第42回 Char「気絶するほど悩ましい」(1977年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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第42回 Char「気絶するほど悩ましい」(1977年)

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Char「気絶するほど悩ましい」

Char「気絶するほど悩ましい」(3:31) B面「ふるえて眠れ」(作詞:阿久悠、作曲:Char、編曲:佐藤準)
作詞:阿久悠、作曲:梅垣達志、編曲:佐藤準
1977年(昭和52年)6月25日発売 EP盤 7インチ シングル レコード (45rpm、ステレオ)
¥600 W-4 SEE・SAW / キャニオンレコード


 本名:竹中尚人(たけなか ひさと)こと Char のソロ・メジャーデビュー 2nd シングル。同年、1977年11月発売の 2ndアルバム『Char II have a wine』に収録されているのは別バージョン(アコースティック・バージョン)。1982年には、沖田浩之がシングル曲としてカバー。作曲者である梅垣達志も、自身のソロアルバム『CAT A LOG』(1977年)でセルフカバーしている。
 7歳からクラシックピアノを習い始め、8歳からギター始めた Char は、ザ・ベンチャーズ、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックスなどをコピーし、11歳(小学校5年)にしてバンドを結成しコンテストにも出場。中学3年生のころから、プロとしてスタジオ・レコーディングなどで活動をはじめる。
 1973年、17歳の時に、鳴瀬喜博(B)、佐藤準(Kb)、藤井章司(Dr)、金子マリ(Vo)とともに、バンド「スモーキー・メディスン」を結成。解散後は、NSP などのレコーディングやコンサートでギタリストとして参加。その後、バンドメンバーを探すべく単身渡米し、帰国後、1976年6月、シングル『NAVY BLUE』でソロデビュー、9月には、1stアルバム『Char』をリリース。1977年の2nd シングル『気絶するほど悩ましい』のヒットで一躍有名になり、続くシングル『逆光線』『闘牛士』『GIRL』も立て続けにヒット。
 1979年には、ルイズルイス加部(B)と ジョニー吉長(Dr)とともに 3ピースバンド「JONNIE, LOUIS & CHAR」を結成。その後、「PINK CLOUD」と改名。1995年からは「PSYCHEDELIX」として活動。また、石田長生との東西2大ギタリスト・デュオ「BAHO」でも活動。
 日本を代表するギタリストでありシンガー、ロック・アーティスト。


Char が 日本を代表するギターヒーローになる
きっかけとなった曲!
阿久悠 作詞の 極上ロック歌謡!


 日本で「ギターヒーロー」と言えば、古くは、寺内タケシとか加山雄三とか、ジャズ・フュージョン系なら、渡辺香津美、高中正義、野呂一生らがいますが、「ロック・ギター・ヒーロー」と言えば、間違いなくこのヒト Char です。
 最近では、布袋寅泰、松本孝弘、ちょっとマニアックなところでは高崎晃らもいますが、2017年の『ギター・マガジン』誌による、音楽関係者へのアンケート投票「ニッポンの偉大なギタリスト100」で 1位となったのは、やっぱり Char でした。

 「ギターヒーロー」とは、ただ単に「難しいフレーズが弾ける」とか、「やたら速いフレーズが弾ける」とか、そういうことでなれるものではありません。世界を見ても、いわゆる「ギターヒーロー」と呼ばれているような、クラプトン、ジェフ・ベック、ジミーペイジ、リッチー・ブラックモア……らだって、そういうことで「ヒーロー」になったわけではありません。
 サーカスではないので、難易度やスピードではなく、大事なコトは、「いかにカッコいいフレーズを、カッコよく弾けるか」というコトに尽きます。

 信じられないコトですが、中学3年生のころには、既にプロとしてレコーディングをしていたという Char も、当時、先進的だったギタープレイや、そのセンスが魅力でした。1976年、20〜21歳のころにリリースされた 1stアルバム『Char』に収録されている『SMOKY』(作詞・作曲・編曲:Char)は、アルバム収録曲ながら、のちに、何十年もギターキッズ憧れの曲となり、今でも人気の曲です。ワタシも好きです(『からまわり』も好きです)。

 クロスオーバーというか、フュージョンよりのファンキーなロック・ナンバーで、イントロの「ン チャッ チャッ チャッ ン チャッ チャッ チャッ」という、一度聴いたら忘れられないようなフレーズ……、みんな練習したもんです……。
 こんな独創的なフレーズを、たかだかハタチで発明して、カッコよく弾いているというのは、モ〜天才としか思えません。だって、ハタチですよ……、ハタチ。成人式に大暴れして、市長に怒鳴られて、つまみ出されてしまう年齢ですよ。
 やはり、Char は、日本のロックギタリストの草分けです。

 しかし、Char の最大の功績は、お茶の間にもロックを広めたということです。『SMOKY』のような、テクニカルで、マニア受けしそうな Char が、実際は、一部の音楽ファンだけでなく、広く一般の人たちにも、ロックギターの魅力を伝えたコトは、その後の音楽業界に大きな影響を及ぼしました。

