第46回 森高千里「二人は恋人」(1995年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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第46回 森高千里「二人は恋人」(1995年)

泣きながら 私がすねると
慌てた顔して 急に優しくなるのね ……
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森高千里「二人は恋人」

森高千里「二人は恋人」(4:18) B面「若さの秘訣 (シングル・バージョン) 」(作詞・作曲:森高千里)
作詞:森高千里、作曲:斎藤英夫、編曲:斎藤英夫
1995年(平成7年)2月10日発売 8センチ シングルCD
¥1,000(税込) EPDA-10 One Up Music Inc. / Warner Music Japan

<演奏>
森高千里(ドラムス、カウベル)
福田裕彦(アコースティックピアノ)
斉藤英夫(ギター、ベース、シンセサイザー、タンバリン、コーラス)


 1969年4月11日生まれ、熊本県出身、1987年の映画「あいつに恋して」にヒロイン役で出演し、主題歌「NEW SEASON」で歌手デビューした森高千里の25枚目のシングル。
 デビュー後、1988年には、2ndアルバム「ミーハー」のタイトル曲「ミーハー」から作詞も手掛けるようになり、その後、シングル曲、アルバム曲を含め180曲以上を作詞。1989年には、南沙織のデビュー曲をカバーした7枚目のシングル「17才」が大ヒットを記録し一躍人気アーティストに仲間入り。その後、自身が作詞した16枚目のシングル『私がオバさんになっても』で女性ファンも取り込み、人気が不動のものとなる。ほかにも、『気分爽快』『渡良瀬橋』『私の夏』『風に吹かれて』『雨』『ロックン・オムレツ』『休みの午後』『夏の日』『臭いものにはフタをしろ!!』『勉強の歌』などヒット曲多数。
 また、ドラムやギター、ベース、リコーダーなど楽器演奏も得意としていて、ステージで披露するだけでなく、ドラムはレコーディングでも自らが叩いている。
 1999年には江口洋介と結婚。その後、育児が一段落したタイミングで本格的に音楽活動を再開し、2019年には21年ぶりとなるホール・コンサート・ツアー全37本を開催。変わらないミニスカートと歌声を聴かせた。2020年8月26日には、このツアーの模様を収録した Blu-ray /DVD/ CD が発売される。
 いつまでたっても「オバさん」にはならない51歳。


意外にも、森高千里の最も売れたシングル曲!
女性の共感を得たユニークな森高千里の歌詞と、
作編曲:斉藤英夫の絶対的コンビによるヒット曲!


 時の内閣総理大臣は、眉毛がなが〜い日本社会党の村山富市。1月には、阪神・淡路大震災が、3月には、地下鉄サリン事件が起き、7月には、米 Amazon.com がオンライン書店としてのサービスを開始し、11月には、ロサンゼルス・ドジャースの野茂英雄が日本人として初めてナショナルリーグの新人王に選ばれた……、そんな戦後50年、1995年(平成7年)の曲です。

 先々週、このコラムで、1952年(昭和27年)の『テネシー・ワルツ』をテーマにしたり、その前にも、1938年(昭和13年)の『旅の夜風』なんかも書いているので、1995年の平成!なんて聞くと、つい最近の気がしてしますが、それでも、25年前、四半世紀が経っていたりします……。

 だって、当時はまだ、ケ〜タイも、メールも、インターネットも、アマゾンもなく、固定電話と、ファックスと、郵便と、ワープロと、電卓と、コピー機が大活躍していた時代……。地図はコピー、テレフォンカードは必需品で、会社からポケベルを持たされていたり……、そんなころ。
 ちょうど、この1995年に、マイクロソフトが「Windows 95」の英語版を発売して、ようやく日本でもパソコンが普及し始め出したころでした。

 今から考えると、明らかに効率は悪いですが、その分、いろいろと工夫をせねばならず、おかげで人間の能力は、今よりも高かったように思います……。

 もっといえば、パソコンやインターネットなどの普及で、効率は良くなりましたが、それでラクになったかといえば、逆に忙しくなっているような気もしたり……。パソコンやケ〜タイがなかった頃の方が、のんびりしていたような気もしますね。便利なコトが、必ずしも幸せではありません……。 

 で、当時も今も、ワタクシ、とくに「モリタカ」の熱烈なファンというワケではありませんが、去年、コンサートに行きました。もちろん、「モリタカ」のコンサートに行ったのは初めてです。
 となりのオヤジが(ジブンもオヤジですが)「モリタカ〜ッ!」と、ず〜っと叫んでいましたが、シングル曲が中心のセットリストでしたし、CDと変わらない歌声で、楽しませてくれました。

