第49回 尾崎紀世彦「また逢う日まで」(1971年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

色あせない昭和の名曲
便利でないことが、しあわせだった、あのころ …

週刊・連載コラム「なつ歌詞」

時代を思い出す扉が 歌であってくれればいい … (阿久悠)

第49回 尾崎紀世彦「また逢う日まで」(1971年)

それは 知りたくない
それは ききたくない
たがいに 気づかい 昨日に もどるから ……
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尾崎紀世彦「また逢う日まで」

尾崎紀世彦「また逢う日まで」(2:55) Key= D Side-2「帰郷」(作詞: 阿久悠、作編曲: 筒美京平)
作詞:阿久悠、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平
1971年(昭和46年)3月5日発売 EP盤 7インチ シングルレコード (45rpm、STEREO)
¥400 FS-1183(JWM-5448) 日音 / PHILIPS フィリップス・レコード(日本フォノグラム)
スケールの大きさと抜群のフィーリングで圧倒する歌謡界待望の大型歌手!(ジャケットのコピー文)

オリコン・年間シングルチャート 1971年度 3位
第13回 日本レコード大賞 大賞/歌唱賞 受賞曲
第 2回 日本歌謡大賞 大賞 大賞/放送音楽賞 受賞曲
第 9回 ゴールデン・アロー賞 音楽賞 受賞曲

1971年7月25日発売 2nd アルバム LP「また逢う日まで / 尾崎紀世彦セカンド・アルバム」(FX-8017)収録


<リメイクもとの曲>
ズー・ニー・ヴー ZOO NEE VOO「ひとりの悲しみ」(2:45) Key= D Side-2「未成年」(作詞: 阿久悠、作編曲: 筒美京平)
作詞:阿久悠、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平
1970年(昭和45年)2月10日発売 EP盤 7インチ シングルレコード (45rpm、STEREO)
¥400 LL-10123-J コロムビア


 イギリス人と日本人のハーフの父と、日本人の母との間に生まれたクォーターで、東京都渋谷区生まれ茅ヶ崎で育った、尾崎紀世彦のデビュー曲。100万枚を超えると言われる大ヒットとなり、日本レコード大賞、日本歌謡大賞の大賞などを受賞。ダイナミックな歌唱は「和製トム・ジョーンズ」と言われ、同年、「第22回 NHK紅白歌合戦」に白組トップバッターとして初出場。「また逢う日まで」は、加山雄三、桑田佳祐、ザ・ピーナッツ、朱里エイコ、内山田洋とクール・ファイブ、朝丘雪路、野口五郎、五木ひろし、松崎しげる、渡辺真知子、トワ・エ・モワ、スターダストレビュー、BEGIN、山崎育三郎、氷川きよし……ほか、現在まで多くの歌手にカバーされ続けている。
 「また逢う日まで」は、前年、1970年(昭和45年)に、GSのバンド「ズー・ニー・ヴー 」の4枚目のシングル曲として発売された「ひとりの悲しみ」の歌詞とタイトルを変えてリメイクされたもの。
 尾崎紀世彦は、13歳の時にウクレレを手にし中学の同級生6人でハワイアンバンドを結成。17歳のころにはセミプロとして活動。1963年(昭和38年)に、「ジミー時田&マウンテン・プレイボーイズ」に加入。1967年(昭和42年)には、3人組のコーラス・グループ「ザ・ワンダース」を結成し、ジャズ喫茶や米軍キャンプで活動。TBS系の音楽出版社「日音」のプロデューサー・村上司にスカウトされ、1967年(昭和42年)に、シングル「明日への道」とアルバム「ニューカマー・ザ・ワンダース」の同時リリースでデビュー。テイチクレコード専属だったため、他社では「ジ・エコーズ」名義でもリリース。
 その後、「ザ・ワンダース」が解散し、尾崎紀世彦は、1970年8月に「別れの夜明け」でフィリップス・レコードよりソロデビューするが、発売翌月の9月に交通事故に遭い4ヶ月に及ぶ入院生活のため宣伝活動ができず売れなかった。
 1971年(昭和46年)「また逢う日まで」の大ヒットの後も、「さよならをもう一度」「ふたりは若かった」「五月のバラ」などオリジナルのヒット曲のほか、「いい歌を自由に歌い続けたい」との思いから、スタンダード・ナンバーを中心として、ジャンルや新旧を問わず数多くの名曲をカバーし、「ゴッドファーザー〜愛のテーマ」「雪が降る」「マイ・ウェイ」も有名。
 NHK紅白歌合戦には3回出場、愛称は「キーヨ」。2012年5月30日、69歳没。


尾崎紀世彦の大ヒット曲!
実は、オリジナルではなく、カバーリメイク作品!
曲に惚れ込んだプロデューサーが 執念でヒットさせた三度目の正直!


