第35回 アン・ルイス「リンダ」(1980年) -MUSIC GUIDE ミュージックガイド

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第35回 アン・ルイス「リンダ」(1980年)

Hey LINDA …
泣いてばかりの
恋はもう終わったの ……
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アン・ルイス「リンダ」

アン・ルイス「リンダ」(4:09) Key=Eb  B面「花の首飾り」(英語詞カバー)
作詞:竹内まりや、作曲:竹内まりや、編曲:ブラッド・ショット、谷口陽一、山下達郎
1980年(昭和55年)8月5日発売 EP盤 7インチ シングル レコード (45rpm、ステレオ)
SV-7029 ¥700- Victor ビクター音楽産業

1980年07月21日発売 LP『LINDA』(SJX-30012 / Victor)収録
1980年11月21日発売 LP『Cheek』(SJX-30029 / Victor)収録(英語詞バージョン)

 アン・ルイスの19枚目のシングル。竹内まりやによる書き下ろしの提供曲で、前月発売8枚目のアルバム「LINDA」からのシングルカット。同年、11月発売の洋楽カバーアルバム「Cheek」には全編英語詞のバージョンで収録。また、竹内まりやのセルフカバー・バージョンは、1981年10月21日発売のアルバム『PORTRAIT』に収録されている。
 アン・ルイスは、米海軍軍人の父と日本人の母のもとに神戸市で生まれ、横浜で育つ。1970年、14歳の時に作詞家のなかにし礼にスカウトされ、翌1971年2月25日にシングル「白い週末」でビクターレコードよりアイドル歌手としてデビュー。1974年に発売された6枚目のシングル「グッド・バイ・マイ・ラブ」がヒット。
 1977年には、松任谷由実が提供した「甘い予感」を、1979年には、山下達郎が作曲し吉田美奈子が作詞した「恋のブギ・ウギ・トレイン」などシティポップスを歌う一方、アイドルイメージを払拭するために、1978年には、自身がファンだった沢田研二の曲を多く書いていた加瀬邦彦による「女はそれを我慢できない」を発売。
 1980年、桑名正博と結婚し出産のためしばらく休業するが、1982年に復帰し、憧れの沢田研二が作曲した「ラ・セゾン」がヒット(作詞は、引退していた三浦百恵こと山口百恵)。
 以降、ロック色を強め、1984年には「六本木心中」がロングヒット。その後も、「あゝ無情」「WOMAN」「天使よ故郷を見よ 」などがヒットし、ロックシンガーとしてのイメージが定着。2013年に引退。現在は、米国在住。


アン・ルイスの真骨頂!
アメリカン ポップス風 3連 バラードを書かせたら日本一、
竹内まりや 初めての 提供楽曲で、シングル 初のA面曲!


 アン・ルイスの曲といえば、ロングヒットになった1984年の『六本木心中』を思い浮かべるヒトが少なくないかと思います……。ロックなアン・ルイスです。

 1970年代には、まるでフランス人形のようなキュ〜トさで、アイドル歌手として『グッド・バイ・マイ・ラブ』や、歌謡ロックの『女はそれを我慢できない』を歌い、その後は、ユーミンが作った『甘い予感』や、山下達郎が作った(作詞は吉田美奈子)『恋のブギ・ウギ・トレイン』などのシティポップを歌っていました。
 それが、1980年代になると、もともと好きだったロック色を強く押し出し、『ラ・セゾン』『六本木心中』『あゝ無情』『WOMAN』など、ロック調の曲が次々とヒットしたことで、アン・ルイスは、すっかりロック歌手というイメージになりました。

 しかし、たとえば、アン・ルイス最初のヒット曲となった、6枚目のシングル『グッド・バイ・マイ・ラブ』(1974年、作詞:なかにし礼、作曲:平尾昌晃)のような、ミディアム・バラードのポップスこそ、アン・ルイスの真骨頂、最も声の魅力が出るような気がします……。

 『グッド・バイ・マイ・ラブ』と同じような3連バラードの名曲で、1980年(昭和55年)に、竹内まりやが書き下ろしでアン・ルイスに提供した『リンダ』も、そんな1曲……。

