第65回 堺正章「さらば恋人」(1971年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

色あせない昭和の名曲
便利でないことが、しあわせだった、あのころ …

週刊・連載コラム「なつ歌詞」

時代を思い出す扉が 歌であってくれればいい … (阿久悠)

第65回 堺正章「さらば恋人」(1971年)

いつも 幸せすぎたのに
気づかない 二人だった ……
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堺正章「さらば恋人」

「さらば恋人」堺正章 (3:17) Key= F B面「気らくに生きよう」(作詞:北山修、作・編曲:筒美京平)
作詞:北山修、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平
1971年(昭和46年)5月1日 EP盤 7インチシングルレコード (45rpm、STEREO) 
¥400- LL-10163-J(J-458-378) COLUMBIA / 日本コロムビア

*オリコン 週間ランキング 最高位 2位
*オリコン 1971年度 年間ランキング 10位
*第13回 日本レコード大賞・大衆賞 受賞曲
*第22回 NHK 紅白歌合戦(1971年)歌唱曲

<セルフカバー>
堺正章 「さらば恋人」(1991年 Ver.)
作詞:北山修、作曲:筒美京平、編曲:矢野立美
1991年7月21日発売 CODA-8887 日本コロムビア


 1946年(昭和21年)東京都生まれ。5歳の時、子役として映画に出演。鎌倉学園在学中で16歳だった1962年、田辺昭知が率いるバンド「ザ・スパイダース」に加入し、その後に加入した井上順とともにボーカルを担当。『夕陽が泣いている』『なんとなくなんとなく』『風が泣いている』『いつまでもどこまでも』『バン・バン・バン』などがヒットし、GS ブームを作った。また、TBS系テレビドラマ『時間ですよ』に出演し人気となる。
 1970年のスパイダース解散後、1971年(昭和46年)5月1日、シングル『さらば恋人』でソロ歌手としてデビュー。この年のオリコンで年間10位となるヒットを記録し、「日本レコード大賞」では大衆賞を受賞し、年末には「NHK紅白歌合戦」にも初出場。その後、『時間ですよ』の劇中歌『涙から明日へ』『街の灯り』などがヒット。「NHK紅白歌合戦」には、初出場から1976年(昭和51年)まで6年連続出場。
 歌手のほかに、俳優、司会、コメディアンと、マルチなエンターテイナーとして活動しており、『西遊記』『西遊記II』では主役の孫悟空役、『NTV 紅白歌のベストテン』の白組キャプテン、歌番組『ザ・トップテン』の司会、『新春かくし芸大会』や『チューボーですよ!』などへの出演、最近では『THEカラオケ★バトル』で知られている。


聴くと、知らぬ間に口ずさんでしまっている……
筒美京平によって緻密に作られた『ザ・昭和歌謡曲』!
みんな歌謡曲が好きだった時代の、完璧な芸術的作品!


 前回、奥村チヨ『終着駅』と同じ年、1971年に発売された、堺正章のソロデビューシングル『さらば恋人』……、リクエストの多い筒美京平による作品です。

 筒美京平が、昨年、2020年10月7日に亡くなってから、追悼特集的なテレビ番組をよく見ますが、おそらく、本人のインタビュー映像を持っているのは、NHK と フジテレビだけだと思われます……。

 裏方に徹して、メディアに出ることを嫌った筒美京平がテレビでの取材を受けたのは、ワタシの知る限り、2005年の BSフジ『HIT SONG MAKERS 栄光のJ-POP伝説』と、2011年の NHK BSプレミアム『希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平』だけかと思います。
 フジの方は、DVD化され『HIT SONG MAKERS 栄光のJ-POP伝説 [DVDエディション]』として 2006年に発売されていますが、現在は入手できません……。

 そんな中、今週、2月21日の日曜日、BSフジで、筒美京平の貴重なインタビュー映像も入った『HIT SONG MAKERS〜栄光のJ-POP伝説 〜2020年追悼スペシャル「消えゆく昭和の音楽の星たち」』が放送されます。2005年のインタビュー素材も使われるようなので、とっても貴重な映像を見ることができます。

 さて、筒美京平と言えば、このコラムでも、『また逢う日まで』『木綿のハンカチーフ』『よろしく哀愁』『青いリンゴ』『野性の風』と、すでに5曲も書いていますし、ほかにも、『ブルー・ライト・ヨコハマ』(いしだあゆみ)、『わたしの彼は左きき』(麻丘めぐみ)、『ロマンス』(岩崎宏美)、『男の子女の子』(郷ひろみ)、『たそがれマイ・ラブ』(大橋純子)、『仮面舞踏会』(少年隊)、『卒業』(斉藤由貴)……などなど、「筒美京平が作った歌を聴いたコトのない人なんていないんじゃね?」ってくらい大ヒット曲がいっぱいあります……。