 そもそも、女性歌手に対する声援で、名字で呼び捨てにするってコトはあんまりありません……、野球場の野次じゃないんですから。
 おそらく、愛情とリスペクトを持って名字で呼び捨てにするのは、「モリタカ」の他には、「ヤザワ」と「ナガブチ」くらいのもんです。

 なぜコンサートに行ったのかと言うと、1990年代のその当時から、「モリタカ」が好きというよりも、「モリタカ」の楽曲、音楽が好きだったからです。耳に残る、知らないうちにハナ歌で口ずさんでいるような曲が多かったからです。

 「モリタカ」は、1989年の7枚目のシングル、南沙織のカバー『17才』がヒットしたことで、広く知られるようになりました。当時、オトコはみんな「モリタカ」が好きでしたが、女性からは、ミニスカートでオトコに媚びているようなイメージで捉えられていて、あまり好感をもたれていなかったように思います。

 それが、1992年、23歳の時にリリースした16枚目のシングル、自身が作詞した『私がオバさんになっても』で、男性ファンだけでなく、女性ファンの心をもつかんだことで、その人気は不動のものとなりました。

 「女ざかりは19だと あなたがいったのよ……」「オバさんになっても 本当に変わらない? とても心配だわ あなたが 若い子が好きだから……」と、どちらかと言えば、オトコにとっては耳の痛いようなフレ〜ズも多く、そこが、女性にとっては「そうなんだよね〜」と共感してしまう箇所だったりします。言葉は違っても、おんなじようなコトを言われた男性諸氏も少なくないのではないでしょうか……。

 で、それは、つまり、多くの女性が思うことで、普遍的な女心が見事に描かれていたというコトです。
 その見た目の可愛さとは裏腹に、オトコが望むような「女のコらしい可愛いコ」ではなく、一見、オトコに媚びるような可愛いカッコをしながらも、多くの女性が思っているような本音をズバッと言うところが、爽快で、新鮮だったのでしょう。

 いずれにしろ、「モリタカ」の歌詞からは、非凡な才能を感じます。作詞家としても超一流だと思っています。
 「モリタカ」は、1988年の『ミーハー』から作詞をはじめ、その後のシングルのほとんどとアルバム曲を含め、180曲以上の曲で作詞をしています。

 『私がオバさんになっても』や『臭いものにはフタをしろ!!』『勉強の歌』『ロックン・オムレツ』などのシングル曲もそうですが、『ずる休み』『うちにかぎってそんなことはないはず』『私はおんち』『長男と田舎もん』『わかりました』『むかしの人は…』『どっちもどっち』『ボーッとしてみよう』『見つけたサイフ』『若さの秘訣』『ばっさりやってよ』『短気は損気』『Hey! 犬』『のぞかないで』……などなど、思わず、どんな歌詞なのか知りたくなる、キャッチ〜なタイトルの曲がたくさんあります。

 作詞は、一見、作曲よりもカンタンなように見えますが、誰でも日本語を書けるだけに、その誰でもできることで差別化するのことは、とても難しいことです。
 ましてや、散文詩とは違い、メロディという制約があり、歌った時の歌い心地も考えなければならず、かつ、聴く人を感動させるというのは、至難の技です。

 最近の J-POP のバンドやシンガーソングライターでも、ユニークな歌詞を書く人は少なくないですが、なんだか、ただ単に「インパクトのある言葉を探しました」的な、内容のない薄っぺらいモノが多いです。

 しか〜し!「モリタカ」の場合、言葉選びはユニークですが、『私がオバさんになっても』のように、いずれも、女性の本音、真理や普遍的なことを書いているからこそ、共感され、広く受入られるのです。「モリタカ」の歌詞は、そこに書かれている言葉の裏側から、人間の本質を感じさせます。

 かと言って、「モリタカ」は、狙っておかしな言葉を使ったりしているのではなく、ごくフツ〜の20代の女性の感覚で、身近な日常の中で話されている言葉をそのまま使っていたというだけです。「モリタカ」は、変人などではなく、むしろ、ごく「フツ〜の感覚を持った人」だからいいんですね。だから、多くの「フツ〜の人」の共感を呼びます。

 多くの女性の本音を代弁した、そういう、あまりに素直でストレートなアプローチや切り口が、それまでの歌詞にはあまりなかったモノだったため、とくに、女性にはウケたのではないでしょうか……。