 曲名の「リンダ」とは、まさに、アン・ルイスのことで、「アン・リンダ・ルイス(Ann Linda Lewis)」という本名のミドルネームから付けられたもの。お友達だった竹内まりやが、アン・ルイスの結婚のお祝いにと書いた曲で、その後、多くの歌手に楽曲提供することになる竹内まりやの最初の提供曲です。

 ちなみに、このアン・ルイスのレコーディングがきっかけで、竹内まりやは山下達郎と結婚することにもなったりした曲でもあります……。結婚のお祝いに書いた曲が、ジブンの結婚のきっかけになるなんて……、まさに、事実は小説より奇なり。
 1980年代には、ウェディング・ソングとして、結婚式などでもよく歌われていました。

 当時、竹内まりやは、アン・ルイスと同じくアイドル歌手として、1978年のデビュー曲『戻っておいで・私の時間』以来、『ドリーム・オブ・ユー 〜レモンライムの青い風〜』『SEPTEMBER』や、『リンダ』と同じ年に発売された『不思議なピーチパイ』などがヒットしていましたが、いずれも、作曲は、加藤和彦、林哲司ら、作詞は、安井かずみ、竜真知子、松本隆らというように、A面曲はジブンでは書いていませんでした。

 なので、この『リンダ』が、提供曲ではあってもシングル初のA面曲であり、大ヒットとなはらなかったものの、オリコン最高位33位と一定の評価を得たことは、竹内まりやにとっては、その後の多くの歌手への楽曲提供はもちろん、自らが「アイドル歌手」ではなく「シンガーソングライター」としてやっていけるという大きな自信になったのではないかと思われます……。

 その後、竹内まりやは、1981年末から、一旦、歌手を休業し、1984年にシンガーソングライターとして復活するまでの間、作家として河合奈保子に提供した『けんかをやめて』(1981年)がヒットし、その後も、薬師丸ひろ子の『元気を出して』(1984年)、中山美穂の『色・ホワイトブレンド』(1986年)など、作詞作曲家としても成功します……。その後の活躍はご存知の通り。

 さて、アン・ルイスの『リンダ』は、この年、1980年(昭和55年)7月21日に発売された8枚目のアルバム『LINDA』からのシングルカットで、8月5日に発売となりました。もともと、アルバムでは、A面9曲目に収録されていて、その前のA面8曲目の『ME』という8秒しかない短い曲(?)と合体させてシングル化されています……。

 その『ME』とは、今では『リンダ』のイントロの一部と思われている、ドラムのリムショットから始まる本イントロ「♪Who’s that girl in love〜」の前にある、「♪リンリンリン リンリンリ リンダ〜」というアカペラのアノ部分のコトです……。LP のクレジットでは、「作詞・作曲:アニー・ルイス(アン・ルイス)、編曲:山下達郎」となっています。

 で、『ME』も『リンダ』の本イントロの部分も曲中も、コーラスには、編曲の山下達郎と、竹内まりやも参加していて、それが、結果的に、二人を結びつけたというワケです……。

 ちなみに、『リンダ』の編曲者としてもクレジットされている山下達郎は、そもそも、その前年、1979年のシングル『恋のブギ・ウギ・トレイン』(作曲・編曲:山下達郎)から、アン・ルイスには関わっていました。

 ところで、『リンダ』の編曲のクレジットで、山下達郎以外の「ブラッド・ショット、谷口陽一」という名前が気になっている方もいらっしゃるかと思いますので、ちょっとご説明を。

 まず、ブラッド・ショットは、「ブラッドさん」とか「ショットさん」とか、そういうヒトの名前ではありません。
 ブラッド・ショット(BLOOD SHOT)とは、1979年からアン・ルイスのサポートをしていた専属バックバンドの名前です。昔は、たとえば、キャンディーズの「MMP」とか、沢田研二の「EXOTICS」みたいに、専属バンドに名前が、よくついていたりしました。
 ブラッド・ショットは、桑名正博の呼びかけで結成され、松浦善博(EG)、小林和之(EG)、小林圭三(EG)、名村武(EB)、壇辻慶明(Ds)、平井聡(Kbd)という、トリプルギターのアメリカンロックサウンドのバンドでした。

