第62回 河合奈保子「デビュー 〜Fly Me To Love」(1985年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

色あせない昭和の名曲
便利でないことが、しあわせだった、あのころ …

週刊・連載コラム「なつ歌詞」

時代を思い出す扉が 歌であってくれればいい … (阿久悠)

第62回 河合奈保子「デビュー〜Fly Me To Love」(1985年)

Fly me to love
珊瑚礁まで 波の銀河を滑り
Fly me to you
燃える想いが 南の島へ飛ぶわ ……
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河合奈保子「デビュー 〜Fly Me To Love」

「デビュー 〜Fly Me To Love」河合奈保子 (3:59) Key=Bb
作詞:売野雅勇、作曲:林哲司、編曲:鷺巣詩郎
片面「MANHATTAN JOKE」(東宝洋画系アニメーション映画「ルパン三世・バビロンの黄金伝説」主題歌)
1985年(昭和60年)6月12日発売 EP盤 7インチシングルレコード (45rpm、STEREO)
¥700- AH-601 NIPPON COLUMBIA / 日本コロムビア

第27回 日本レコード大賞 金賞 受賞曲
オリコン 週間 最高位 1位
オリコン 1985年度 年間 76位


 歌手・河合奈保子の21枚目となる2曲入り両A面シングル。自身初となるオリコン週間1位を獲得し、その年の「第27回日本レコード大賞」で金賞受賞、「第36回NHK紅白歌合戦」歌唱曲。
 芸映プロが自社の看板スターである西城秀樹の名を冠して主催した新人発掘コンテスト「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」に応募したことがきっかけで、西城秀樹の妹分として、1980年6月1日にシングル「大きな森の小さなお家」でアイドル歌手として日本コロムビアからデビュー。同年8月発売の2ndシングル「ヤング・ボーイ」で、その年の「第22回日本レコード大賞」新人賞など数々の新人賞を受賞。翌1981年に発売された5枚目のシングル「スマイル・フォー・ミー」がオリコン週間4位となるヒットとなり、「NHK 紅白歌合戦」に初出場。その後、「夏のヒロイン」「ラブレター」、竹内まりやによる提供曲「けんかをやめて」「Invitation」、筒美京平が作曲した「エスカレーション」などがヒット。
 1986年10月発売の13枚目のオリジナルアルバム「Scarlet」からは、全作曲を河合奈保子自身が担当し、シンガーソングライターとして活動。同年11月発売の26枚目のシングル「ハーフムーン・セレナーデ」以降のシングル、「十六夜物語」「想い出のコニーズ・アイランド」「悲しい人」「悲しみのアニバァサリー」なども全て自身が作曲。
 1996年2月に結婚し、翌1997年の第一子出産を契機に芸能活動を停止する。


意外にも、初めてオリコン週間1位になった曲!
林哲司 作曲の『悲しみがとまらない』に似たシティポップ風の名曲!
アイドル歌手から、シンガーソングライターになった転換期の歌!


 今では、欲しい CD があれば、アマゾンでネット注文するだけで、ウチに届いてしまいます……。「今スグ欲しい!」と思ったら、ダウンロードのワンクリックで手に入ります。なんとも便利になったものです。

 昔なら、欲しい LP レコードなんかは、発売日前に電器屋を兼ねたレコード店に予約しに行って、発売日を楽しみに待って、当日は、またレコード店に行って、特典のポスターなんかもらって帰る道すがらが楽しかったものです……。
 で、ウチに帰って、レコードを袋(スリーブ)から出して、ターンテーブルにのせて、そぉ〜っと針を下ろす瞬間まで、ず〜っと、ワクワクしていたものです……。その一連の行為そのものが、エンターテインメントだったようにも思います……。

 そのうち、レコードは CD になり、今では、ストリーミングで聴き放題……。デジタルネイティブの若者たちの中には、CDすら買ったことのないヒトも少なくないのではないでしょうか……。
 というか、そういう世代にとっては、もはや、音楽は、YouTube やストリーミングで聴くもので、おカネを払って買うものではないと思っていたり……。

 技術の驚くべき進歩とともに、いろんなモノがデジタル化され、安くて、手軽で、便利にはなりました。ものすごくマイナーな CD なんかも、簡単に探せて手に入れるコトができるようにもなりました……。

 しか〜し! なんだか、それと同時に、音楽の価値が下がってしまったようにも感じてしまいます……。音楽を聴くコトは、昔は、もっと高級な楽しみだったような気がするのです……。

