第40回 北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」(1970年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

色あせない昭和の名曲
便利でないことが、しあわせだった、あのころ …

週刊・連載コラム「なつ歌詞」

時代を思い出す扉が 歌であってくれればいい … (阿久悠)

第40回 北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」(1970年)

鉄の格子の 空を見て
月の姿が さみしくて ……
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北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」

北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」(3:40) Key=Cm  B面「その時花はアカシアだった」
作詞:阿久悠、作曲:村井邦彦、編曲:馬飼野俊一、演奏:東芝レコーディング・オーケストラ
1970年(昭和45年)10月5日発売 EP盤 7インチ シングル レコード (45rpm、ステレオ)
流行歌 ¥400 TP-2333(TP-2333-A) 東芝レコード/東芝音楽工業

1971年04月28日公開 東映映画「ずべ公番長 ざんげの値打ちもない」主題歌


 高校卒業後に上京し、浜口庫之輔、大本恭敬、ヘンリー倉田等に師事しながら、銀座のクラブで歌っているところを水原弘に見出され、1970年(昭和45年)東芝レコードより歌手デビューした北原ミレイのデビュー曲。その後、続く「棄てるものがあるうちはいい」「何も死ぬことはないだろう」など6枚のシングルをリリースした後、1975年、レコード会社をワーナーパイオニアに移籍し、移籍後2枚目、通算8枚目となるシングル「石狩挽歌」が大ヒット。「ざんげの値打ちもない」と並ぶ代表曲となる。1997年には、「石狩挽歌」の歌碑が北海道は小樽貴賓館に建立される。
 2019年12月11日には、デビュー50周年記念シングル「明日へのかけ橋」を、2020年4月8日には、アルバム「北原ミレイ大全集〜歌手生活50周年記念アルバム〜」をリリース。今月、7月には72歳を迎えるが、そのパワフルな歌声は全く衰えを知らない。
「ざんげの値打ちもない」は、2007年に再録音され、2009年には「幻の4番」も歌った完全版が新録音されている。現在の所属レコード会社は、徳間ジャパンコミュニケーションズ。


「幻の4番」が存在した
救われない「未成年・犯罪者の歌」……
ジャケットをイラストに変えてヒット!


 この歌は、『新宿の女』(藤圭子)とか、『酔いどれ女の流れ歌』(森本和子)とか、『怨み節』(梶芽衣子)のような、1970年ころに何曲かあった「怨み節」のひとつのように言われることもありますが、ワタシは、それらとは、ちょっと違う気がしています……。

 たしかに「怨み節」的な歌詞ではありますが、先にあげた3曲のような「いわゆる夜の街関連」のオネ〜サマ方のお話ではないですし、それよりも、「絶望の歌」というか、希望のカケラもなく「全く救いのない歌」であることの方が印象的な歌です。

 フツ〜なら、最後に「それでも私は前を向いて生きていく」的な、なにかしら希望があったりするものですが、そこが、この詞を書いた作詞家・阿久悠の非凡なところ。それでも、救いがないのに感動するからフシギです……。

 「救いがない」という意味では、1969年(昭和44年)発売、弘田三枝子の『人形の家』(作詞:なかにし礼)、同じ年、1970年(昭和45年)4月に発売となった藤圭子の『圭子の夢は夜ひらく』(作詞:石坂まさを)、そして、ずっとあとですが、1986年(昭和61年)発売、石川さゆり『天城越え』(作詞:吉岡治)などと似ている気がします……。いろいろご意見はあろうかと思いますが。

 いずれにしろ、ひとりの少女の転落の物語で、強烈な内容の歌詞です。
 「あれは……」で始まる歌詞は、14歳から現在に至る回想シーンで構成され、最初から最後まで通して聴かないと、物語の全貌がわかりません。

 ご存知の方も多いと思いますが、この「ざんげの値打ちもない」、発売当時の歌詞は4番まででしたが、のちに、実は「幻の4番」があったことが明らかになり、阿久悠の没後1年となる 2008年8月、『NHK 歌謡コンサート』の「阿久悠 特集」で、北原ミレイによって、「完全版」として初めて5番までのフルコーラスがテレビで歌われました。

 もともと、阿久悠が書いたのは5番までで、実際にレコーディングもしましたが、発売の時に、阿久悠も知らないうちにカットされていたようです。

 この「幻の4番」は、男を刺して、刑務所に入ることをうかがわせるという過激でクラ〜イ内容であったことに加え、当時、歌謡曲は、3分前後が常識だったのに、4コーラスですでに3分40秒、5コーラスになると4分を超えてしまうという、それら2つの理由で制作サイドがカットしたと言われています……。

 2008年に、NHKで歌われたのち、北原ミレイが「完全版」として5番までレコーディングし、CD化されていますが、それを聴くと、やはり、この「幻の4番」が効いています。この4番があることで、5番の聞こえ方が全く違ってきますし、より強くストーリー性を帯び、全体の構成も完成された気がします。
 カットされた阿久悠は、さぞ悔しかったことでしょう……。