 昭和生まれの読者の皆さんに、これほど有名な曲の説明をするというのはヤボというもの……。説明不要の大ヒット曲。
 しかーし! 今、あらためて聴いてみると、「こんなだったのか〜!」と、音の印象が全く違っていたり、当時は聴こえていなかった音が聴こえたりもします……、当時も、ちゃんと入ってた音なのに。

 それに、この曲が、尾崎紀世彦がオリジナルではなく、実はカバーだったというコトを、ご存知でない方も少なくないコトが最近わかったので、書いてみることにしました……。

 で、まず、この年がどんな年だったかを思い出してみましょう……。

 1971年(昭和46年)は、NHK総合テレビの全番組がカラーになって、沖縄返還協定の調印式が行われ、開始マクドナルド日本第1号店が銀座にできて、アポロ14号が月に着陸し、集英社から「non-no」が創刊され、毎日新聞連載の「フクちゃん」が終了した……、そんな年……。

 音楽で言えば、1971年(昭和46年)は、『あの素晴しい愛をもう一度』『花嫁』『戦争を知らない子供たち』『恋人もいないのに』『知床旅情』(加藤登紀子)などフォーク調の曲や、『傷だらけの人生』『よこはま・たそがれ』『おふくろさん』『大勝負』『雨がやんだら』『ざんげの値打ちもない』など、いわゆる今で言うところの演歌系歌謡曲、そして、『さらば恋人』『二人の世界』『真夏の出来事』『八月の濡れた砂』『空に太陽がある限り』や、このコラムの第34回でも書いた『青いリンゴ』など、ポップス色の強い歌謡曲が出始めていたころでした。

 ちょうど、のちに「新三人娘」と呼ばれ、いわゆるアイドル歌手の元祖とも言える、小柳ルミ子、南沙織、天地真理が、それぞれ『わたしの城下町』『17才』『水色の恋』で揃ってデビューした年でもあります……。

 そんな中……、ワタシが鮮烈に覚えているのが、グレープフルーツの輸入が自由化されたコトで、我が家にも、はじめてグレープフルーツがやってきたコト。
 そのころは、ヨコからふたつに輪切りにして、砂糖をかけて、スプ〜ンでほじくって食べてました……。ばあちゃんは、ずっと「フルーツグループ」って言ってましたけど……。

 そう言えば……、ばあちゃんは、「スプ〜ン」ではなくて「さじ」って言ってましたね。ベビーパウダーは「てんかふん」、サンダルは「つっかけ」、ワインは「ぶどう酒」、グレーは「ねずみ色」、ハンガーのことは「えもんかけ」って言ってました……、そんな時代。

 その「えもん」がいったい何なのかもわからず、半世紀以上も生きてしまいましたが……、そんなコトはともかく……、尾崎紀世彦『また逢う日まで』は、フォークや、まだまだ演歌調の歌謡曲が多かったあの時代、曲も歌詞もサウンドも歌手も歌い方も、全てが新しく、新鮮でした。

 まず、なんと言っても、あの尾崎紀世彦のインパクト。バタ臭い顔立ちに(コレも言わなくなったけど)、立派なヒゲと、見たことのないモミアゲのカタチ。黒タキシードに蝶ネクタイというダンディな出で立ち……。

 実は、晩年、何度か合ったコトがあるのですが、最初、意外に背がちっちゃくて驚きました。テレビで見るあの格好と顔しか知らなかったので、なんとなくデカイ人のようなイメージがあって……。
 普段は、髪もピッチリ撫でつけたりしていなくて、わりとボサボサで、よくキャップ型の帽子をかぶってて、そこいらにもいそうなオジサンでしかないのですが、いざ、髪を撫でつけ、黒タキになってステージに立つと、ちゃんと尾崎紀世彦になって、60歳を過ぎても、変わらない見事な歌声を聴かせてくれていました……。