 なにしろ、歴代作曲家シングル総売上が1位、手掛けた作品は3千曲以上と言われといて、JASRAC に登録されている曲数だけでも 2700曲以上もありますから。

 たとえば、『さらば恋人』が発売された1971年のオリコン年間チャートを見てみると、50位以内に 筒美京平 作品が 5曲も入っています。
 3位に尾崎紀世彦『また逢う日まで』、10位に『さらば恋人』、11位に南沙織の『17才』、23位に朝丘雪路の『雨がやんだら』、37位に平山三紀『真夏の出来事』……。ちなみに、この年の年間1位は、小柳ルミ子のデビュー曲『わたしの城下町』(作曲:平尾昌晃)です……。

 誰も聞いてくれないので言いますが、ワタシが、筒美京平 作品で一番好きな曲が、この『さらば恋人』です……。聴いても歌ってもイイ曲です……。
 で、筒美京平も、あるインタビューで「自身が選ぶベスト3」として、『さらば恋人』『また逢う日まで』『木綿のハンカチーフ』の3曲をあげていたりもします……。

 さて、この年、1971年は、100万枚を超えるとも言われるセールスを記録し、この年の「日本レコード大賞」大賞受賞曲にもなった尾崎紀世彦の『また逢う日まで』(作詞:阿久悠、作編曲:筒美京平)が 3月に発売されています。
 4月には、デビュー・シングルながらオリコンチャートで通算12週にわたって週間1位となり、年間シングルチャートでも第1位となった、小柳ルミ子 の『わたしの城下町』(作詞:安井かずみ、作曲:平尾昌晃)が発売されています……。
 で、3月、4月と連続して大ヒット曲が発売された翌月の5月1日に、『さらば恋人』は発売されました。なので、『わたしの城下町』に阻まれ、オリコン週間1位には届かず、週間最高位は2位……。

 とは言え、『さらば恋人』は、オリコン週間最高位2位で、4週連続2位、8週連続TOP10入りし、年間チャートでは10位にランクイン、「レコ大」では大衆賞を受賞、同年末の「第22回 NHK 紅白歌合戦」に初出場し歌われています。

 にも関わらず、ワタシの印象では、筒美京平 作品の中では、取り上げられる回数も少なく、なんとな〜く影が薄いような気がしています……あくまで個人の感想ですケド……。

 『さらば恋人』は、同じ頃に書かれ、録音されたと思われる『また逢う日まで』と同じく、筒美京平が自ら編曲も担当しています。

 歌手の歌声、歌詞、メロディとともに、編曲(アレンジ)も、歌謡曲がヒットするための重要な要素です。何もないところから生み出す作曲という作業は、それはそれでタイヘンなことではありますけど、メロディの譜面1枚が出来れば、作曲家の仕事はおわりです。

 しかーし、編曲という作業は、出来上がったメロディを、どういう楽器を使って、どういうサウンドにするかを決め、最終的にカラオケを録音できるように作り上げる作業です。もちろん、イントロのフレーズや間奏、アウトロなども作らなければいけません……。
 だから、編曲というと、作曲よりもラクなように思えますが、作業量としては、とても膨大ですし、サウンドを決めるという意味では責任重大です……。

 『また逢う日まで』も『さらば恋人』も、筒美京平が編曲も担当しているということは、メロディを作る際に、すでに、全体のサウンドを明確にイメージしていたのだと思われます……。

 イントロも、『また逢う日まで』は、「♪チャッチャ チャラ〜ララ ドン!」のフロアタムが有名ですし、『さらば恋人』は、「♪ドン ド ドン〜」のティンパニが印象的で、どちらも打楽器を効果的に使っているという点で、な〜んとなく似ていたりもします……。
 『また逢う日まで』の歌中で競うか的に使われているピアノのフレーズも、『さらば恋人』では、バイブがその役を担っているようにも感じますし……。

 そいで、毎回、見事なのが、歌を効果的に盛り上げるストリングスのアレンジです。『さらば恋人』のイントロのフレーズもいいですが、2コーラス後、サビのリフレイン前の間奏が、感動的な盛り上がりを作っていたりします……。

 もちろん、主役のメロディの方も、よく出来ています。
 まず、日本のヒット曲に多い、「ドレミファソラシド」からファとシを抜いた、「ドレミソラド」の5音のペンタトニックでメロディが出来ています。
 で、最初の Aメロは、8分音符で細かくリズミックに動いていて、一方、サビは、長い音符を使ってメロディックになっていて、その対比が見事です。
 やや専門的なハナシになりますが、コードも、Aメロの出だしは、トニック(I)ではなく、サブドミナント(IIm7)から入っていますし、サビもサブドミナント(IV)から入っています……。そんなところに、歌謡曲ながら、それまでの流行歌とは違い、洋楽的でポップス的な要素が入っていると言えます……。
 ちなみに、『また逢う日まで』は、Aメロもサビも、トニック(I)から始まります。