 そして、もう一人の編曲者、谷口陽一というヒトは、スティール・ギターで有名なスタジオ・ミュージシャンで、岡林信康『Good My Darrling』(1979年)のイントロのスティール・ギターを弾いているヒトです。他にも、井上陽水 長渕剛、サザンなどのレコーディングやライブで、スティール・ギターを弾いていたりします……。
 もともと、中林憲昭が率いる「セイルボート(SAILBOAT)」というバンドメンバーでしたが、「セイルボート」は、1979年にデビューアルバム『HALFWAY UP』を録音して、発売前に解散してしまったというバンドだったりします……。

 さて、このアン・ルイスの『リンダ』ですが、ご存知のように、1番が日本語で、2番が英語で歌われていますが、同年、1980年11月21日に発売されたカバー・アルバム『Cheek』には、全編英語詞のバージョンが収録されています。シングル・バージョンの2番がそのまま1番になっていて、あらたに英語で2番が追加されているというもの。(そもそも、シングルバージョンの1番と2番は、日本語と英語で、ほぼ同じような内容を歌っている)

 そもそも、この『Cheek』というアルバム自体が、ジョニー・ソマーズの『ONE BOY』、カーラ・トーマス『GEE WHIZ』などなど、オールディーズのカバーを中心としていて、『LINDA(リンダ)』の他にも、竹内まりやの『ONE SIDED LOVE(涙のワンサイデッド・ラヴ)』も英語詞でカバーされています。コレも、3連のバラード……。

 で、全編英語詞で、アン・ルイスの声で歌われると、『LINDA(リンダ)』にしろ、『ONE SIDED LOVE(涙のワンサイデッド・ラヴ)』にしろ、完全に洋楽、アメリカンポップスに聴こえます……。

 竹内まりやは、こういうアメリカン・ポップス風というか、オールディーズ風の3連バラード曲を書かせたら、ホントに見事です。きっと、もともと好きなのでしょうが(そのへんも山下達郎と気が合うトコロではないでしょうか)、竹内まりやのソングライティング能力の高さの証明です。

 ちなみに、竹内まりやは、このアルバムに『GOOD-BYE BOY』(作詞:アン・ルイス)というバラードも、書き下ろしで提供しています(コレも名曲)。
 とにかく、『Cheek』というアルバムは、その名の通り(直訳では頬ですが)「チークダンス」とか「チークタイム」のコトを意味し、そういうム〜ドの曲ばかりが収録された、実にいいアルバムです。

 さて、冒頭から、さんざん言っている「3連の曲」の意味をカンタンに説明しておきます。べつに知らなくても恥ずかしくないのでご安心を。

 アン・ルイス『グッド・バイ・マイ・ラブ』『リンダ』『ONE SIDED LOVE(涙のワンサイデッド・ラヴ)』とか、竹内まりやが河合奈保子に提供した『けんかをやめて』のような、いわゆる「3連の曲」というのは、音楽業界的に「12/8 拍子」の曲のコトを言います。「3拍子」とは違います。
 「12/8 拍子」というのは、フツ〜に「1 2 3 4」とリズムを取る時の「1拍を3つに割ったもの」です。つまり「ワン、ツー、スリー、フォー」と取るカウントが、「(1)タタタ、(2)タタタ、(3)タタタ、(4)タタタ」となります……。う〜ん、なんだかよくわかりませんかね……。

 わかりやすく言えば、プラターズの『オンリー・ユー』(キング・トーンズでも、ビジー・フォーでもいいですが)のイントロを聴けば、スグわかります。「タタタ、タタタ、タタタ、タタタ、ター」となっています……。

 ほかにも、ポール・アンカ『君は我が運命(You Are My Destiny)』とか、コニー・フランシス『ボーイ・ハント(Where The Boys Are)』ビートルズ『オー!ダーリン(Oh! Darling)』とか、ピアノが「タタタ、タタタ、タタタ、タタタ」と刻んでいたりするのでわかりやすいかと……、平浩二の『バス・ストップ』とか……。

 メロディでわかりやすいのは、たとえば、石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』です。冒頭の歌い出しは、「うえの はつの やこう れっしゃ」と、「タタタ、タタタ、タタタ、タタタ」になってます……。