 ハナシが外れましたが……、で、そのビジュアルのインパクトもさることながら、それまでの歌謡曲にはなかったような、パワフルな日本人離れした歌声に、「こんなヒトがいるのか!」と驚いたもんです。「和製 トム・ジョーンズ」とも言われたのも当然です。

 歌い方も、サビは、そのパワフルな歌声で伸びやかに歌っていましたが、「Aメロ」は、抑え気味にリズミックに歌っていたりするトコロもステキです。
 たとえば、出だしの「♪また逢う〜」は、「♪また〜あう〜」ではなく、「♪またっ あう〜」と歌っていますし、「♪逢える〜 とぉ〜き〜まで〜」のトコロでは、ちょっとウラがえるような感じが実にイイです。

 この曲を作ったヒトは、作詞は阿久悠、作編曲は筒美京平という、その後、それぞれが、1970年代〜80年代の日本の歌謡曲を代表する作家となった大御所コンビ。それぞれ語り出すと、それだけで長くなるので、ココでは触れませんが、この二人が書いた曲を「1曲も知らない」というヒトは、タブン、ひとりもいません……。

 作詞の阿久悠にとっては、この『また逢う日まで』が出世作になりましたが、ただ、このコンビでのヒット曲は、『また逢う日まで』以外、実は、そんなに多くはありません。

 麻丘めぐみ、かまやつひろし、ちあきなおみ、南沙織、堺正章、桜田淳子、石野真子、野口五郎、小林旭らにも、このコンビでの提供曲がありますが、誰もが知っているヒット曲はといえば、大橋純子『たそがれマイ・ラブ』、岩崎宏美『ロマンス』『シンデレラ・ハネムーン』くらいでしょうか……。
 ちなみに、岩崎宏美のシングル曲は、1975年のデビュー曲『二重唱 (デュエット)』から、1977年の8前位目のシングル『想い出の樹の下で』までは、ずっとこのコンビが担当しています。

 では、阿久悠が作詞したヒット曲は、誰が作曲していたかと言うと……、

『勝手にしやがれ』『時の過ぎゆくままに』(大野克夫)
『みずいろの手紙』『津軽海峡・冬景色』『思秋期』(三木たかし)
『北の宿から』(小林亜星)
『舟唄』『雨の慕情』『街の灯り』(浜圭介)
『青春時代』『時代おくれ』(森田公一)
『嫁に来ないか』『さよならをもう一度』(川口真)
『さらば涙と言おう』(鈴木邦彦)
『京都から博多まで』(猪俣公章)
『せんせい』(遠藤実)
『わたしの青い鳥』(中村泰士)
『ざんげの値打ちもない』(村井邦彦)
『林檎殺人事件』(穂口雄右)
『ブルースカイ ブルー』(馬飼野康二)
『花のように鳥のように』(杉本真人)
『五番街のマリーへ』や『ペッパー警部』などピンク・レディーの一連のヒット曲は都倉俊一……
といったようなカンジです。

 一方、筒美京平が作曲したヒット曲を、誰が作詞していたかと言えば……、

『木綿のハンカチーフ』『赤いハイヒール』『東京ららばい』(作詞:松本隆)
『よろしく哀愁』(安井かずみ)
『男の子女の子』(岩谷時子)
『さらば恋人』(北山修)
『17才』(有馬三恵子)
『ブルー・ライト・ヨコハマ』『真夏の出来事』『青いリンゴ』(橋本淳)
『魅せられて』(阿木燿子)
『あなたならどうする』『雨がやんだら』(なかにし礼)
『芽ばえ』(千家和也)
『飛んでイスタンブール』(ちあき哲也)
[ドラマティック・レイン』(秋元康)
『お世話になりました』『甘い生活』(山上路夫)……
といった具合です。

 ハナシが、またそれました……。

 そして、この曲、『また逢う日まで』は、筒美京平によるアレンジもよく出来ています。みんな歌える、イントロの「♪チャッチャ チャラ〜ララ ドン!」からして印象的でインパクト大です。
 曲中の、ブラスとストリングスのコンビネーションも見事ですし、全体のハネ気味の演奏も、ファンクやソウル・ミュージックのようなグル〜ブを感じます。