 ところで、『さらば恋人』は、アルバート・ハモンド(Albert Hammond)の『カリフォルニアの青い空』(It Never Rains In Southern California)と似ているとよく言われています。
 たしかに、冒頭のコード進行とか、メロディのリズムの感じは似ていますが、実は、『カリフォルニアの青い空』は、1972年10月21日の発売で、『さらば恋人』の方が 1年半くらい早かったりします……。

 そもそも、職業作曲家に対して「パクリだ」とか言うことは、あまりにも低俗で失礼だと思います。もちろん、盗作はいけませんが、職業作家がそんなことはしません。

 それに、桑田佳祐の回でも書きましたが、音楽というものは、そもそも、カバーやコピーすることから始めるワケですし、それまで聴いてきた音楽の積み重ねから、新しいメロディが閃いたりするものです。だから、偶然、似てしまうということは起こります。

 だから、「パクリ」だとか言うのは、全くナンセンスですし、たとえ、何かと似ていたとしても、その曲が良ければそれでいいのです……。

 ところで、余談ですが、『カリフォルニアの青い空』は、南沙織がカバーして、1973年に8枚目のシングルとして発売されています。この曲の編曲は、キャンディーズでも知られる作曲家の穂口雄右ですが、カップリングの『雨に消えた初恋』(カウシルズ)は、筒美京平が編曲しています……。

 で、南沙織と言えば、デビュー曲の『17才』(作詞:有馬三恵子)も筒美京平の作曲で、これもまた『さらば恋人』と同じ1971年、それも、『さらば恋人』のちょうど1ヶ月後の6月1日の発売だったりします……。

 ちなみに、1971年という年には、南沙織、小柳ルミ子に加え、10月1日『水色の恋』(作詞:田上えり、作曲:田上みどり)でデビューしていて、この時代の「三人娘」と言われました。

 ほかにも、「ザ・タイガース」が解散して、沢田研二が11月にシングル「君をのせて」でソロデビューしたりした年でもあり、「シカゴ」「レッド・ツェッペリン」「グランド・ファンク・レイルロード」「ピンク・フロイド」とかが、続々と初来日公演を行った年でもありました……。閑話休題。

 そして、なんと言っても、『さらば恋人』は、堺正章の歌唱も見事です!

 マチャアキと言えば、もちろん、井上順とともに「ザ・スパイダース」のボーカルだったワケで、「ザ・スパイダース」の解散後も、ソロ歌手として、この『さらば恋人』とか『街の灯り』(作詞:阿久悠、作曲:浜圭介)、『涙から明日へ』(作詞:小谷夏、作曲:山下毅雄)なんかがありますが……、でも、どちらかと言えば、『時間ですよ』で松の湯の健ちゃんとか、『西遊記』の孫悟空、『新春かくし芸大会』でスゴイことをやるヒト、『NTV 紅白歌のベストテン』の白組キャプテンや『ザ・トップテン』の司会、『チューボーですよ!』の巨匠、『THEカラオケ★バトル』の司会とか……、今となっては、歌手というより、そんなイメージの方が強くなっています……。

 まあ、本人も、歌手より、そういうマルチ・エンターテイナーといったような活動を中心にやってきましたから仕方ないですが、でも、マチャアキの歌は、実にイイです。

 独特の金管楽器のような声の響きが耳に残りますし、明るくクリアな発音で、言葉がよく伝わります。
 また、サビのパワフルで伸びやかなカンジもイイですが、Aメロのハネるような歌い方、「♪さよならとぉ〜」を「♪さよっ なぁ〜らっ とぉ〜」とハネ気味に歌うリズムセンスも抜群です……。
 全体的に、ファンクやソウル・ミュージックのようなグル〜ブを感じるのに、どこか日本的な歌唱でもあり、そんなトコも魅力なのでしょう……。

 で、作詞の方は、加藤和彦らとともに結成した「ザ・フォーク・クルセイダーズ」のもとメンバーで、『帰って来たヨッパライ』『悲しくてやりきれない』『風』『白い色は恋人の色』『戦争を知らない子供たち』『あの素晴しい愛をもう一度』『花嫁』『などを作詞した北山 修。

 『さらば恋人』の作詞が、なぜ、職業作詞家ではないフォーク・グループ出身の北山 修になったのかは知りませんが、同年1月発売の『花嫁』(はしだのりひことクライマックス)、2月発売の『戦争を知らない子供たち』、4月発売の『あの素晴しい愛をもう一度』(加藤和彦・北山修)など、北山 修が作詞した曲がヒットしていたため、おそらく、ディレクターとか制作サイドの意向だったのかと思われます……。