 もちろん、娯楽が少なかった昔と比べて、今は、エンターテインメントのバリエーションが劇的に増えたというコトもありますし、デジタルという技術の進歩もあり、時代とともに、音楽の楽しみ方そのものが変わったとも言えます……。

 でもぉ〜、な〜んか、ちょっとダマされているような気もするんだな〜……。

 あらゆるコトが便利になって、劇的に効率が良くなって……、その結果、昔からは考えられないくらい忙しくなっちゃってるような気も……。

 昔は、LP 1枚を買うにも時間や手間がかかったし、聴くのも今と比べてメンド〜ですが、でも、そういう、一見、無駄にも思える時間が、実は、とっても豊かな時間だったように思うのです……。最近、田舎暮らしが流行っているのも、本能的に、そういうことを求めてのことではないでしょうか……。

 本屋に行ったり、八百屋とお肉屋とタバコ屋を回らなければいけなかったり、図書館に調べものに行ったり、知らない町で道に迷ったり、給料袋をもらったり………、そういうコトをしなくてもよくなりましたが……、でも、必ずしも、便利なことが幸せとは限りません……。

 で、今回の曲が発売された1985年(昭和60年)は、ちょうど、レコードから、1982年(昭和57年)10月1日に初めて発売された CD に移行していく、いわば過渡期ころの発売。レコードとカセットと CD と 3形態でリリースされたりするものもあれば、「CD のみ」とか、まだ「カセットのみ」なんてのもありました。
 だいたい、1988年(昭和63年)ころに、CD の売り上げが レコードを追い抜き、昭和から平成に変わる1989年(昭和64年/平成元年)から1990年ころには、CD が主流になっていましたね。

 実は、今回、河合奈保子を書くに当たって、初のビッグヒットとなり、紅白初出場を果たした 5枚目のシングル『スマイル・フォー・ミー』にするか……、竹内まりやが提供した10枚目のシングル、河合奈保子として初のバラード曲の『けんかをやめて』にするか……、はたまた、この21枚目のシングル『デビュー〜Fly Me To Love』にするか……、正直、かな〜り迷いました……。

 ほかにも、9枚目のシングル『夏のヒロイン』とか、『けんかをやめて』に続く竹内まりや作品の『Invitation』とかもイイですし、河合奈保子として最も売れた13枚目のシングル、初めて筒美京平と組んだ『エスカレーション』とか……、イイ曲がたくさんあります……。

 で、ファンの方を除けば、おそらくこの 3曲の中では、この『デビュー〜Fly Me To Love』が、最もピンと来ない曲ではないかと思いますが、実は、この『デビュー〜Fly Me To Love』が、河合奈保子のシングル 21枚目にして、初のオリコン週間1位を獲得した曲なんです。

 しかし、トータルのセールスで見ると、1位が『エスカレーション』、2位『スマイル・フォー・ミー』、3位『夏のヒロイン』、4位『けんかをやめて』、5位『ラブレター』……といった具合で、『デビュー〜Fly Me To Love』は10位にも入りません……。
 でも、きっと、多くのヒトが耳にしていたハズ……、聴けば思い出すヒトもいるかと思われます……。イイ曲なので、「たまらなく好き!」というヒトも、少なくないのではないでしょうか……。

 さて、この『デビュー〜Fly Me To Love』は、『スマイル・フォー・ミー』や『エスカレーション』など、いわゆるアイドル歌謡曲といった曲とは全く違う雰囲気で、杏里の『悲しみがとまらない』(1983年)に似た、実に爽快な、いわゆる、今で言う「シティ・ポップ」サウンドの曲です。
 コード進行も、ブラスやコーラスの入り方、ギターのシングルノートのカッティングなど、『悲しみがとまらない』によく似ています。今剛が弾いているっぽいギターソロも、それっぽい雰囲気だったり。

 それもそのハズ、作曲は、『悲しみがとまらない』を作曲した林哲司というヒト……。とは言え、似て非なるモノで、しかも良い曲を作れるという才能はスゴイです。

 林哲司は、1970年代には、竹内まりや『SEPTEMBER』(作詞:松本隆)や、最近、海外でも人気だという「シティ・ポップ」の代表曲、松原みき『真夜中のドア〜Stay With Me』(作詞:三浦徳子)などを作曲したヒト。
 1980年代には、作詞家の康珍化(かん ちんふぁ)と組んで、杏里の『悲しみがとまらない』、杉山清貴&オメガトライブの一連のヒット曲『SUMMER SUSPICION』『ASPHALT LADY』『君のハートはマリンブルー』『ふたりの夏物語』などや、菊池桃子『もう逢えないかもしれない』『卒業-GRADUATION-』(コレは、作詞:秋元康)、上田正樹『悲しい色やね』などなど、洋楽、AOR風のポップスを得意としているヒット・メーカーです。