 この当時のスタジオミュージシャンといえば、ほぼ全員がジャズのプレイヤーたちで、そういう一流のジャズ・ミュージシャンたちが、実に、生き生きと楽しそうに演奏しているカンジが伝わってきます。

 とくに、いかにもジャズ・ピアニストが弾いているカンジの、ジャジーでおしゃれなピアノのバッキングと、ただ単にビートを刻むのではなく、16ビートで細かく動くファンキ〜なベースラインが印象的です。

 これまでずっと、ピアノは前田憲男か羽田健太郎で、ベースは江藤勲だと思っていましたが、『筒美京平ヒットストーリー 1967-1998』という本を見ると、ピアノは飯芳馨(飯吉馨)で、ベースは寺川正興でした。二人とも、超一流のジャズ・マンです。
 ちなみに、ドラムは猪俣猛、ギターは水谷公生、トロンボーンには新井英治が参加していたりと、錚々たるメンバーです。

 で、ようやく本題……この尾崎紀世彦『また逢う日まで』がカバーだというハナシに入ります。

 少々、ヤヤコシイのですが、まず、この曲は、三洋電機ルームエアコン『健康』の CMソングとして、作曲が筒美京平、そして、作詞は『アンパンマン』の作者「やなせたかし」(『手のひらを太陽に』などの作詞もしている)で作られ、『若いってすばらしい』の「槇みちる」が歌う予定でした。

 しかし、スポンサーの意向でボツになり、当時、筒美京平の楽曲を管理していた音楽出版社「日音」の村上司(プロデューサー的なヒト)が、『白いサンゴ礁』(作詞:阿久悠、作曲:村井邦彦、1969年)がヒットしていたバンド「ズー・ニー・ヴー」の新曲にしようと画策し、作詞を阿久悠に依頼。
 そうして出来上がったのが『ひとりの悲しみ』というタイトルの曲で、「ズー・ニー・ヴー」4枚目のシングルとして、1970年2月に発売されました。

 ところが、これが全くヒットせず……。

 で、ココからがスゴイところなのですが、この筒美京平の楽曲にホレこんでいた音楽出版社「日音」の村上司は、まだ諦めなかったのです。

 歌詞と歌手を変えて再リリースすることを画策し、リメイクを渋る阿久悠を説得。尾崎紀世彦のソロデビュー曲として、歌詞を変えて、1971年3月に『また逢う日まで』として発売したところ、3度目の正直で大ヒット。オリコンの年間シングルチャートで3位、第13回日本レコード大賞の大賞を受賞。
 プロデューサーの執念ですね……。

 ちなみに、「ズー・ニー・ヴー」の『ひとりの悲しみ』と、尾崎紀世彦の『また逢う日まで』は、タイトルと歌詞が違うだけで、キーも、アレンジも、演奏も、ほぼ同じです……。
 大きな違いと言えば、『ひとりの悲しみ』がフェードアウトで終わっているのに対して、『また逢う日まで』には、ちゃんとアウトロがあるコトくらいで、あとは、若干、『また逢う日まで』の方がテンポが上がっているように感じるくらいなもんです。

 つまり、メロディとアレンジは同じで、曲名と歌詞と歌手が違う2曲が存在しているのです。

 で、この村上司という名プロデューサーは、のちに、この音楽出版社「日音」で社長、会長にまでなったヒトです。
 ちなみに、音楽出版社というのは、本や楽譜の出版をする会社ではなく、楽曲の著作権管理や開発・プロモートをする会社です。各テレビ局のキー局は、系列会社に音楽出版社を持っていて、TBS系の音楽出版社が「日音」(にちおん)という会社です。

 さて、『ひとりの悲しみ』から『また逢う日まで』に、タイトルを含め大きく変えられた歌詞ですが、1箇所だけ全く同じトコロがあります。「なぜか さみしいだけ なぜか むなしいだけ」の部分は、『ひとりの悲しみ』にもともとあった歌詞で、『また逢う日まで』でも、そのまま使われていたりします……。

 ところで、『また逢う日まで』の歌詞は、「新しい男女の別れの形を描いた」と、最近、よく言われます……。ワタシ的には、もう1曲、この同じ年に発売された、堺正章の『さらば恋人』(作詞:北山修、作曲:筒美京平、1971年5月)もそうだと思っていますが。