 どうして、そんなコトが出来たのかと言うと、この『気絶するほど悩ましい』(作詞:阿久悠、作曲:梅垣達志)であり、その後の『逆光線』『闘牛士』『GIRL』(3曲とも、作詞:阿久悠、作曲:Char)などの阿久悠作品、いわゆる「歌謡曲路線」で、「歌謡ロック」をリリースしたからです。

 当時、ピンク・レディや森進一らとともに『夜ヒット』に出演し、『ぎんざ NOW!』の「今週のアーチスト」として、毎日、エンディングで『気絶するほど悩ましい』を歌ったりもしていました……。

 どこで売っているのかわからない、見たこともないようなハデなタンクトップ姿で、水色のギター(フェンダー・ムスタング)をかかえ、弾きながら歌う姿……、カッコ良かったですね〜。なにしろ、テレビでギターソロを見られるコトなんか、そうそうなかった時代です。衝撃的でした。

 ちなみに、Char のトレードマークともなったギター、米国フェンダー社の「ムスタング」ですが、もともと使っていた「ストラトキャスター」が盗まれて、再度、購入するには高すぎたため、安かった「ムスタング」を手に入れたというのが出会いだったようです……。
 でも、その後、「ムシタング」でしか出ない独特の音色が、Char の代名詞にもなりました。

 余談ですが、「ムシタング」は、もともと「スチューデント・モデル」として発売された機種で、弾きやすいように、(ネックが短い)ショートスケールになっていたりしました。
 アメリカでは、「ムスタング」は、あまり売れなかったようですが、日本では、Char 効果のため人気で、当時は、ほとんどが日本向けに輸出されていたらしいです。

 ちなみに、この「ムスタング」には、「音程を下げたりビブラートを付けたりする「ダイナミック・トレモロ」なるものが付いていて、「ウィ〜ン」という Char のアーミングプレイも有名でしたが(『GIRL』のイントロで盛大に使ってるヤツ)、チューニングもダイナミックに狂うのが難点でした。
 でも、そもそも、ギターなんて、厳密に言えば「完全にはチューニングが合わない楽器」でもあります。演奏した時の音程も不安定ですし……。でも、そこが、ボーカルに似ているトコロで、だから表現豊かに、官能的な演奏ができる楽器でもあったりします……。

 ハナシを戻します……。

 当時、Char は、森永「小枝チョコレート」のテレビCMにも出ていましたし、ラジオでは「チョコフレークに牛乳をかけると!」と Char が語りかけるCMが大量に流れていたり、雑誌『明星』や『平凡』の表紙にはピンク・レディと一緒に写っていたり……と、Char は、歌謡曲路線で、ある種、アイドル的に活動していました、

 でも、それでも、Char は、他のアイドルや歌謡曲の歌手たちとは違って見えました。
 それは、そのギタープレイだけでなく、天才的な作曲や編曲能力という確かな裏付けがあり、その独特の歌声やルックスなど含め、アーティストとしてのオーラがあったからでしょう。
 そこに、歌謡曲風の楽曲で、メディアにも積極的に露出したことで、若い女性ファンにも支持されるようになりました。

 それまで、ロック・アーティストで人気があったのは、矢沢永吉くらいで、いわゆる「ツッパリ」、今で言う「ヤンキー系」がファンのほとんどでしたから、戦略的に女性ファンを狙ったことは正解です。
 ジェフ・ベックやクラプトンなどを聴いていたような一部の男性・洋楽ファンからは、最初は、どちらかと言えばニセモノのように見られていた節もありますが、その後、徐々に理解され、認められていきました。

 そういう成功には、当時、キャニオンレコードで、Char をスカウトしてデビューさせた担当ディレクター、故・渡辺有三氏の功績が大きかったと思われます。Char に「売れてから好きなことをやればいいじゃないか」と言って説得したそうです。

 渡辺有三氏は、NSP、尾崎亜美、中島みゆき、金井夕子、岩崎良美、堀ちえみ、岡田有希子、おニャン子クラブ、光GENJI……など、シンガーソングライターからアイドルまで数多くの歌手を世に出した大プロデューサーでしたが、もともと、「加山雄三&ザ・ランチャーズ」でベースを弾いていたヒトです。その後、1968年に『真冬の帰り道』が「ランチャーズ」単体としてヒット(いい曲です)。

 そういう、自身もミュージシャンだったという背景もあり、また、その鋭いプロデューサー的な感覚から、Char の売り方を決めたのでしょう。

 さて、Char のソロとしてのメジャー・デビューは、1976年6月25日に発売されたシングル『NAVY BLUE』(作詞:天野滋、作曲・編曲:Char)で、作詞こそ、NSP の天野滋ですが、自作のオリジナル曲でした。Char は、デビュー前、NSP のレコーディングやライヴにギタリストとして参加していたので、その縁でしょうか……。
 ちなみに、カップリングは、コレも代表曲となった AOR風の名曲『SHININ’ YOU,SHININ’ DAY』(作詞・作曲・編曲:Char)。