 ところで、北山 修 は、もともと京都府立医科大学医学部に通っていた医学生で、この年、1971年に音楽活動をやめて学業に戻り、翌1972年に大学を卒業し、札幌医科大学で内科研修生になっています。
 その後、イギリス留学をするなどし、博士号も取得。臨床精神医学、精神分析学など精神医学の分野で活躍し、1980年には、北山医院(現:南青山心理相談室)を開業しています(現在は顧問)。さらに、九州大学、白鴎大学、国際基督教大学で教鞭をとり、わかりやすい心理学、精神分析系の著書も多数あり、だから、ミュージシャンで、作詞家でもあるのですが、同時に、医学博士で精神科の臨床医師で精神分析家、大学教授で著述家……という、かなり珍しい人物です。

 でも……『帰って来たヨッパライ』を書ける精神科医って、なんかイイですよね。

 で、1987年には、映画初出演をきっかけに音楽業界に復帰し、「きたやまおさむ」名義で、ラジオ番組出演など芸能活動も再開していています。
 2019年には、自らの歌と人生を題材に、日本人の生き方を問う著作『良い加減に生きる 歌いながら考える深層心理』を出版。その本に連動して、北山修が作詞を手掛けた数々の名曲をコンパイルした CD『「良い加減に生きる」きたやまおさむ自選集』も発売されています。

 ちなみに、『さらば恋人』のカップリング曲『気らくに生きよう』も筒美京平と北山修の作品ですが、この1971年、今から約50年前の曲名と、2019年のアルバムタイトル『良い加減に生きる』からは、北山修の人柄というか、なにか感じるものがあります……。

 さて、『さらば恋人』の歌詞ですが、Aメロ と、サビをはさんだ Aダッシュ の部分は、主人公が一人称で語っていますが、たった 2行しかないサビでは、「いつも 幸せすぎたのに 気づかない 二人だった」と、第三者の目線で俯瞰的に、そして普遍的なキラ〜フレ〜ズとも言えるような言葉が乗せられています。

 そして、このサビの「いつも 幸せすぎたのに 気づかない 二人だった…」と、「悪いのは 僕のほうさ 君じゃない…」が耳に残って、グッとくる部分です……。
 人間とは愚かなもので、いつでも失ってから、その大切さに気が付くものです……。

 人は、たとえそれが望んでいない、どちらかと言えばイヤな環境に置かれたとしても、思いのほか、すぐに、その環境に慣れてしまうものです……。「こんな生活はイヤだ!」と思っていたとしても、意外と、人間て、どんな環境にもすぐに適応してしまうものです……。

 それは、人間がもともと持っている自己防衛の本能だと思いますが、「慣れ」というは、またそれはそれで危険なものだったりします……。

 親子とか夫婦とか恋人とか、どんなに近い人間関係だとしても、「自分とは違う人」という意味で、他人は他人です。なのに、人は、ついつい、関係の近い人に対しては、無意識に、自分と同じ発想を求めてしまっていたりします……。つまり、自分が思っているような反応を相手がしないと、ムカついたり、イライラしたりするのです……。

 あらゆる人間関係は、異文化交流です。ジブンと同じ人間は、ひとりも存在しません。

 ということは、どんなに近い関係のヒトだとしても、「この人は他人で、ジブンとは全く違う考え方をする人」という認識を常に持っていないと、うまくいかなくなります。他人を理解するということは、自分との違いをはっきり認識すること、その違いを認めることだからです。

 よく、国際結婚が意外にもうまくいくというのは、そもそも違いが明らかなので、その前提を、お互いがはっきり認識しているからかもしれませんね……。

 この『さらば恋人』の中の「僕と君」がどうだったかはわかりませんが、そんなことも感じます……、流行っていた当時は、なんとも思っていませんでしたけど。

 いずれにしろ、『さらば恋人』は、耳にした時に、ちゃんと言葉がひっかかって聴こえてくるように出来ています。

 歌詞とメロディ、それぞれが単体でイイものだったとしても、必ずしも名曲になるとは限りません……。歌詞とメロディのマッチングが大事です。
 「歌詞だけ読んでみると、なんだかよくわかんないけど、メロディに乗った歌として聴くと感動するんだよね〜」って曲は、いっぱいあります。それこそ、歌詞とメロディのマッチングの妙で、ヒットの条件のひとつだったりします……。

 そういう曲は、聴くと、その後、知らず知らずのうちに口ずさんでしまっているものです……。それこそ、昭和歌謡曲の真髄ではないでしょうか……。

(2021年 2月 17日 西山 寧)


コラム「なつ歌詞」は、隔週 水曜日 更新です。



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