 このころ、阿久悠は、1967年(昭和42年)に、ザ・モップスの『朝まで待てない』(この曲も作曲は村井邦彦)で作詞家としてA面デビューして、まだ3年目……、まだまだ新人でした。

 ちなみに、レコ大の大賞曲となった『また逢う日まで』は 1971年(昭和46年)、『みずいろの手紙』が 1973年(昭和48年)、『ロマンス』『時の過ぎゆくままに』『北の宿から』などが 1975年(昭和50年)、「津軽海峡・冬景色』や『ペッパー警部』などが 1976年(昭和51年)で、そのころには超売れっ子作詞家になっていました。

 余談ですが、『ペッパー警部』が発売された1976年(昭和51年)8月25日には、同じく、阿久悠作詞の『ねえ!気がついてよ』(桜田淳子)など、阿久悠作品が4曲も同日に発売となっています。
 さらに、直前の8月21日には『青春時代』(森田公一とトップギャラン)が、10日後の9月5日には『若き獅子たち』(西城秀樹)が、11月25日には、『S・O・S』(ピンク・レディー)と『津軽海峡・冬景色』(石川さゆり)が、またもや同日発売でした……。いかに売れっ子だったかがわかります。

 ハナシを戻しますが、いずれにしろ、この歌は「未成年・女子犯罪者の歌」です。傷害ですんだのか、殺人罪になったのかはわかりませんが、「細いナイフ」で「にくい男」を刺したことは間違いありません。

 でも、それを反省したり、悔やんでいるのかと思いきや、5番で「ざんげの値打ちもない」と、バッサリ切り捨てます。本当の愛ではなかったけれど「私は捨てられ つらかった」……、でも、ざんげする価値もないほどのバカげた行為だった……そう思っていたのでしょうか……。

 しかし、そう強がりながらも、最後の最後に、「話してみたかった」と弱さを見せ、暗に救いを求めています……。あるいは、ようやく話せるくらい自分の中で整理されたということでしょうか……。この女性の行く末が気になります……。

 ところで、「ざんげ」という言葉は、当時も今も、日常的に使われる言葉ではありません。「ざんげ」という言葉でイメージするのは、外国の映画で、カトリックの信者が狭い部屋で告解をするシーンです……。
 あえて「懺悔」と漢字ではなく平仮名にしたのも、そういうキリスト教、外国のイメージを入れたかったのでしょうか……(仏教では「懺悔」と書いて「さんげ」と濁らず読むそうです)。
 そう言えば、5番の歌詞には「街にゆらゆら灯りつき みんな祈りをするときに」とあります。日常的に、夕食前にお祈りをするのは、クリスチャンくらいです……。

 さて、この歌詞が書かれた 1970年(昭和45年)という年は、高度経済成長も成熟しきった末期。「♪1970年 の こ〜んにち〜は〜」と歌われた「大阪万博」が3月14日から9月13日まで開催され、のべ 6,400万人というものスゴイ数のヒトが来場した一方、3月31日には「日航よど号ハイジャック事件」、11月25日には、三島由紀夫が割腹自決しています。

 そして、このことが、阿久悠の作詞に影響したかどうかはわかりませんが、6月11日に、東京の小菅刑務所で、日本で戦後初となる女性死刑囚の死刑が執行されています……。

 未成年の少女でも、だまされ、なんとなく雰囲気に流された挙句、「細いナイフ」で刺しちゃうことも現実には起きる……、という、普段、目にすることはありませんが、綺麗事だけでなく、「そういうひともいる」というリアリティを描きたかったのかもしれません……。

 作詞家として売れっ子になる前の阿久悠が、流行歌にもかかわらず、歌謡曲のタブーとも思える「罪」を描いたことは、称賛に値する勇気です。

 実際、のちに、阿久悠 本人も、「タブーに挑戦して、歌謡曲のもつ架空の幸福感を突き破りたい」と言っていて、この『ざんげの値打ちもない』に関しては、「今までの歌謡曲では使わない言葉ばかりを選んだ」と言っています……。

 その結果、たった 4分半にも関わらず、壮絶なドラマが描かれた『ざんげの値打ちもない』は、それまでの多くの歌詞が「愛の感情」を中心に歌っているのに対し、「真実の愛ではない愛」が引き起こした「結果の重さ」にフォーカスすることで、「救われない女性の人生」を浮かび上がらせています……。

 さて、この曲、北原ミレイ、22歳の時のデビュー曲というから、また驚きです。まさに「衝撃のデビュー曲」です。北原ミレイ本人も、最初は、イヤだったそうです……。

 名曲というものは、歌詞とメロディだけで優れているので、誰が歌っても、それなりに良く聞こえるものですが、この『ざんげの値打ちもない』に関しては、やっぱり北原ミレイのボーカルで聴きたいと思ってしまいます。