 ちなみに、これら↓が、いわゆる「3連の曲」です……。
(今 思いつく限りで、わかりにくいヤツは省いてます。)


<3連の曲>

プラターズ『オンリー・ユー(Only You)』1955年
ポール・アンカ『君は我が運命(You Are My Destiny)』1957年
ニール・セダカ『恋の日記(The Diary)』1958年
コニー・フランシス『ボーイ・ハント(Where The Boys Are)』1960年
ボビー・ヴィントン『ミスター・ロンリー(Mr. Lonely)』 1964年
ポールとポーラ『ヘイ・ポーラ』(Hey Paula)1962年
ビートルズ『オー! ダーリン(Oh! Darling)』1969年

水原弘『黒い花びら』1959年
加山雄三『君といつまでも』1965年
ザ・リガニーズ『海に恋してる』1968年
内山田洋とクール・ファイブ『長崎は今日も雨だった』1969年
平浩二『バス・ストップ』1972年

堺正章『街の灯り』1973年
アン・ルイス『グッド・バイ・マイ・ラブ』1974年
都はるみ『北の宿から』1975年
細川たかし『心のこり』1975年
中島みゆき『時代』1975年

岡崎友紀/松任谷由美『グッド・ラック・アンド・グッドバイ』1976年
石川さゆり『津軽海峡・冬景色』『能登半島』1977年
ハイ・ファイ・セット/松任谷由美『最後の春休み』1979年
沢田研二『お前がパラダイス』1980年
大瀧詠一『君は天然色』1981年

南佳孝『スローなブギにしてくれ (I want you)』1981年
河合奈保子『けんかをやめて』1982年
松田聖子『SWEET MEMORIES』1983年
尾崎豊『卒業』1985年
X-JAPAN『FOREVER LOVE』1996年


 なんとなくおわかりいただけたでしょうか……。

 「3連の曲」は、「ロッカバラード」とか、「6/8 拍子」で楽譜が書かれたりもするので「ハチロク」とも呼ばれますし、英語で言う「シャッフル(shuffle)」も同じ意味。なので、マディ・ウォーターズとか、ロバード・ジョンソンとかアルバート・コリンズら、アメリカの1950年ころのブルースにも「シャッフル」=「3連の曲」は、たくさんあります。
 日本で言うところの「ロッカバラード歌謡曲」の代表はと言えば、レコード大賞の第1回大賞曲、水原弘の『黒い花びら』ではないでしょうか。

 いずれにしろ、日本人は、こういう「3連の曲」の曲が好きだと、昔から言われています。一説には、日本古来のお囃子のリズムであって、日本人の血の中に染み付いてるリズムだとも言われています……。
 その真偽はわかりませんが、「1拍を3つに割る」ということは、正確には割り切れないので、すご〜く厳密に言えば、機械とかコンピューターとかでは絶対に再現できないというコトになります……。

 3連の「タタタ、タタタ〜」というリズムは、不正確な人間が刻む時の「リズムの揺れ」も、キモチ良いのではないでしょうか……。

 さて、『リンダ』は、竹内まりやの5枚目のアルバム『PORTRAIT』(1981年)に、竹内まりやのセルフカバー・バージョンが収録されています。

 竹内まりやの素直なボーカルもステキですし、英語もうまいので、とても良いのですが、そもそもアメリカンポップス的なこの楽曲には、アン・ルイスの歌声の方が、よりフィットしている気がします……。つまり、それほどまでによく出来た曲だということです。

 英語ネイティブとか、そういうコトではなく、骨格の違う米国ハ〜フの声質と、持って生まれた洋楽のフィ〜リング、ちょっとしたリズムの取り方とか、声の響きの豊かさとか……、遺伝子ですね……。

(2020年5月27日 西山 寧)


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作詞:竹内まりや 歌詞一覧
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収録CD 本人監修ベスト第2弾「アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・スロウバック・クリップス」
収録CD 本人監修ベスト「アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・カヴァーズ」
英語版 収録CD 「Cheek」ビクターエンタテインメント


アン・ルイス ビクターエンタテインメント

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