 そして、同年、9月に、『SMOKY』が収録されている 1stアルバム『Char』をリリースします。ドラムがロバート・ブリル、ベースがジョージ・マスティッチこと西沢常治、キーボードとボーカルにジェリー・マーゴシアン、そして、もうひとりのキーボードに佐藤準、というレコーディングメンバーで、この当時、「Char」という名前は、バンド名も兼ねていたりしました(もちろん、竹中尚人 が Char ではあったのですが)。

 で、翌年の1977年6月25日に、2nd シングルとして『気絶するほど悩ましい』がリリース。カップリング曲は、自作の曲ながら、このA面は、詞曲とも作家によるものです。なんでも、シングル候補曲として、自作の曲もあったようですが、結局、この、作詞:阿久悠、作曲:梅垣達志の曲になりました。
 Char としては、面白くなかったのかもしれませんが、しかし、そのへんが天才たるところで、見事に歌い演じ、さらに、その後に続くシングル『逆光線』『闘牛士』『GIRL』では、阿久悠の詞に、見事な歌謡ロックのメロディを自分で書いて、ヒットさせています。『闘牛士』も、ホントにイイ曲ですね〜。

 結果的に、『気絶するほど悩ましい』は、オリコン・シングルチャート最高位12位となるなどヒットし、Char が広く知られるきっかけとなり、同時期にデビューした原田真二や世良公則&ツイストとともに「ロック御三家」と呼ばれるようになっていきました。

 渡辺有三氏のプロデュースも思い切ったものでしたが、それを受け入れ昇華させた Char もたいしたものです。ちゃんと、ビジネスとしても考えることが出来ていたのですね……。

 実際、当時のインタビューでは、「俺がやったのは歌謡曲とロックの中間だよね。俺はロックの音楽家だけど、シングル盤は歌謡曲でいいと思ったわけよ。ロックやっててメジャーの世界に出るにはそれしかなかったじゃん」と言っていたそうです……。

 なので、シングルは歌謡曲路線、アルバムは正統派ロックというカンジで、Char の中でも折り合いをつけていたのではないでしょうか……。

 ところで、『気絶するほど悩ましい』は、アレンジもイイですね〜。基本的にギターサウンドですが、サビのブラスや、カウンターのストリングスが、実にゴ〜ジャスで、歌謡曲らしく、ポップ感を演出しています。
 この編曲は、Char が17歳の時に組んだバンド「スモーキー・メディスン」時代からの仲間のキーボーディスト・佐藤準。このヒト、ストリングスのアレンジがうまいんですね〜。『SMOKY』が入った 1stアルバムでもプレイしています。

 ちなみに、佐藤準は、それ以前から、スタジオ・ミュージシャンとして活躍していて、キャンディーズのレコーディングなんかにも参加したり、ほかにも、井上陽水や今井美樹らの編曲から、おニャン子クラブ『セーラー服を脱がさないで』(作・編曲)までやっているスゴイ人。
 最近も、41年目にして初となる伊藤蘭のソロデビューアルバムで作曲や編曲もやってますし、ツアーではバンマス。

 『気絶するほど悩ましい』を作曲した梅垣達志というヒトは、作編曲家として知られるヒトですが、もともとは自身もシンガーソングライターで、1977年に発売したソロアルバム『CAT A LOG』では、『気絶するほど悩ましい』をセルフカバーしています。ユーミンも作詞で参加しているシティポップ風のいいアルバムです。

 作詞の阿久悠は、『ペッパー警部』を書いたのが 1976年(昭和51年)で、それまでに、『また逢う日まで』『みずいろの手紙』『ロマンス』『時の過ぎゆくままに』『北の宿から』「津軽海峡・冬景色』などで、すでに売れっ子作家になっていました。

 Char の詞を書くことになった時、「ロックの人に詞を書くのは久しぶりだから楽しみだ」と言っていたそうです。Char と初めて会って、会食をした時に、自信に満ちて野心的で自由奔放な若者に見え、興奮したとも語っています。

 それにしても、「悩ましい」などという曲名をつけるところなど、いかにも阿久悠らしいですが、その形容詞が「気絶するほど」とは、また……。

 印象的に耳に残る「♪うまく行く恋なんて恋じゃない」というフレーズがありますが、この「恋」は、「人生」にも置き換えることができるのではないでしょうか。恋も人生も、そんなに思ったようにうまくはいかないもの……。

 タブン、多くのヒトは、気絶した経験などないかと思いますが、それほど、恋も人生も「一生懸命、必死になろうよ!」ということかもしれないですね……。

 阿久悠は、著書の中で、「昭和と平成の間に歌の違いがあるとすれば、昭和の歌には伝えたいことがあり、平成の歌は自分だけを語っているということです」と言っています。

 なるほど、こういう『気絶するほど悩ましい』のようなラブソングにも「伝えたいこと」、メッセージが入っていたりします。若い女子の日記のような歌詞とは、同じラブソングでも深みが違います。だから、心に響き、いつまでも心に残っているのではないでしょうか。

 ちなみに、ワタシは、気絶したことあります……。

(2020年7月15日 西山 寧)


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収録CD「Char ゴールデン☆ベスト」ポニーキャニオン


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