 もちろん、あの個性的な歌声が良いのですが、歌い回しも独特で、実にうまく歌っています。

 たとえば、当時の歌詞カードに付いているメロ譜を見ると、Aメロの「まどに ちらちら」は全て八分音符で、均等な長さなのですが、実際は「♪まどに ちらちら〜」と「まどに」のあとに休符を入れたり、サビ前の「くらかった」も同じように全て八分音符なのに、「♪く〜ら〜かった」と歌っています。
 そのへんのカンジが、あの声の雰囲気も相まって、他のヒトにはマネできない北原ミレイの魅力となっています……、実に良いのです……。

 「♪愛と云うのじゃないけれど〜」「♪ざんげの値打ちもないけれど〜」の村井邦彦のメロディもイイですね〜。
 「このコトバには、このメロディしかない」という感じで、このメロディだからこそ、コトバが耳にのこり、コトバの感情も伝わり、売れたのだと思います。
 ちなみに、「♪ない〜 い〜 けれど〜」の「い〜」であがった高い音は、フラットナインスの音だったりします(そういうハナシがお好きな方向けなので、他の方は無視してください)。

 さて、発売当時、「幻の4番」がなくてもヒットしました。でも、最初から売れたわけでもありませんでした。

 初版プレスのジャケットは、セミロングのドレス姿の北原ミレイが写っています。でも、実は、このジャケット用の写真は、曲ができる前に撮られたモノらしいのです。そのうえ、発売後、数ヶ月は全く売れなかったため、曲のイメージに合わせたジャケットに変えようということになりました。

 それで、セカンドプレス(品番は同じ)からは、阿久悠のサラリーマン時代の同僚でもあり、イラストレーターや漫画家としても有名な、上村一夫のイラストによるジャケットに変更されました(もしかしたら、そっちの方が有名かもしれない)。

 それに伴い、北原ミレイも、髪型はボブで、衣装も黒ずくめになり、阿久悠からは、テレビでは「笑うな、しゃべるな、うつむいて歌え」と言われ、結果、そうした途端に売れ始めたそうです。

 最終的にはヒットし、翌年には映画化もされ、1971年04月28日『ずべ公番長 ざんげの値打ちもない』が公開され、『ざんげの値打ちもない』は主題歌として使われました。

 大信田礼子 主演のこの映画は「ずべ公番長」シリーズ4作目で、1970年には、藤圭子の歌を主題歌にした『ずべ公番長 夢は夜ひらく』が公開されていました。(ちなみに、大信田礼子は、沢田研二と小・中・高校の同級生でした。また、一時期、作曲家の都倉俊一と結婚していました。)

 この映画のオープニングで『ざんげの値打ちもない』が流れるのですが、映画では、刑務所が舞台でもあったせいか、1番と「幻の4番」の2コーラスで歌われています。

 また、映画公開の年、『ずべ公番長 ざんげの値打ちもない』と『ずべ公番長 夢は夜ひらく』の主題歌が、それぞれカップリングで収録された、サウンドトラック的なシングル盤も発売されています。
 この EP は聴いたことがないので確認はできませんが、おそらく、ココでも「幻の4番」は収録されているのではないかと思われます……。
 ちなみに、『ずべ公番長 ざんげの値打ちもない』は、DVD で発売されています。

 で、最初の北原ミレイの写真のジャケットも、上村一夫のイラストのジャケットも、当時はよくあった二つ折りのタイプで、最初の方は、広げると北原ミレイの全身写真になります。
 イラストのジャケットの方は、歌詞の内容を描いた上村一夫のイラストも雰囲気があり、また、二つ折りを開くと、下の方には名前が筆記体のローマ字でエレガントな感じに書かれており、初版プレスのジャケットとは全く違うイメージになっています……。そりゃあ、コッチの方が売れるでしょう。

 さらに、そのローマ字の名前の上に、「ファド(宿命)のフィーリングを表現して抜群!!」というコピーも書かれています……。誰が考えたのかわかりませんが……、「ファド」とはポルトガル語です……、なぜに?

 そして、ジャケットの裏側は、歌詞カードやメロ譜とともに、お決まりのプロフィール。本名や生年月日、出身地や出身校、趣味や好きな歌手とともに……、出ました!現住所! 東京都渋谷区広尾5-11-21 と書かれています……。

 先週の土曜日で、毎週楽しみにしてた久米宏のラジオ番組『久米宏 ラジオなんですけど』が終わってしまいました……。聴取者の心情を代弁した、歯に衣きせぬストレートな物言いが爽快でした。

 自分では「ボクはチンピラだから、ついつい余計なひとことをひとこと言ってしまうんですよね。だけど、言っちゃいけないことを言っても、チンピラだから許されるんですよね……」などと言っていましたが、そういうタブ〜を恐れない姿勢が魅力でした……。そういうヒトが、どんどん少なくなっているだけに、残念です。

 いつの時代も、いい意味で、タブーに挑むようなヒトは貴重です……。

(2020年7月1日 西山 寧)


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北原ミレイ 徳間ジャパンコミュニケーションズ

北原ミレイ オフィシャルサイト


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初版プレスのジャケット


セカンドプレスのジャケット