 『二人は恋人』でも、付き合い始めたころとは変わってしまったカレに対して、不満に思いながらも許してしまうという、微妙な女心が見事に描かれていますし、『臭いものにはフタをしろ!!』の、「そんな いい方 平気でしてると おじさんと呼ぶわよ……」とか、「昔話は苦手 本でも書いあたら おじさん……」なんて、若い女性にとっては爽快です。

 で、アイドル歌手なのに、そういうふうに作詞もするし、本格的なドラムを叩いたりもしていて、だんだん「アイドル歌手」という枠におさまらなくなってきて、そのうち、「アーティスト」などと呼ばれるようになっていきます……。それまでの単なるアイドル歌手とは、ちょっと違った見られ方になっていきました。
 それまでは、「歌手」とか「シンガー」とか「ミュージシャン」とか言われていた人たちが、「アーティスト」などと呼ばれるようになっていったのも、ちょうど、この頃からではなかったでしょうか……。

 ところで、「モリタカ」のドラムは、なかなかのものです。あまりご存知のない方もいらっしゃるかとは思いますが、レコーディングでも、この『二人は恋人』をはじめ、多くの曲でドラムを自分で叩いています。
 いわゆる「手数が多い」というような、何か難しいコトを叩くわけではありませんが、フィル(装飾フレーズ)を入れても、その後が遅れたり揺れたりしないし、とにかく、ポップスとして、実に心地よいグル〜ブのビートを刻みます。

 実際、吉田拓郎は、「その辺のドラマーよりも全然うまい」と言っていますし、他にも、泉谷しげるや、日本一とも言えるスタジオミュージシャンのドラマー、村上ポンタ秀一も「モリタカ」のドラム・プレイを絶賛してます。「オレたちオッサンには絶対に叩けないような軽快なドラムを叩くんだよね〜」みたいなコトを言っています……。

 ところで、「モリタカ」の代表曲と言えば、『17才』『私がオバさんになっても』や、『私の夏』「♪飲もう〜」の『気分爽快』、あるいは、『渡良瀬橋』や『雨』『休みの午後』などのバラードが有名ですが、実は、この『二人は恋人』が、「モリタカ」のシングルで最も売れた曲です。

 で、そのビジュアルや、才能豊かでユニークな歌詞、安定したピッチ感と、耳に残る特徴的な歌声などはもちろんですが、「モリタカ」がここまでスーパースターになれたのは、多くのシングル曲で作曲と編曲を担当した斉藤英夫の存在が大きかったと思われます。

 この斉藤英夫というヒト、もともとは、自身もバンドをやっていたようですが、「モリタカ」のデビュー当時から、作曲と編曲で関わっていてます。この『二人は恋人』や『私がオバさんになっても』もそうですし、『渡良瀬橋』『私の夏』『風に吹かれて』『夏の日』なども斉藤英夫の作編曲です。

 おそらく、詞先だと想像していますが、ちゃんと、「モリタカ」の書いたコトバが生きるようなメロディを付けています。さらに、それだけでなく、日本人の心の琴線に触れるような、実にキャッチーで耳に残るメロディになっていて、アレンジもポップで心地よいです。

 さらに、編曲では、「モリタカ」自身が叩くドラムを活かすというコトもあったと思いますが、この頃から人気となり始めた「trf」などの小室サウンドとは対照的に、生楽器中心のアコースティックなサウンドにこだわったコトも良かったと思います。『二人は恋人』でも、ウェストコースト AOR 風のギターとピアノが、効いてます。

 そんな、斉藤英夫の新骨頂とも言えるべき曲が、『渡良瀬橋』、『私がオバさんになっても』、そして、この『二人は恋人』ではないでしょうか……。

 ちなみに、個人的には、1994年の23枚目のシングル『夏の日』が好きです……。アコギのスリーフィンガーによるフォーク調の曲で、なんとも切ない気持ちにさせられる、いい歌です。

 いずれにしろ、「モリタカ」と斉藤英夫とのコンビでの新曲が聴いてみたいです。
 51歳になった「モリタカ」が、どんな歌詞を書くのか……。

(2020年8月12日 西山 寧)


森高千里「二人は恋人」歌詞を見る!


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シングルCD「二人は恋人」

収録CD「ザ・シングルス」


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森高千里 『二人は恋人』 (PV/Color)

森高千里 『二人は恋人』 【セルフカヴァー】

森高千里 『夏の日』 (PV)

CHISATO MORITAKA : Drums on “気分爽快”

森高千里 『出来るでしょ!!』2015.12.11 COTTON CLUB