードの音を聴いた時に、本能的に、そういうことを感じているからではないでしょうか……。
 
 黒電話のダイヤルが重いコトを知っている「デジタル・ネガティブ」なオジサンは、そう思います。
 

(2021年 4月28日 西山 寧)


コラム「なつ歌詞」は、基本的に、隔週 水曜日 更新です(不定休)。
次回、5/12 はお休みさせていただきます。

(時々、遅れたり、勝手に急におやすみしたりもします……。)



堀内孝雄「ガキの頃のように」歌詞を見る(聴く)!


堀内孝雄 歌詞一覧
作詞:荒木とよひさ 歌詞一覧
作曲:堀内孝雄 歌詞一覧


収録CD『堀内孝雄40周年記念ベストセレクション~時の流れに~』UP-FRONT WORKS

配信 mora


堀内孝雄 レコード会社 UP-FRONT WORKS


堀内孝雄 オフィシャルサイト UP-FRONT Agency
アリス オフィシャルサイト UP-FRONT Agency


堀内孝雄 ウィキペディア



堀内孝雄「歌ネット」インタビュー(2010年4月)

谷村新司「歌ネット」インタビュー(2011年8月)

アリス「歌ネット」インタビュー(2013年3月)