 余談ですが、林哲司は、20歳のころ、ヤマハがやっていた伝説的な音楽スクール「合歓(ネム)音楽院」の作曲・編曲コースに入っているのですが、そこには、のちに、作曲家の筒美京平が絶大な信頼を寄せることになる編曲家の萩田光雄、船山基紀もいたそうです……(大村雅朗もいた)。
 ちなみに、筒美京平は、作曲家としての林哲司をとても評価していて、作詞家の売野雅勇が筒美京平に、「後継ぎは?」って聞いたら「哲ちゃん(林哲司)かな」と答えたそうです……。そんなマニアックなコトはともかく……。

 さて、河合奈保子と言えば、漫画「ドラえもん」にも「河合伊奈子」として出てきます(18巻「ガールフレンドカタログ」)。もっとも、沢田五郎とか、郷ヒデキ、ももぐちやまえ、田原聖子、丸師丸広子、松木伊代 伊藤つばさ……なんかも登場しますが……。

 そんなコトはともかく、河合奈保子は、当時のアイドル歌手の中では、傑出した歌唱力を持っていました。ピッチが極めて正確で抜群の安定感、母音の響きが明るくて……、何より声のよさが魅力でしょう。ちょっとハナにかかっている甘い声なのに、とっても伸びやか。そのキャラクターどおり、歌も「清純派」で、溌剌としてキチンとしたカンジがしました。

 ところで、河合奈保子が、ヒデキの妹分として『大きな森の小さなお家』でデビューしたのは、1980年(昭和55年)6月1日で、その年の10月に百恵ちゃんが引退しています。

 この年には、2月に岩崎良美が『赤と黒で』、4月に松田聖子が『裸足の季節』で、同じ6月1日には、柏原よしえ(現・芳恵)が『No.1』で、同じく6月に、甲斐智枝美が『スタア』で、浜田朱里が『さよなら好き』で、9月には、今や国会議員の三原順子(現・じゅん子)が『セクシー・ナイト』で、それぞれデビューしていて、みんな「ポスト百恵」のポジションを狙っていました。
 ちなみに、田原俊彦、近藤真彦、佐野元春、HOUND DOG、山下久美子、EPO、三門忠司、松村和子らも、この年にデビューしています。

 この年の年末の「日本レコード大賞」では、新人賞には、河合奈保子、松田聖子、岩崎良美、松村和子の4人が選ばれ、最優秀新人賞が田原俊彦。ちなみに大賞は、八代亜紀『雨の慕情』……。

 で、この年デビューした、河合奈保子、松田聖子、柏原よしえらのアイドル歌手が、その後「80年組」と呼ばれた中、1982年には「82年組」アイドルとして、中森明菜、小泉今日子、石川秀美、松本伊代、堀ちえみ、早見優、シブがき隊らが相次いでデビュー……。

 さらに、今回の『デビュー〜Fly Me To Love』がリリースされた1985年(昭和60年)には、本田美奈子、中山美穂、森川美穂、南野陽子、森口博子、斉藤由貴、大西結花、芳本美代子、浅香唯、石野陽子、松本典子、おニャン子クラブらが続々デビュー……。

 そんな、アイドル戦国時代の中、同期の松田聖子が国民的スターになり、後輩の小泉今日子や中森明菜らが追い上げ、後から見れば、聖子や明菜が、50万枚以上のヒットシングルが10枚以上あるのに対して、河合奈保子の最も売れたシングル『エスカレーション』でも約35万枚と、その知名度に対して、セールス的には、やや見劣りがしてしまいます……残念。
 だから、「河合奈保子」の名前は知ってても、曲までは思い出せない人が多いのではないでしょうか……。

 なんでだ! 歌声も歌唱も抜群だし、楽曲もいい……、キュートな八重歯に、爽やかな笑顔、健康的なスタイル、どこにでもいそうで、実はいないカンジ……と、清純派アイドルとして、河合奈保子は極めて正統派でした。

 しかし、その、あまりにも素直で、さわやかすぎる、正統派すぎるところが良さでもあるのですが、それこそが諸刃の剣で、当時としては、インパクトに欠けたのかもしれません……。