 たしかに、かぐや姫の『神田川』(作詞:喜多条忠、作曲:南こうせつ)や、大信田礼子の『同棲時代』(作詞:上村一夫、作曲:都倉俊一)など、いずれも、『また逢う日まで』のあと、翌々年、1973年のヒット曲ですが、なんとな〜く幸せ薄いカンジがする歌詞です。

 『神田川』や『同棲時代』と同じ時代を生きる若者の歌なのに、『また逢う日まで』では、「男女の別れ」というどちらかといえば暗く描かれがちなシーンが、「こういう別れ方もあるよ」と提案しているかのように明るく書かれています。

 メロディやサウンドの明るさと、尾崎紀世彦の元気な歌声もあって、「別れ」がネガティブなことではなく、逆に、希望や新たな旅立ちのようなイメージで伝わり、前向きな感じがします。

 一度、完成させたものを作り直すというのは、勇気もいるし、現実的に、難しい作業です。それを、説得されたからとはいうものの、見事な歌詞に作り変えた阿久悠……、さすがです……。

 ちなみに、『ひとりの悲しみ』の歌詞は、「安保闘争で挫折した青年の孤独」をテーマに書かれたと言われていますが、「ラブソング」と捉えることもできる内容になっています。
 解釈は、いろいろあろうかと思いますが、「物理的には近くにいるのに、心の距離は遠い、心が通じ合っていない、だからもっと心を開いて寄り添おうよ」というような歌詞にも聴こえます……。

 結果的に、「ズー・ニー・ヴー」の『ひとりの悲しみ』はヒットしませんでしたが、情感たっぷりのボーカルは、味があっていイイです。(ちなみに、「ズー・ニー・ヴー」のボーカルで『ひとりの悲しみ』を歌った町田義人は、のちに、ソロとして『戦士の休息』がヒットします。)
 基本的に、また逢う日まで』とメロディもアレンジも同じですから、「『ひとりの悲しみ』の方の歌詞と歌声が好き」というヒトもいるかと思います……。

 でも、尾崎紀世彦の『また逢う日まで』が圧倒的に売れたということは、やっぱり、大衆、マジョリティの心をつかんだからです。

 『ひとりの悲しみ』は、そのタイトル通り内省的なイメージで、どちらかといえば暗いイメージです。それに対し『また逢う日まで』には、未来が見え、どこか希望を感じる明るいイメージがあります。

 別の見方をすると、『ひとりの悲しみ』の歌詞が、その時代を切り取って描かれているのに対し、『また逢う日まで』の歌詞には、その時代の一歩先が見えます。そうすることで、多くの人に、夢や希望を感じさせたのです……。

 そういう歌詞に加えて、その言葉を伝える役割の尾崎紀世彦の明るく元気で力強い歌声、圧倒的な存在感と歌唱力が、「別れ」というテーマにも関わらず、人々にはそこから希望を感じ、自然と心が明るくなる歌だったから大ヒットになったのではないでしょうか……。

 ベトナム戦争、東大紛争や安保闘争、成田三里塚闘争など、争いごとが多かった中、アポロ14号の月面着陸、NHKのカラー化、マクドナルドの日本上陸、そして、グレープフルーツの輸入自由化などと同じように、新しい時代の到来を予感させた1曲です……。

 ところで……、『また逢う日まで』に続く、同年7月発売の 3rd シングル『さよならをもう一度』(作詞:阿久悠、作編曲:川口真)も、尾崎紀世彦らしい実にイイ歌です。

(2020年9月2日 西山 寧)


尾崎紀世彦『また逢う日まで』歌詞を見る(聴く)!

ズー・ニー・ヴー『ひとりの悲しみ』歌詞を見る(聴く)!


尾崎紀世彦 歌詞一覧
作詞:阿久悠 歌詞一覧
作曲:筒美京平 歌詞一覧


MEG-CD(復刻CD) 尾崎紀世彦『また逢う日まで』

収録CD『ゴールデン☆ベスト 尾崎紀世彦』UNIVERSAL

収録CD『阿久悠メモリアル・ソングス 〜また逢う日まで 逢える時まで〜』UNIVERSAL


尾崎紀世彦 ユニバーサルミュージック


尾崎紀世彦 ウィキペディア



ズー・ニー・ヴー ZOO NEE VOO「ひとりの悲しみ」