 正統派だった松田聖子も、初期は「ぶりっコ」と呼ばれたり、中森明菜は、どこか影のあるダークな部分があったりしましたから……。

 で、この河合奈保子『デビュー〜Fly Me To Love』が発売された同じ年に、他の二人は何を歌っていたかと言うと、松田聖子は、5月に尾崎亜美の提供曲『ボーイの季節』をリリースしていて、オリコン週間1位、年間19位。6月には、神田正輝と「聖輝の結婚」。

 一方、中森明菜は、3月に『ミ・アモーレ』をリリースしていて、オリコン年間2位、その年のレコード大賞で大賞曲にもなってます……。

 でも、『デビュー〜Fly Me To Love』だって、レコード大賞で金賞を受賞しています!

 ちなみに、松田聖子のデビュー曲『裸足の季節』(作曲:小田裕一郎)も、河合奈保子のデビュー曲『大きな森の小さなお家』(作曲:馬飼野康二)も、作詞は同じ三浦徳子だったりします……。

 さらに、松田聖子が、1982年リリースの8枚目のシングル『赤いスイートピー』をユーミンが作曲しているのに対し、河合奈保子は、同じく1982年リリースの10枚目のシングル『けんかをやめて』が、竹内まりやの提供曲だったりするのも面白いところです。

 で、その『けんかをやめて』をピアノで弾き語りするシーンをテレビで見たコトのある方も少なくないかと思いますが、河合奈保子は、デビューの時から譜面が読めて、ピアノが弾けて、実は、もともと、本格派のアーティストを志向していたようです。

 『デビュー〜Fly Me To Love』の前年の1984年には、『DAYDREAM COAST』というアルバムを LA で録音していて、そこには、David Foster (key, vo)、Jeff Porcaro (ds) 、Mike Porcaro (b)、Nathan East (b)、Paul Jackson Jr. (g)、Michael Landau (g)、Peter Cetera (vo)、Bill Champlin (cho)、Ralph Johnson (perc, cho)、Jerry Hey (tp)ら、TOTO とか AIRPLAY とか AOR が大好きなヒトなら失神しそうな超一流ミュージシャンたちが、多数起用されています。

 さらに、1989年にも、海外録音第2弾としてアルバム『9 1/2 NINE HALF』をリリース。こちらも、David Foster、Tom Keane、Richard Marx、Michael Landau らが作家陣として参加していたりします。

 で、『デビュー〜Fly Me To Love』の翌年、1986年くらいから、河合奈保子は自作曲を作りはじめ、アイドル歌手からシンガーソングライターへと変わっていきます。

 1986年10月発売の13枚目のオリジナルアルバム『Scarlet』は、収録全曲の作曲を河合奈保子が担当していますし、11月発売の26枚目のシングル『ハーフムーン・セレナーデ』以降は、シングルも、ほぼ自身で作曲した曲ばかりです。

 『ハーフムーン・セレナーデ』『十六夜物語』、竹内まりやの得意な3連の曲を思い出させるような『想い出のコニーズ・アイランド』や『悲しい人』、バラード『悲しみのアニバァサリー』など、どれも、決してハデなカンジではありませんが、河合奈保子が作曲した曲には、やさしいメロディの秀作が多いと思います。

 『デビュー〜Fly Me To Love』は、それまでの「アイドル然」とした楽曲ではなく、16ビートのシティ・ポップ。もはや、アイドル歌手ではなく、本格派のシンガーに変わろうとしているような気がしました。
また、デビュー5年目にして、念願ののオリコン週間1位も獲得したことで、「アイドル歌手」から「シンガー」、そして「シンガーソングライター」へと変わっていく、そんな転換期となったのが、この『デビュー〜Fly Me To Love』だったように思います……。

 ところで……、高校生は2人に1人がキャッシュレス決済利用者だそうですが、音楽が、カタチのない所有感覚のないものになってしまったように、そのうち、おカネもなくなってしまうんでしょうかね……。

(2020年12月23日 西山 寧)


コラム「なつ歌詞」は、隔週 水曜日 更新です。



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河合奈保子 歌詞一覧
作詞:売野雅勇 歌詞一覧
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収録CD「私が好きな河合奈保子」日本コロムビア

河合奈保子 配信 mora


河合奈保子 日本コロムビア


河合奈保子 ウィキペディア


2020/12/23 発売 DVD-BOX「NAOKO ETERNAL SONGS」MUSIC GUIDE



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